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Haru-san(^_^)/`のコメント
父は、2005年2月13日、逝去いたしました。76歳と6ヶ月の生涯でした。14〜15日、前夜式及び葬式・納骨式が、栄福音キリスト教会(JECA)キリスト教式においておこなわれ、この文章は、葬式の式次第と共に配布されたものです。父の文章をそのまま掲載します。(句読点や漢字は読みやすいものに変えてあります。)
※三笠キリスト教会で求道開始、札幌に移転してからは、近所の栄福音教会にて信仰を復興し、そして受洗(当時、木下泰子師)。現在は菜花和男(なばなかずお)師。
※新十津川の祖母、フサは、93歳で亡くなりました。
※前夜式、及び、葬式と納骨式の際、私は「喪主挨拶」をさせていただきましたがその時の原稿をあわせて掲載します。
証し
吉井 勝(まさる)
私の実家もまた妻の実家も、もとに熱心な仏教徒であるがために、キリスト信者になるにはそれなりになかなか抵抗を感じたものでした。現在93になる私の母は仏壇に手をあわせ明けても暮れてもまず念仏を唱えて過ごしております。また、妻の実家の父は88歳、これまた、毎日一回はお経を唱えるといった熱心ぶりで部屋の半分は仏具でかざられております。
さて、今から20年ほど前最初に聖書を求めたのは妻でした。間もなく教会に通うようになり、月日が過ぎて洗礼の相談がありました。クリスチャンになるということは、実家において親戚つき合いの中で、それなりに弊害があることの覚悟をしなければならず、なかなかの決心が必要となります。かと言って子ども達を育て教育するには、即ち汝の敵を愛せということになる、それにお前が信じるなればその家族も救われることになり、それに礼儀正しくなり言葉使いも丁寧になると言う、そんな結構なことはない。「俺の女房クリスチャン一寸(ちょっと)イカスじゃないか」と半分ひやかし賛成しました。
其の後、無事妻の受洗もすみ、私も暇々に聖書を開くようになりみ言葉も少しは理解できるようになりました。その後、我が家では家庭集会もあり、クリスマスの子ども集会などは、座る場所がないほどでした。
そんなある日私は夜勤で昼間休んでおりました。戸をたたく音に目が覚めて出てみると三笠教会の牧師畠山先生でした。私の受洗のことで話し合いに来られたのです。私ははっきり断りました。理由は私の親族は仏教徒で叔父には住職もおります。仏教ではキリスト教を悪くは言いません。時にはクリスチャンは良い人たちの集まりだとほめてもくれますが、キリスト教の集いでは他の宗教を偶像として絶対にみとめません。親鸞聖人は悪い人ではありません。良心的な人造りに努力した人物なのです。門徒もの知らずで良いのです。私のような無学な者は、仏教で救われるより道はありませんと応えました。先生は、それでは今まで通り聖書を続けて学びましょうと言い残して帰られました。その頃三笠では本田弘慈先生の伝道集会がありました。先生のメッセージの中で、「もの知らずではクリスチャンになれません。」と言われたのです。私は頭をガーンと打たれた思いで帰ってきました。そんな事があって間もなく私は仕事中、足の指の骨折で入院と言う事態になりました。その頃三笠教会では奉仕をしていた神学生…(名前は忘れましたが)その娘さんが一冊の本を持って見舞いに来てくれました。ビリーグラハム作でした。迫力のある筆記力と説明力に圧倒されました。その頃になると、妻は時々私に「父さんは私よりも聖書を読んでいるのだが、いつになったら洗礼を受けるのやら」とひやかされていました。その度に私は 老体の母を悲しませる事もない、どうせ先にあの世とやらに行くのだから俺の洗礼は其の後でも良いと話し合っておりました。思えば妻の受洗から始まって次々に子ども達もクリスチャンになり、最後に私一人が残りました。今迄に何度も決心をしたのですが、何かの都合が出来てのびのびになりました。さて私の人生でいよいよこれからが本番と言う時になって妻に死なれてしまいました。考えれば考える程に死んだ妻があわれでなりません。私の洗礼をどれ程まちのぞんでいた事でしょう。
さて、すべての人は罪を犯したため神の栄誉を受けられません。罪の支払う報酬は死ですとローマ書にあります。私は罪を犯しておりません…といえば、それは嘘になります。このままですと私の運命は滅びと死につながります。私には救い主が必要である事を知り神に悔い改めを決心しました。そして十字架の尊い血によって過去の罪をきよめられ、永遠の命を得る幸いを信じました。受洗後ははれてクリスチャンの仲間となり、兄弟姉妹と呼び合えることを喜びとしております。一教会員として神の御心に沿う様にみことばを学び、祈りと奉仕に励みたいと思っております。無学で何もわからぬ私です。どうぞよろしくお願い申し上げます。私の愛唱句はマタイ7章7節“求めなさい、そうずれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。”13節“狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入っていく者が多いのです。”長い間、私のために祈り続けてくださった栄教会の皆様、桂沢の皆様、そしてここ迄導いて下さった木下先生、本当に有り難うございました。(JECA 栄福音キリスト教会 「荊冠」1984.6.24 掲載 本人洗礼の時期に、あかしとしてまとめたものです。)
喪主挨拶 1 前夜式
本日は、父の前夜式にお忙しいなかご参集くださり、心より感謝いたします。今父は、先に天に送った母との再会を果たして、きっと喜んでいることだろうと信じています。私が喪主なのは、私が長男だからですが、いつも札幌にいない身であり、おこがましい限りです。むしろ、次男と三男夫婦とりわけ、生活をともにした三男夫婦が、どれほど陰の労苦をしたかは、とても言い表せないほどです。父は、先ほど菜花先生のメッセージにもありましたように、「与えることの喜び」「分かち合うことの喜び」を知った人でした。キリスト教徒になる前に存命中父がよく引用していた宮沢賢治の“雨ニモマケズ”の一文に、「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズ」とあるように、自分より他人の喜ぶことをしたい人でした。おそらく求道する中で、「与えることの喜びを与えてくれる模範」を追い求めていたのだと思います。宮沢賢治が「コウイウモノニ ワタシハナリタイ」としたその詩の模範はクリスチャンであり、しかも伝道者であったとつたえられています。父は、長い求道の末、50を過ぎてから、やっと自分の先生と呼べる本当の模範に出会えたのだと思います。その方こそご自分の命まで犠牲にして、私たちに命を分け与えてくださり「受けるより与えるほうが幸い」と語った主イエスキリストでした。
父、吉井勝のことを思い出していただく時に、どうか、彼の生涯は、ついに模範であるイエス・キリストに出会った生涯なのだと受け止めていただけたら、幸いです。みなさま、重ね重ね、本日は、お忙しいなかお集まりいただき、心より感謝いたします。
喪主挨拶 2 葬式
本日は、昨晩に続いて、お忙しいなか、ご参集くださり、心より感謝いたします。
喪主とある、その喪とは、悲しみという意味ですが、実は、この点でも私には深い悲しみはありません。別れる辛さはありますが、悲しみというより、確信に近い安堵があります。母が亡くなる2週間前に、今日列席させていただいている娘ハンナはまだ妊娠している最中で、「かあさん、ぜひ、孫の顔を見てから逝ってくれよな。」というと、母は黙ってしまいました。母は、死期の近いことがわかったのだと思います。しかし、祈りの中で、母は自分の行くべきところが天国であると知っているのだと確信できました。亡くなる2ヶ月前に、父と面会する機会があり、父には死後の命の確信があったからです。わたしは、父の家族のことをききたいと思い、補聴器をつけてもらいながら、書き留めたのです。「とうさん、娘が結婚して、孫ができるまで生きてくれよな。」というと父は黙ったままでした。きっと、死期が近いと悟っていたのだろうと思います。でも、死後の不安は感じられませんでした。父の祖父は、新十津川の開拓農民でした。私も、新十津川に遊びに行っては、今日ここに来ておられるいとこの進(すすむ)さんとよく悪ふざけをして遊んだものです。開拓農民とは、すべて無いところから生み出すエネルギーをもたなければなりません。全くの原木を切り出して、家をつくるようなことをしてきた人たちに、自分たちの力でなしえないことはないという開拓者魂があり、父にも、わたしにもそれはいくばくか受け継がれています。私が新十津川に行った当時は、電気こそあれ、電話も水道もありませんでした。父は、フロンティア精神と、なんでも自分でできるという自信がありました。それでも、晩年に悟ったのは、どんなに地上のことについて「可能だ」と思っていても、命については自分の力ではどうにもならないということでした。命の主であるキリストによる以外にはなかったのです。亡くなる前に、その確信をいただいたのだと思います。開拓者精神を、私も尊敬しています。そして、同時に命の鍵をにぎっておられる主イエスキリストの福音が、この吉井家に流れてきたのだとも確信しています。重ねて、前日に続き、お忙しいなか、故人をしのんでご参集くださいました、ご親族、教会員の皆様に、心から感謝いたします。
教会の納骨堂に入れた際の、喪主挨拶から
本日は、最後の最後まで、お疲れのところ、またお忙しいところ、父の葬儀を見届けていただいて心から感謝いたします。
父は、勝(まさる)といいますが、その名の通り、勝利のうちになくなりました。主イエスキリストにあって、死の時は勝利でした。
皆様のお心に心より感謝いたします。