The Yomoyama-banashi
#“西宮冷蔵”事件
#“あの時代”のように
#“不登校”の周辺
#就労〜「ニート」の周辺
#「ジョン万次郎」のこと
#「Kさん」の生き方
#“引き出し産業”
#「女王の教室」からみえる別の社会性
#“なんちゃってホームスクーリング&サポート”
#学校が生み出す認識障碍
#「イエスマン」を生まないために
2005年。小泉続投政権が誕生したが、辛口の世論はまだ健在で、「イエスマンばかりを増やした」といわれる。つまり、自分が言ってもらいたいことだけを言う人材を周囲にはべらせ、誠実な忠言や時には愛をもって語る叱責の言葉に耳をかさなくなるばかりか、なんらかの方法で目の前から消し去る。その結果、自分に賛成してくれる意見だけが耳に入るようになるので、やがて滅亡につながるような腐食が横行するようになる。現行政権への辛口予言がインチキにおわるかそれとも言い得て妙なるものとなるかは別として、ここで言われている「イエスマン」とは何かについて少し考えた。
「イエス・ウーマン」もあっていいのだけれど、慣例なので、「イエスマン」としておこう。
聖書の中で、もっとも権力と富を我がものにしたのはソロモン王だった。彼は、「賢者の叱責を聞くのは愚者の賛美を聞くのにまさる。」(伝道者の書7:5)と語った。数百人の妻とそばめをもち、地上の財宝を集めた彼は、『愚者の賛美』の愚かさを知っていたのだが、いいかえれば、人がもし権力の座についたなら、自分の罪を激しく責めるものがあって、彼がどんなにまともなことを言っていたとしても、うれしくないのだ。逆に、多少計算づくであったり、あきらかに媚びていたのだとしても、いや、全く的外れなことを言っていたとしても、自分のあり方を肯定してくれる意見は耳障りがよくきこえてしまうのだという意味だと思う。人は金がある人に群がるだろう。あきらかに金目当てで媚びているのだとしても、その言葉に「かわいいことを言ってくれる」と感じてしまうのが権力の座に味をしめたものの陥りやすい罠なのだと思う。ソロモン王朝はやがて、イスラエル分裂に弾みをつけるのだが、彼はついに賢者の叱責に耳を傾けられなかったのだと思う。
実権をもった立場が、たとえ首相であれ、社長であれそして牧師であれ、何かと忠言する小うるさい意見よりも、耳障りのよい「イエスマン」を増やすために堕落し、ある場合は(牧師の姦淫事件のように)社会的な犯罪にさえも生み出される。
人は本質として罪に堕落していて、誤りを犯すのだという人間観にたたなければ、やすやすと「イエスマン」を増やすことになる。
これを自分におきかえてみると、たとえば「自分の周りにイエスマンを増やさないための努力」もしくはそのようなシステムが必要だということになる。私が属している長老教会の最大の利点は、実にそのことにあるのだ。つまり、牧師は、一家の主(あるじ)に居座りはじめると、自分に辛口の忠言を言う長老の意見をまともに聞かなくなる。まあ、聞くには聞くのだが、聞くふりをしてその真意を無視するか、もしくは「上げ足取り」をする。「そうはいったって、こちらにはこちらの言い分があるんだ」とかなんとか実際に口に出すか出さないかは別として、そのような正当化がおこなわれる時、心はすでに「愚者の賛美」に惹かれているのだといえる。長老政治にはもちろん欠点もあるのだが、大きな利点として、「ただ牧師に賛成するだけの人によって教会が支配されるようなことがあってはなならない」という宗教改革以来の伝統を受け継いだ制度だと思う。それは、牧師と意見の違う長老が、堂々と公に発言できることとだろう。それは同時に「ただ長老の意見だから尊重される」という雰囲気ともおさらばすることだ。信徒長老であっても、牧師と同等に聖書の教えにたって堂々と発言できる制度として優れた制度だと思う。たとえ、自分に耳障りが悪かったとしても、その真意をくみ取ることのできる謙遜さを支配者(もしくはリーダー)がもっていたなら、本人もさることながら、その群に所属する人々にとって幸福が訪れるかもしれない。
それから「どうしたら自分は、ただのイエスマンにならずにすむのか」というのもまた知恵の一つだろうと思う。自分が正しいと確信することを、おそれることなく語れるか。結果として自分がもしかしたら左遷されるか、「とばされる」かもしれないとしても、リーダーに対して忠言を語れるかどうかにかかっている。権力をもった立場が自分をやっかむことがあったとしてもなお正当さを主張できるような信念が必要だと思う。クリスチャンであれば、その場面でこそ自分の信仰が試されることになる。家族が路頭にさまようかもしれない・・・・。収入の道が絶たれるかもしれない・・・・。いろいろな不安を乗り越えて、「主にあって語れるかどうか」が問われているのだ。
自分にとって耳障りのいいことを預言者バラムに言わせようとした王がいた。バラク王である。(民数記23章)ただ自分の言ってほしいことを言ってくれる教師だけを周囲にはべらせはじめたとき、すでに堕落は始まるのだ。私はそのような歴史の真実を、かつて天皇が「神聖」と呼ばれこの国を実質的に支配していた昭和史のなかに見いだしている。
かなりまえに、学校が子どもやその子の親の心にもたらすであろう心の傷についてふれましたので、今までのことをふまえて、アップデートしたいと思いました。学校の中には、カウンセラーなどを含めて、子どもの心のなかに生まれる障碍をなんとかしようという努力がなされています。
難しい言い方ですが「軽度発達障害」という病名があります。集団の中にとけ込めないために、知的には問題なくても社会性に“発達の障碍”があるのだということで当然のように“アスペルガー症候群”という病名さえつけられます。
「子どもにとって学校の環境が、発達のために最善なのだ」という信念のようなものがあるのではないでしょうか。学校が何でもかんでも悪いという立場に私は立ちませんが、でも、「学校は何の問題もなく、子どもにとって最善なのだ」とはいえないはずだと思うのです。
不登校の子どもたちなど、家庭教師として10年ほど過ごし、多くの子どもたちの「相談役」になってきた経験からいうと、学校の環境に子どもがおかれることによって生み出される数々の障碍があるのだと思います。こちらの「障碍」について、治療しようともせず、改善のための努力もなされないまま、子どもの“治療”だけに走るのは、いかがなものでしょうか。
学校で生み出される障碍とは、第一に「認識障碍」です。他人との比較でしか、自分の能力を認識できなくなります。ある日教師が励ます意味で語った「おまえ、バカだな!」という言葉をまにうけた子どもは、その一言で自分をバカと思いこみます。もちろん劣等感が生まれ、できないことがあって、それをできるようにするためにはどうしたらいいかと考えて、はじめて「考える」といういとなみが始まるのに、自分はできない存在なのだということで、ストップしてしまうのです。この結果、人の判定だけで自分を推し量るという「自己認識障碍」が生まれるのです。
その状態が悪化すると、自分の可能性を全く受け入れなくなります。能力のほとんどは、才能によってではなく、問題点を正しく認識してそれを改善することから生まれるのに、今の学校が生み出してきたのは、多くの劣等感だったことになります。いや、わずかなエリートを生み出すことだけを目標としているかぎり、その意味では官僚支配体制が確立され、成功してきたともいえるでしょう。
第2に、試験結果を「知能の高さ」と誤認してしまうことです。ある教師は、子どもの顔をみると、その子どものキャラクターとか持ち味ではなく数字が歩いているように見えると語ってくれました。子どもの点数が、その子どもの価値であるとみなすことは、重度の認知障碍なのではないでしょうか。これは、合併症として「指示待ち症候群」を生み出します。問い(あるいは指示)を待って、その質問側が満足するように答えることに習熟できますが、それは同時に、問題意識を徹底的にそぎ落とすことになります。指示する側が絶対的であり、指示を待って正確な答えを出す準備ができていればいるほど、優秀な人とみなされることになります。試験のすべてが悪しきシステムだという意味ではありません。特に、初等中等教育において、試験は子どもになるべく考えさせなくさせ、指示を待つだけの人材を育ててきたと言いたいのです。
第3に、学校は重度の「公共性感覚障碍」を生み出してきました。集団の一員であることに満足します。集団になると、極端に公共性を見失うのです。重度の場合は、単独で意志決定できなくなり、善悪の判断よりも集団の一員であることに満足を見いだすようになります。さらに、公園で暮らす路上生活者を集団で殺す事件があとをたたないように、集団の暴力性が観察されます。
第4に、学校は「現実感覚障害」の温床です。あるいは、リアリティー感覚の疎外ともいえます。インターネットがやり玉にあげられていますが、学校が提供してきた学習がおしなべてリアリティーが欠如した状態を生み出す素地になりました。子どもの本当の個人にあわせた発達ではなく、教師の自己満足を生み出すような勤務評定のありかたが影響していると思います。本当の自己満足も問題ですが、教師への評価が子ども中心ではないところを根としていて、現実感覚から遠ざけてきたのではないでしょうか。すべてのことを教室環境で修得できるはずがないのです。
第5に、学校でうまくいける子どもは、社会でもうまくやっていけると勘違いしてしまうことです。反対もあります。学校でうまくやっていけないと社会でもうまくやっていけないという考え方は、“ひきこもり”を引き出すお仕事に反映しています。「引き出し産業」といわれますが、学校がどうにも手をつけられないので、学校の下請け産業として、「学校への押し戻し屋」に支援を求めているのだと思います。親御さんには、子どもを学校にやることが解決とする、きわめて短絡的な考え方を生み出されます。
第6に、学校を拒否できなくなることです。もし、環境に問題があったなら、自分が逃れられなくなる前に、逃げ出すべきです。いえ、逃げ出せるのが正常なのですが、認識障碍があると、外にどんな問題があっても、問題がある環境に居続けるでしょう。最終的には、害を受け、瀕死になったとしても逃げられず、死に至ります。「不登校になれない」というのは、感覚障害があって、問題を感じなくさせられているか、薬物使用によって脳神経に一時的な感覚麻痺が生まれている場合があります。いいかえれば、登校を拒否できるとか、引きこもれることこそが健全な対応なのであり、問題がある環境に適応することで、改善できないまでに悪化することがあります。このようにして、性道徳は悪化の一途をたどるのでしょうか。強迫神経症なのではないかと思うほど、登校にこだわる学校カウンセラーのOSADAさんの言葉は、テレビに出るたび、私にはどうみてもヤーさんの発する脅迫とかおどしの言葉にしかきこえません。
学校がもたらす病は、きわめて深刻で、早期発見と早期治療が必要であるにもかかわらず、学校側が出してくる解決策に、改善につながる注目すべき答えは見えません。問題はある程度認識できているみたいですけれど、いくつかの解決策は期待に反し、あまりいい成果を生んでいません。
「学校が生み出す認知障碍」は実在してますが、そのような公式名は存在しません。認めたくない?のかもしれません。
#このページの最初へ“なんちゃってホームスクーリング&サポート”
スイスに現代人のための“ラ・アブリ(避難所)”を開設したことで知られ、現代最も影響力がある神学者の一人である故フランシス・シェーファー博士は、「それではいかに生きるべきか」の最終章でエリートによる“情報操作”がいかに危険であるかについて指摘しています。
ホームスクーリング情報についても少なからずの情報操作がみられます。
すでに別のページでも紹介させていただいたように、ホームスクーリングはもともとクリスチャンだけの手段ではなく、特に関西方面ではむしろノンクリスチャンのホームスクーリングネットワークの構築が先行していました。そして、チアにっぽんがめざましい活躍をみせる2000年より以前にも、ノンクリスチャンサイドでも有効な調査やサポート活動がなされていて、クリスチャンの方もその情報源に助けられた方も数多いことでしょう。ですから、2000年以前の当時の風潮には、クリスチャンの中にホームスクーリングへの「警戒」が強かったこと、それに、ホームスクーリングを志したクリスチャンにも、米国のホームスクーリングネットワークのほとんどが聖書的保守的なクリスチャン家族のものであることを知らされてこなかったという「情報不足」が蔓延していました。
つまり、日本でクリスチャン一般がホームスクーリング情報にふれるためには、直接渡米するかそれとも洋書を取り寄せて読む以外にはなかったのであり、クリスチャンがホームスクーリングについての正確な情報に至るまでの道には、いわば“2重3重のバリアー”がかぶせられていたことになります。そのようななかで、畑の中に埋められた宝石を探すように、必死になってさまざまな情報を求めていた時代があった・・・いや今でもその時代は終わっていないのかもしれません。
米国のホームスクーリングはそのほとんどが、今日チアマガジンなどで紹介されるようになったクリスチャンサイドのものでしたが、ノンクリスチャンによって米国情報が日本で紹介されるとき、しかしほぼ徹底的な“非キリスト教化”がおこなわれました。それは、ホームスクーリングの本質であるキリスト教情報にかかわる部分を、日本の一般向けには紹介する必要なしと判断して情報が取捨選択されたからでした。たとえば、不幸なことに、2001年HSLDA上級弁護士のクリス・クリッカさんが日本のある“ホームスクーリングサポート校”に講師として招かれた時、クリッカさんの講演は、語られた内容のほとんどが“ホームスクーリングにはどのような聖書的な基礎があるか”であったにもかかわらず、通訳者をはじめ主催者側は、キリスト教の部分をすべてカットして、一般的なホームスクーリング情報として紹介したのでした。(他の分野でも、たとえば日本に米国の文化や哲学が紹介される場合、このような情報操作はいつもおこなわれてきたのでした。)
実際は“キリスト教原理主義とホームスクーリングの結びつき”を指摘されて、戦争肯定派ではないかなど、新しい偏見の火種がマスコミから流されるほど、家庭観、夫婦観、家族の独立性など米国のホームスクーリング運動と聖書的基礎の関係は密接不可分なのです。
一方で、日本ではホームスクーリングサポートを看板にした“塾”や“フリースクール”がぼつぼつとあらわれています。私は、塾関係の方々の努力やその真摯な働きに敬意を感じますので、“非難中傷”と受け止められないようにと願うばかりです。でも、あえてホームスクーリングをおこなう家族の立場からすると戸惑うことがあります。それは「ホームスクーリング」を在宅学習のニーズがあるという狭い意味で使われている場合、「在宅の弱さを補うサポート」という意味で、ホームスクーリングといわれている例がみられるからです。ホームスクーリング本来の考え方は、学習活動だけではなく、家族の機能と子どもの成長などを総合的に聖書を基礎にして再検討させるものです。(それがホームエジュケーションという言い方が好まれる背景でもあります。)それでも「せっかくサポートを申し出てくれているのだから」といぶかしく思われるかもしれませんね。
驚くまでもないのですが、サポートを企画した方々の考え方の根底に、「親だけで学習指導をするのは絶対に限界がある」という考え方があって、ホームスクーリングを願う親御さんの“無謀さ”が示唆されていることで、“このサポート塾の助けがなければ、親だけでホームスクーリングをやるのは無理なのかな”と誘導されるケースさえみられるようになりました。
塾産業からすると、親が在宅状態だけで“自立”してしまい、他の学習支援産業の助けを求めなくなるようになったら、「市場」が失われる」ことになります。そこで看板に、「ホームスクーリングサポート」を掲げるわけです。実態を知らされていないホームスクーラーがサポートを求めてきたところ“親だけで子どもを教えるのはどう考えても無理に決まっているので、私たちに手伝わせてください”と水を向けられ、先方の誘導になびいてしまうといった段階で、すでに親はホームスクーリングについての重要な核心部分を見失わされていたのだといえます。この現象は、民間のフリースクールや塾ばかりではなく、ホームスクーラーとクリスチャンスクール(チャーチスクール)の間に今でも少なからずみられるのです。
親に教育の主導権があるのだという“ホームスクーリングの心”が曖昧なまま、“教育産業のマーケット拡大のターゲットとして”ホームスクーリング・サポートがいわれる場合があります。動機はサポート志願であれ善意からであれ、ホームスクーリングの基礎について全く無理解(あるいは無知)のままおしつけられる親切(サポート)は、むしろそれが善意から来たものだからこそ、かえって結果としてホームスクーリングを志している家族の勇気とやる気をひどく挫(くじ)くようになるのです。
それから、日本では「行政によるホームスクーリングサポート」はまだみられないとはいえ、しかし、今後行政がサポート体制を整備しはじめるとき、それがホームスクーラーにとってどのようなサポートなのかを吟味しなければならないでしょう。
それに、聖書観が近代主義などリベラル神学の影響をうけてホームスクーリングのサポートがおこなわれた場合、クリスチャンのネットワークとは名ばかり(似て非なるもの)であり、教会観を含めた聖書の基本教理に対して全く懐疑的な立場に引きずり込まれることによって、信仰の基盤が失われ、教会生活が重荷になるやいなや、やがてクリスチャンとしてホームスクーリングをする信仰の基礎そのものの確信さえ失わせることになります。
かくして、“なんちゃってホームスクーリングサポート”は、最もホームスクーリングを破壊する働きになるでしょう。
このような情報操作から、主が日本のクリスチャンホームスクーラーを守ってくださるように祈ります。
(“なんちゃってホームスクーリング&サポート”とはHaru-san(^_^)/~の造語です。)
#このページの最初へ
学校を話題にした「女王の教室」というドラマが話題を読んでいるそうです。趣向を言って恐縮ですが、私はテレビドラマには全く興味がありませんし、実際には、鑑賞した後にものを言えるのかもしれないですが、ただ、新聞で組まれていた特集記事が心に留まりました。女性教師が語るセリフに賛否両論があるようで、次のような【語録】が紹介されていました。
¶ 愚か者や怠け者は差別に苦しみ、賢い者や努力した者は特権を得て豊かな人生を送ることができる。それが社会というものです。
→差別を肯定する側の論理です。差別の実態が何によって生まれているのかを完全に無視し、被差別の実態から、怠け者とか愚か者という罵声を浴びせる側の論理です。これが路上生活者を撲殺した少年達の考え方でもありました。教師は、「特権階級に入れるように努力するなら、特権を得ることができる」と励ましているつもりなのでしょうが、今の社会がこのような下克上の構造だけをもってのし上がるような人材をすでに求めていないので、社会性のない考え方にしばられた励まし方になっていると思います。ここでいわれている賢さも努力も、「仕えるものになりなさい」という資本主義社会ではなく、社会主義もしくは、社会主義の根底に横たわる適者生存という進化論の考え方が見えています。努力を引き出すことをめざしているのだとしたら、それは失敗しています。むしろ現代社会のシステムを誤解させ、“優越感”と“劣等感”によって作り出される幸福の虚像にいざなっています。
教師たちのすべてではないでしょうけれど、このような差別を擁護したような反社会的な発言は日常茶飯事なのでしょう。「From Good Will to Civil Right」(善意から市民権へ)という、米国において社会的な差別撤退がいかにおこなわれてきたかを解説する本を読んでいて浮き上がる事実は、ドラマに登場する教師の発言は、少なくとも、ノーマライゼーションが常識になっている近代社会の中で通用する概念ではないということです。いじめや学力偏重を助長し、不幸な子ども時代を過ごす子どもをさらに生み出すことになるでしょう。
¶ この世で人がうらやむような暮らしをできる人は、たったの6%。残りの94%は毎日毎日不満を言いながら暮らしていくしかないんです。
→教師の考え方には、時代錯誤の“下克上”の戦国時代が投影されているようですね。この教師は「日本国憲法」に書かれている「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。(3-10-25)」をどのように教えるつもりなのでしょう。これだといつまでたっても“他人の不幸によってしか、自分の幸福感を満足させられない不幸な人”ばかりが生まれてしまうことになるでしょう。
日テレのプロディユーサーは、「今の学校がおかしくなったのは、親があまりに学校に介入し過ぎ、先生は親を気にするあまりしかることができないからでは。今の子どもたちはいつ厳しさを学ぶのかなと危機感を感じた。」と制作の動機を語ったそうです。学校の異常さや“反社会的な性格”がどのようにして生まれたかについて、それを親の介入に理由をもとめるのは、これも現実ばなれしています。教育現場は、すっかり「国民教育会議」の意向を吸い込んでいて、国家主義の方向になびいていて、親は力を吸い取られ、参加させられているというのが実態です。
このように、学校を語る視点そのものがずれていて、ドラマに出てくる教師への違和感があったとしてもこれだけ話題を呼んでいるのは、むしろ、これまであかるみに出ていなかった世界をかいま見させてくれているからだと思います。中川弁護士は、「学校に市民社会の風を」という本を記しました。いいかえれば、市民社会の“常識”があまりにも、遠く感じられるのが今の学校なのだと思います。
本気で子どもの社会性を追求する親であれば、社会性を育むために、ホームスクールを選択すべきです。
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“引き出し産業”
“この世のことは、この世の勝手に任せなさい”ということで、隣人の苦しみや痛みに無関心なクリスチャンにとってはなんの意味もないことでしょう。けれど、日本に住み、そして日本の同胞ために「良きサマリヤ人でありたい」と願いつつ、キリストの弟子であると自覚し、隣人の苦しみに少しでも心を傾けられるなら、“引き出し産業”とはいったいどんな仕事なのかを知るべきだと思います。
評論家の芹沢俊介氏によると、いわゆる“ひきこもり”となっている子ども、もしくは青年が通学を強いられたことが「直った」こととして、親から多額の成功報酬を受けている人々がいるとのことです。子どもが学校に問題を感じ始めて、不登校になったとします。(現実には、不登校になる原因は様々で、女子の場合、最近は教師によるセクハラの事例の数が増加しているといわれ、実態数は報告されているものよりはるかに多いといわれています。)ただ、子どもを学校に預けることに慣れた親としては、子どもの在宅状態を、たとえば「ホームスクーリング」という形態として受け入れる考え方を知らず、子どもを再登校させることだけが“解決だ”という潜在した考え方になんの変更も加えられないまま、最後の“手段”として「引き出し屋」に任せるのだとのことです。いわゆる「不登校」の子どもをもつ家庭のすべての例がそうではないとはいえ、夕方のテレビが肯定的に取り上げることによって、親の人気はヒートアップし、YN氏の働きが実例として紹介されていて、「引き出し」の仕事は名古屋にビルをもつくらいの繁盛をみたとのことでした。
正直いいますと、私は家庭観においては、芹沢氏と相容れないかもしれません。それにもかかわらず、たとえば「日本の引き出し屋産業」を含めた社会状況についての分析はシャープであり、そのご意見には多くの聞くべきところがあると思いました。もともと“ひきこもり”を社会問題に仕立て上げているのは、日本独自な風潮なのです。ゆえに、国際社会の中で認知された概念では決してありません。つまり、日本独自の集団主義が支配的だったり、家族概念が空白な状態で、親が自分の内面と向かい合うことができないために、安易に「教育は他人=“専門家”任せ」を許してしまう風潮が根にあるのです。
繰り返しますが、子どもが登校拒否をして、在宅状態が長くなると「ひきこもり」と呼ばれます。フリースクールを駆け込み寺のようにして、一息つく場合もあり、クリスチャンの場合なら、ホームスクーリングに至らないまでも、クリスチャンスクールに解決策を見いだす例があります。でも、そうではなく、親が子どもの在宅状態を受け止めきれなまま、“子どもが再登校して正常に戻させる”ための最後の砦(とりで)として“引き出し屋”に、駆け込み、全権をそのような「専門家」に委ねる例があるのです。マスコミが「実態取材」として、YN氏の実際の手口(てぐち)を報道して、ネット上でも賛否両論が乱れ飛んだのでした。
YN氏の言い方は、いつか映画でみた「極道の女房」のいいかたそのものであり、親の認可があることがせいぜい現行法の罰則の網をのがれるぎりぎりのところで、あきらかに心を傷つけるであろう言葉の暴力とも恐喝とも虐待ともとれる表現でした。やがて、親の認可のもと、平手打ちになどして、子どもに「学校の教師や校長、そして親に迷惑をかけたことをあやまらせる」ことになります。それで、子どもは本意か不本意かを別にして、その暴力的な“処置”に耐えきれず、謝罪の言葉をいい、学校に通うといいはじめ、テレビ映像は、驚くことに、子どもが“笑顔で”学校に行く様子を映し出しました。
これはおそろしくも、反教育的です。
長期的にみて、親子の信頼関係をだめにしてしまうことは明白だと思いました。YN氏本人の言葉として「せっかく“直して”あげたのに、子どもたちのほとんんどは、感謝してくれない・・・」とかいっていますけれど、感謝するどころか、ほとんどは、必ず親への恨み(復讐心)を残すことになります。(そのような経過から、親子関係が寸断された残念な事例は、民間のフリースクールでは日常茶飯事=さはんじ的に数多く存在しています。)
芹沢氏によっても、独自な聞き込み調査をされた結果として、YN氏の活動の事後効果はかんばしくないとのことです。
ほとんどの場合、親子関係の根本問題が放置されたままなので、状況は改善していないでしょう。もっとも、何をもって“改善”というかという目標設定さえ、ただの自己満足に終わっているかもしれないのです。
このように、日本では「不登校」「ひきこもり」「ニート」(もっとあるけど・・・)など、日本独自な表現(あるいは用語)が簡単に横行して、あたりさわりのない日本的バイアスがかかった言葉がいつのまにか跋扈して、「産業」にまでなってしまうのです。
「Kさん」の生き方
東大についての思索をするとき、私には忘れることのできない人がいます。このことを書くまで実名入りで書きたいと思ったのですが、ご本人は現在も元気で活躍しておられるので、あえて実名を伏せてKさんとしたいと思います。私は、横浜の牧師を辞職し、旧五日市(現あきるの市)の開拓を宣教師とともに始めていました。その頃に、宣教師からホームスクーリングのことをうかがって、長女が就学前にホームスクーリングを始めるに至りました。やがて、牧師を解任されることになるその直前の1年前、ある日のことでした。
教会の前に案内をかねて掲げていた「説教題」に見入る方がおられ、「教会を探しておられるのですか?」といった会話から、「立ち話もなんですので、なかでお茶でもいかがですか」となり、このご一家をあげて、やがてこの教会の信徒になられる発端になりました。 お茶をいただきながら、旦那さんのお仕事はと伺うと、滝乃川学園(国立矢川)という重度の障碍をもった方の、成人部の介助員をしておられるとうかがったのでした。ご夫妻ともクリスチャン。3人の子どもたちも、お父さんを尊敬して、素直な信仰をもっているとお見受けしたのです。
「そうですか。」私は息をつきました。初対面だからこれ以上はおききできないなとおもいながら、私はさらにその先をききたくなったので、「しかし、そのようなお働きをなさる《動機》のようなものがおありだったのですか。」彼が、遠慮しながらも、確かな口調でそれから語ったことに私は驚きました。
Kさんは、東大法学部の卒業で、その道では常道ともいえる厚生省(現在の厚生労働省)の官僚経験を数年なさっていました。もちろん、そのままいけばエリートコースそのものの順風満帆の生涯だったことでしょう。Kさんは、その道を進むことをやめて、滝乃川学園の、しかも管理職などのいわゆる名誉職ではなく、青年部の介助員にいわば「再就職」。そこには、最も障碍の重い、重複障碍をもった方が生活しておられました。介助の仕事はいわゆる下(しも)の世話を含め、輪番で徹夜の介助さえされていました。決して楽ではないという以上に過酷。さらに、私を動かしたのは、その生活でした。もちろん給料の安さはいわずもがなですが、一度お宅を訪問させていただいた時、たしかに一軒家とはいえ、使っていらっしゃる家具に新しいものはなに一つなく、すべてリサイクル。いや、リサイクルならまだいいほうで、「これは粗大ゴミに捨ててあったので、出し主と相談して、いただいてきたものです。」と語られたのでした。足のさびたテーブル、子どもたちは、使い古しの学習机でした。奥様はパンをトースターで焼いてくださったものの、それをいただく前だったので、「どこで見つけてこられたのですか」とは、ついに聞くまいと思いました。そのような生活も、父上を心から尊敬しておられる麗しさにかき消され、私は非常に愉快な気持ちで帰宅できたのでした。
旧厚生省から転職し、福祉の中でも最も困難を伴う障害者介助の仕事を自分の道と決めておられたのでした。しかし、Kさんは東大法学部卒ということを斜めに卑下したり、反対に尊大さを隠してそのような生き方を選択しておられたのではなく、それなりに自分の受けた教育の水準の高さを確信しておられたようです。ただ、彼の性格(賜物というべきか)として、官僚の特権に安んじながら、困難におられる方のことをあれこれ抽象的に論ずることに耐えられなかったのでした。それに、最後に身の安住の地としての逃げ場を役所におきながら「現場経験が大切」と一時的に現場を経験するというのではなく、彼は完全に「帰る橋を焼いて、進んだ」のです。「悲しむもととともに、悲しむ。喜ぶものとともに喜ぶ。」というキリストの模範に従う態度が根底にあったのだとお伺いしました。
もちろん、彼が子どもたちにその人生選択全体をもって模範を示していたことは言うまでもありません。父親は言葉をもって示すことよりも、Kさんのような人生の一こまで、主にある選択をしてその道を黙々と歩み続けることにあるのだと思います。子どもは、もちろん親の言葉に従うべきですが、人生の決断の節目に明確にキリストの御名が刻まれているなら、それは言葉に「裏打ち」を与えることになるのだと思います。どう生きるのかは、たくさんの言葉より重いことでしょう。とくに、キリストにある父親の決断と道を進む姿は、(たとえ人生がごく短かろうと)その家の家宝なのではないかと思います。
Kさんは、介助員の働きをしながら重度の障碍をもった橋本さんをキリストに導きます。重い障害をもつ方が、キリストを信じるまでに至る過程を忠実に記録した「はししゃん : ダウン症の人の還暦記念誌」という本が出版されましたが、これは自費出版でもあり、一般書店で手に入ることはまずないでしょう。(滝乃川学園に、もしかしたらおいてあるかもしれません。)
しかし、本当に価値のある本だと思います。
Kさんも東大系キリスト教の典型ともいえる内村鑑三の門下生の一人に導かれキリスト信者になったのでした。ただ、教会観については無教会を継承せず、むしろ長老教会の一員であることを歴史の経過をふまえて、カルビン主義を確信しておられました。それでも、内村鑑三の東大に与えた影響力がいかに大きかったかと思います。それと同時に、本当の信者は、やはり、聖書に基づいて学び、そして訓練され、どこかで「無教会」を脱しなければならないのだろうとも思いました。
キリストに心動かされた人々で、私の小さな人生の中で出会った人々については、これからもこのホームページ上で少しずつ紹介したいと思います。
数年前に、ご長男と出会うことがあり、ご長男は中学の時あの教会で洗礼を受けてから早大に入学し「ロシア文学」を専攻。とくに、ドフトエフスキーを学び、交換留学生として数度ロシアに足を運んだとのことです。やがて研究員として東大の大学院に学び、現在はもう学位を得て、卒業した時期かもしれません。Kさんは「父の生き方」そのものを子どもにおしつけませんでしたが、ご長男は父の姿に学びつつ、そろそろ“父の足下(あしもと)”に達しつつあるのかもしれません。蛇足ながら、彼のロシア留学報告書をウエッブで見つけました。「ジョン万次郎」のこと
いくつかの研究書があり、しかし、おそらくその名を世間に最も知らしめたのは作家・井伏鱒二のノンフィクション小説「ジョン万次郎漂流記」(第6回直木賞作品)ではないかと思われます。
万次郎は、1827年、土佐(高知県)の漁師の家庭に、次男として生まれました。14歳のときいわゆる丁稚に出され、漁師として父なきあとの家計をささえます。1841年1月嵐に遭遇し、ついに破船し、10日間海上を漂流した後、南海の孤島「鳥島(とりしま)」に漂着。仲間数名とともに、海草や魚介類を食して過ご命を繋ぎました。島で143日を経た頃、その付近を偶然(意図的ではないという意味)通りかけた米国の捕鯨船ジョン・ハウランド号に救出され、船長ホイットフィールドの手厚い保護を受けます。万次郎は、ハワイ・ホノルルに寄港した折も、母国に帰る道をとらず、捕鯨船員として米国にわたるのでした。着いた港は、船長の故郷であったマサチューセッツ州、フェアーヘブン。この地域は、今でも《バイブルベルト》として知られ、熱心なピューリタンの信仰篤い土地柄であり、ここで洗礼を受けてクリスチャンになったということは、あまり紹介されていません。オックスフオード校及びバートレット専門学校で、英語、数学、測量、航海、造船等を学びました。(和名が発音しにくかったので、ジョン・マンと呼ばれていたそうです。)その頃、カリフィルニアでは、ゴールドラッシュにわきかえっていた時期であり、万次郎もこれに参加。帰国のための資金をつくったといわれています。やがて日本開国の日を夢見たからでした。そして、1851年、沖縄(当時琉球)につきました。しかし、日本は鎖国の時代、厳しい取り調べを受けたのでした。それにもかかわらず、英語力や能力をかわれ、土佐藩主から特別待遇を受けて、藩校の「教授館」教授に就任したのでした。漁民から、漂流を経、米国にわたり、12年を経ての帰郷でした。この時、万次郎は帯刀を許され、坂本龍馬など、開国を夢見る若人たちに影響を与えたといわれます。やがて、万次郎はぺリーが開国を迫った時、直参として幕府に召され、幕府の「通詞(つうじ)=通訳」として重責を担うことになります。アメリカ合衆国航海学書、そして英会話書を執筆。帆船の造船をも、直接指導したといわれます。1860年福沢諭吉らも乗り込む、批淮使節団の一員に同行。その時、福沢が得た米国情報が、日本の教育界に大きな影響を与えることになりました。1869年開成学校(現在の東京大学)の教授となりました。嵐をかいくぐった波瀾万丈の生涯は、1898年71歳をもって平穏のうちに閉じられるに及びました。
私が、ジョン万次郎に関心があったのは、彼がキリスト教に回心したといわれるあたりから、いわゆる英語の達人として、幕府に召し上げられて公的な働きに就職するまでの、「彼にとってキリスト教とは何だったのか」というポイントにあります。すべてはまだ仮説の領域を出ませんが、おそらく「郷にいれば郷に従え」の一環だったのではないでしょうか。本当に回心したのではなく、キリスト教文化を受け入れたに過ぎないのだとしたら、日本人がキリスト者になる時の、あまり好ましくない傾向を代表しているのかもしれないと思いました。それと、「東京大学」という学校そのものに関心があったからです。東大と文部省(現・文部科学省)の、とりわけ明治時代から昭和にかけての戦時体制が展開されていくなかで、東大が果たした役割は少なくないのではないかということ、それに、東大の学風に、南原繁や反戦の行動で知られる矢内原忠雄(学長)といった、いわゆる内村鑑三門下生の信仰が少なからず継承されて影響を与えているのではないかと思ったからでした。しかし、本当はジョン万次郎の時代に、もっとキリスト教の影響が色濃く出ていても良かったはずなのに、どうしてなのかと考えていました。
もう一つは、嵐を経たとはいえ、一塊の漁民の子であった万次郎が、洗礼を受けた後、様々な賜物に恵まれ、知的な貢献をしていくようになったということ。もちろん、日本国内で彼の信仰が語られることは皆無だったかもしれませんが、家柄とか血筋ではなく、キリスト信仰こそが賜物を生み出す根になっているのだと考えたからです。そのことをふまえながら、クリスチャンとしての模範という意味ではいまいちかなと思うのですが、井伏鱒二氏の著作は、小説として書かれ、生き生きとしたドキュメントとして、ホームスクーラーの副読本としていいかもしれないと思いました。蛇足ながら、高知県が生んだ国際人が万次郎その人であり、今後、四国地域でホームスクーラーが増えていくとき、別の意味で国際人として育てられる下地(したじ)が据えられているともいえるかも・・ウーンどうかな?でも「かもしれない」とはいえますよね。
#このページの最初へNEETとはNot in Employment, Education or Trainingの略で、「職に就いていず、学校機関に所属もしていず、そして就労に向けた具体的な動きをしていない」若者を指します。これだと、、いわゆる専業主婦層や、いわゆるハンディをもった「disabilities 障碍」をもった人々はどうなるのかということになるのですが、たとえば、学習障害の意味が曖昧なまま、意図的に使われて、たとえば操作的な手法がもし採用されているなら、どんな人でもその包囲網に入ることになります。この言葉の発信源がどこか不明ですが、いわゆる“ひきこもり”を問題視した世論の延長線上にあるのだと推測しています。つまり、在宅におかれた青少年は、問題なのであり、学校を拒否することを覚えた若者は、成人してからは「ニート」となって、言葉は悪いが、社会のいわば“役立たず”のように浮遊しているので、なんとかしなければならないという意味なのでしょう。つまり、本当に青年の側に立った言論ではないというのが、一つの仮説として浮かびます。
先日、ボランティアをしている都内のフリースクールに、とあるテレビ局から電話がかかってきて、「ニートをめぐる番組をつくりたいので、取材に応じてくれないだろうか」という申し入れがありました。問題点は、最初からフリースクール在籍の子どもたちを、“ニート予備軍”であるかのような先入観があったことです。マスコミが、世論形成のために利用される時代ですから、「ひきこもり」と同じように、きわめて日本的な世論の形成のされかたがうかがわれました。
関連性がないといえばないのですが、先日以下のようなメールを送ったことがあります。
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10月15日に、開催された「東海北陸ブロックPTA研究大会福井大会」で、来賓として出席した山本雅俊副知事が、不登校の子どもを「不要品」と発言したと報道されました。このご発言について、強く抗議いたします。不登校の子どもは、原発や炭坑で事故を事前に察知する「カナリア」にたとえられ、学校の問題点を最も敏感に感じている感受性が豊かな例が多くみられました。不登校のメカニズムをあまり理解されず、昨今の、直木賞作家が「不登校」出身だったことを全く考慮されなかったばかりか、学校行くか行かないかだけを人物評価におく今となっては古典的というまことに時代錯誤な時代認識を背負った、教育というのにはほど遠い、粗雑で不用意なご発言でした。これまで不登校の子どもに直接カウンセリングなどでかかわってきた者として、この発言が、多くの子どもたちの心を傷つけているという現実を知っていただきたく、厳重に抗議させていただきます。
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不登校の子どもを「不要品」といいたい人は決して少なくなく、おそらくニートという言葉も「社会の不要品」という意味でつかわれているのだろうと思うので、くだんのフリースクールでも、取材をお断りさせていただきました。
「社会病理」という視座が必要な時期なのだと思います。このようにして操作された用語が、主婦層や障碍をもつ人々が生活しずらい空気を生み出すのです。ナチスが社会的なゴミ扱いして抹殺したのは、数百万のユダヤ人ばかりでなく、障碍児・者、そして、疾病や老衰が進んで、働けなくなった人々でした。ニートがそのような思想的前提を背景にして使われているわけではないと思いますが、いつでも、言葉だけが一人歩きしてしまわないという保障は、この国のどこにもありません。
一方、労働意欲という側面からいうと、クリスチャンこそは、「働かない者は食べてもいけない」といってきた。それは、クリスチャンではないMウエーバーも「プロテスタンティズムと資本主義の精神」のなかで、プロテスタント;カルビン主義の果たしてきた役割を力説していたことからも裏付けられます。働くことが、主の栄光のためになるという「人生の目的」が明確に示された上での、就労意欲なのだといえます。ですから、聖書からすると、人生の目的が確立して、はじめて、労働の課題が見えてくるのはないでしょうか。生きる意欲がそがれていて、人生の目的が見えなくなるところで、自殺の増加があり、就労意欲の減退があるのではないでしょうか。動機付けが見えないないまま、もし「働かない者は食べるな」と聖書の引用だけされるのは、昨今の若人へのレッテル貼りをしたくてたまらない世論の餌食になるばかりでしょう。何のために生きるのかが最初に子どもたちに明確にされて、その上で「就労」の意味や「働きがい」も生まれてくるのだといえます。ニートの網にかけたいと思われている人々も、就労の意味を模索しているのだといえないでしょうか。そのような大切な時期なのに、新しい差別用語ともなりうる「ニート」の使われ方には気をつけなければなりません。
クリスチャンホームスクーラーの課題としても、就労の課題は浮上する筈ですけれど、大切なのは、「人生の目的」が明確にされることでしょう。つまり、「人生の目的などない(五木寛之氏)」 と明言されて、それを易々と受け入れる社会の中で、自己中心ではなく、イエス様が何を望んでおられるのかを中心に人生を構築できることが、子どもたちが自分にあった仕事を探す上でどれだけ力強いバックアップとなることでしょう。
(※白馬セミナー2004では、労働をテーマにした分科会が実現しませんでした。下準備のために用意した資料の一部をアップします。参考まで。)
#このページの最初へ
「不登校」という言葉を提唱しておられたのは、医師の若林実氏の著作からだったと思います。1990年前後に学校に行かなくなった子どもたちが非行行動からそうするのではなく、学校の側に子どもから拒否されるなんらかの理由がある場合が多いのが実態なのだとしたら、子どもの拒否行動を問題視するような“登校拒否”ではなく、ただ子どもが学校に行かないだけなのだから、登校していない状態表現である“不登校”という言葉に言い換えたほうがいいというそんな趣旨であったと記憶しています。小児科医として、子どもたちの実態を非常に的確にとらえた当時においては傑出した視点で、子どもが学校に行かなくなったことを肯定的に捉える親御さんにとって安堵できる表現だったことでしょう。
文部省(現在の文部科学省)も、この「不登校」を採用して、1992年春に出された答申では「不登校はどの子どもにもおこりうる」と、それまで、問題行動一辺倒だったと不登校についてのとらえ方を改め、特別な子どもだからそうなるのではなく、すべての子どもにとって、不登校はいわば「潜在性」があるのだと表現したのでした。もっとも、この答申を出した諮問委員会の座長が、「登校拒否は問題行動であり、何も働きかけなければ、20代を過ぎても尾を引く」と言って物議をかもした稲村博氏(クリスチャン 日本「いのちの電話」の創始者)、であったことと、その時から不登校がらみで学校の内外で推し進められてきた政策と無関係なことではありませんでした。つまり、「どの子どもにも不登校が起こりうる」という表現は、表面的には子どもの行動への理解が深められたかのような印象を残しながら、実は、子どもへの問題行動として捕らえるという、根っこの考え方について何ら変更が加えられていなかったために、“再発防止”“不登校撲滅”という教育行政の隠れたキャンペーンが派生し、不登校児童の数の把握、そして次年度その数を減らすことが目標とされ、1990年代の学校の環境は、それゆえに悪化の坂を転げ落ちるような空気につつまれていったのでした。具体的には、ある東京都下の市は公式的には「この市には、不登校の子どもは一人もいません」でしたが、実態としては100名を超える“不登校児”が存在していたのでした。しかし、できるだけ“不登校”にカウントされないような処置として、たとえば週に一度校門のところまで行って校門に“タッチ”するだけで登校とみなすという「水増し」さえみられたわけで、いかに学校が不登校を毛嫌いし、認めたくないかを示すものでしょう。
子どもは学校に行くという以外の道はないのであり、かろうじて認めたといわれる不登校でさえ、なんらかの反社会的行動とみなされるので、たとえば、学校期間と医療機関との連携は、ますます深まり、不登校傾向を「適応指導」の対象となるなんらかの精神疾患とみなす傾向があの答申以来強まったと、私はみています。
つまり、あの答申は、厚生労働省(旧厚生省)と文部科学省とは、不登校撲滅キャンペーンに際して、ダッグを組みやすい環境づくりだったのではないかと思われるのです。それが事実上、子どもへの人権感覚を無視したなりふり構わぬものだったことは、たとえば法務省関連が国連の「子どもの人権条約批准」に肩を借りつつ、子どもの教育環境として学校以外の環境として、たとえば家庭を認めないのは、おかしいのではないかという見解を明らかにしていました。それが、今日、日弁連がホーム・エディユケーションを認めるべきだという公式見解にも繋がっているのです。
私個人としては、“不登校”という言葉が時代の変化に適応していないのではないかと思っています。つまり、不登校という、子どもが学校に行かないということを捕らえた概念は、英語圏には存在しないということが一つです。グローバリズム(地球主義)の潮流の中で、子どもの教育環境を、学校だけに縛り付ける考え方そのものが共産圏は別にして、時代遅れだという印象を拭い切れません。用語を使うか使わないかではなく、概念そのものを問題視しても、その視点は国際社会の中で、通用しなくなると思います。
それに、不+登校という言葉を校正している“登校”という概念もまたきわめて日本的で、学校を上にみたてて、登校、英語ではただ go to school ですが、やはり登校にせよ下校にせよ、権威主義的な響きを禁じ得ません。その上で、学校に行かない子どもの状態だけを示すことで、子どもが積極的に“拒否”をしているという主体性がみえない言葉なので、渡辺位(たかし)氏があえて、登校拒否という言葉にこめられた子どもの意志を尊重し、問題点の確信部分に近いのは、「登校拒否」の意味を説明しておられました。
しかし、不登校にせよ登校拒否にせよ、学校に子どもが行かなくなったということを、どう受け止めるのかという意味では、家族の視点が抜け落ちているとも言えます。
つまり、現在のホームスクーリング運動の核になるのは、聖書復興運動であり、家庭とその構成要因である夫婦や親子関係、そして子どもたちの育つ教育環境も含めて、聖書的に改革することを目指すとすれば、これまで述べてきた、日本的な議論の建て方そのものが、あまりに、子どもの意志や行動に着目しすぎて、家族を再構築をおろそかにしてきたばかりか、いや、むしろキリスト教以外の世俗のホームスクーリング運動の中には、家庭を相対化する動きを連動させようとする動きさえみられるようになりました。
不登校を問題行動としないというとらえ方だけで教育論を展開しようとすると、家庭観の再構築が空洞化してしまうことになり、“新しい家族観”に易々場を譲ることになるでしょう。
ですから、ホームスクーリングと不登校とは、子どもが学校の外にいるという点、つまり現象面でとても似ているようにみえながら、全く違う出発点と視点を持つのだということを、クリスチャンホームスクーラーはもっと認識する必要があると思いました。すべてが、政権の体質のせいではないでしょうけれど、今の日本の政治環境と世論の動向には、かつて太平洋戦争に突入した前夜によく似た空気を読み取れます。私はいわゆる戦後世代で、すべて資料を含めた“伝承”や“旧跡”を根拠にしてしか事実構築ができませんが、ドイツが熱狂したようにヒットラーを支持した時代、時の権力を担う政府への批判や問題提起をことごとく封じ込めて、正義の世論を封じ込めるための手段をいとわない時代でした。この国では、すでにまともに“正義”が通用しなくなっています。
イラク人質問題では、本当の正義の側にある人たちが「またイラクに戻りたい」と発言したことを「問題行動」とし、いわゆる“自己責任論”の導火線に火をつけたのは、他でもない小泉さんその人でした。つまり、自衛隊のイラク駐屯に異論を唱える人は許さないのであって、その意見が正義かどうかは問わなくなっている、つまり、感覚が麻痺しているのです。現行政権の一翼となっている公明党が模範を示唆しているように、権力の座にあるかどうかが大事なのであって、どんな意見をもっているかその意見がまともに正義に立っているかどうかは、今この国には通用しなくなっているといえます。それは、マスコミの機能においても、全くあのヒトラーの時代とかわりません。現政権の“犬”のような役割でしか、もはや存続を許されていないのでしょう。正義かどうかよりも、処世術にいかに長けているか、いかに“長いものに巻かれる”方法を身につけているか、いかに自分より権力をもっている存在を認識してその下に自分をおけるかが大事にされています。
ですから、自分より弱いとみた人々を、徹底して蔑む感覚がもてはやされます。つまり、いわく“負け組はきらいだ”ということになるのです。
それでも、私の心の中には、ドイツがヒトラー政権のもとで、悪魔に完全に支配されて、その後明確な罪意識をもって再生できたように、“もう、落ちるところまで落ちないと、この国の本当の再生はないのではないか”という一種のカタストロフィーのような厭世的な気分がないこともありません。一端政治的な発言をいっさいやめて“悪”のほしいままに支配させて、(すでに自殺者の平均が一日100人を超えているけれども)人の死が今以上に日常茶飯事になって、“一億玉砕”みたいな時代に、このままだと確実にいくのだから、何をやっても無駄という意識がなくもないのです。
かつての戦時中の罪を、正しく主の前に告白しない限り、この国が再生する道はないのです。つまり、“戦中の罪の告白”を明確におこなわない限り、この国は確実に“臨終”に向かうことでしょう。
学校教育の中で“戦中の罪”は軽視されてきました。むしろ、“日本人の誇り”とか“自虐的歴史観からの解放”とかいう声が(公式な政府見解とは別に)底流に流れていたといえます。元政権は、かつての“ヒロヒト政権”の地位をまるごと“米国政府”が演じてくれるおかげで、このような古典的な「人道への国家的違反」(東京裁判で、A級戦犯への判決文から)を平気で実践できるようになっています。
民主党が菅代表の辞任問題で揺れている時に、その世論を演出した総理は、第二次イラク駐屯部隊を送り出した後「小樽見物」の姿をマスコミに示して、「どうだい、こっちのほうが余裕あるでしょう。」と言いたいようです。イラクに派遣される自衛隊員たちは、結団式で小泉さんを前にして“〜軍”ということばをつかっていたのに、NHK報道では別の言葉に言い換えていましたね。意図的だと思います。
学校教育が戦争責任についての明確な事実(史実)を教えてこなかった結果です。かつての罪を告白しないどころか、中国での毒ガス兵器置き去り問題では、罪を認めるチャンスが与えられているのに、現政権はすでに解決済みとして拒否しました。あまり、この国にはもはや期待できないのでしょうか。私はキリスト者なので、いっそうその危機感を強くもちます。“正義が蹂躙されている国の存続を、創造主である神は許さない”というのが真実の歴史認識なのだと思います。
正確な近代の日本史をつたえて、明確な罪意識と、具体的な「戦後補償」を国家として果たさせなければならないのです。それは、現段階では、チャーチ&ホームスクーラーのみが可能だといえます。
しかし、残念ながら、一方で、たとえば戦中日本が韓国をはじめ近隣アジア諸国でやってきたことを「日本がやったことは悪いことばかりではない」と肯定し、“戦争責任”の意識を弱めたり、罪意識をなくさせることに積極的なホームスクーラーがいることも事実です。
この国のチャーチ&ホームスクーリング運動に、そのような明確に聖書に基づいた“歴史認識”と“罪の告白”が与えられるかどうか、今後の課題として、期待されていることは少なくありません。
それゆえに、それは、チャーチ&ホームスクーリング運動がどのような「日本史」を手に入れるかにかかっているのだといえます。
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食品冷蔵会社「西宮冷蔵」を営む水谷氏は、得意先であった雪印乳業が、牛肉の表記を“国内産”と偽装していることを隠さずに公表しました。
いわゆる“内部告発”でした。
これがきっかけになって、結局、有名ブランド名をほしいままにしていた大企業である雪印が解散にまで追い込まれることなりました。世間は、この行動を勇気ある“正義の行動”とみたのとは裏腹に、やがて、西宮冷蔵は顧客を失うことになり、多額の借金を背負って倒産することになります。
この時の気風は、“はみ出し者”“人と違うことをする変わり者”“組織に対する裏切り者”という実に日本的なものでした。正しいことを確信して、その信念に従って行動することを、さげすむ気風は、何も“イラクの元人質がらみ”に限ったことではありません。日本の国は、豊かな自然に恵まれ、繊細さを重んじる重厚な文化であることや、優れた美的感覚は好ましいと思いますが、正義と正義に基づく行動を蔑むこのような風土は、この国に生まれた不幸の一つでしょう。
数億円の負債を背負い、世間の風当たりを受け、さらには妻とは離婚することになる水谷さんでした。しかし、息子さんは“正しいことを正しいと貫き通して、行動できた父は立派だ”といって、父親の行動を尊敬し、父と妹とともに、生活苦をしのぐのです。(この信頼関係が子どもへの何よりの遺産になったでしょうね)
信念を貫き通した結果、内部告発したことによって、巨大組織の犯罪、もしくは犯罪的な傾向が暴かれ真実が明るみに出たことで、一番メリットを受けたのは、消費者でしょう。
しかし、正義をつらぬくことで、確かに一時的に人望を失ったり、経済的困難を数年にわたって経験しなければならなかったのでした。
それを“一時的な試練”とみるのか、“自業自得(小泉さん的自己責任論ともいう)”というかによって評価は2分されることでしょう。
しかし、正義の結果生み出されるものは、父と子どもの信頼の強化ばかりではなく、この業界からすると、消費者の健康でした。消費者第一主義によって、素材などついて産地や土壌などへの情報の透明性が高くなり、結果として、消費者に最大のメリットをもたらすことになったことでしょう。それが、正義の結果生み出されるものの真実の姿です。
“西宮冷蔵”の出来事は、正義感の大切さや、正義のもとにおこなわれる勇気ある行動の価値がいかに大きいかをしめすことになります。(別のテーマですが、“志はいい。正義にもかなうとしても、行政にむこうを張って、売れるみこみがはたしてあるのでしょうか”“あなたは、りっぱだからできると思うね。わたしにはとてもとても…。”米国でも、そして日本でも、ホームスクーリングがらみの出版物はこのような試練を多かれ少なかれ通りました。)
“西宮冷蔵”は一時は廃業に追い込まれたにせよ、その勇気ある行動への支援のうねりが全国に展開し、1000万を超える支援金が水谷氏のもとに寄せられ、その資金をもとに、今春、工場が再建されることになったのでした。ひたすら、結果として、消費者に最大の利益が及ぼされることだけを考えてモノやサービスを提供する企業はこれまでもなかったわけではないけれど、ほとんどが、無視され、場合によっては持ち出しを前提の零細企業に甘んじてきました。しかし、少しづつ、消費者の知識が深められていって、いい意味でこのような企業への信頼が高められなければなりません。
このテーマを、本HPのコンテンツであるクリスチャンホームスクーリング(チャーチ&ホームスクーリング)と無理矢理つなげようとは思いませんが、聖書に従って、子どもたちを学校の被害がら守るための行動をとるならは、世間の風当たりを避けることはできないでしょう。けれども、そこで示される親の“正義”こそが本当に継承にあたいするものであり、多くの良いものでこの地を満たすことになるのだと知りたいのです。それをあの“エイズ訴訟”でみてきましたし、“ハンセン訴訟”でみてきたのです。
「一粒の麦が地に落ちて死ななければそのままです。しかし、もし死ねば大きな実を結ぶことになるのです。」(ヨハネの福音書)ここでで示されたキリストの死(パッション)と同じように、正義に伴う“死”は多くの実を結ぶのです。
→「内部告発」(鹿砦社.今西憲之著)という本があります。参考まで。
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