私が気に入ったクラシック音楽をご紹介します。
 いい音との、いい出会いを!!

 #パワー・ビッグス「JSバッハ トッカータ アダージョとフーガ」
 #ラ・プティット・バンド「J・S・バッハ ロ短調ミサ曲」
 #パブロ・カザルス「チェロソナタ」
 #J・ウイリアムス 「バリオスの大聖堂」
 #カールー・リヒター JSバッハ「弦楽組曲第2番」
 #イエペス JSバッハ「リュート組曲」
 #カール・ミュンヒンガー「JSバッハ・復活祭オラトリオ」
 #ウォルフガング・シュッツ「THE BEST OF POPULAR FLUTE MUSIC」
 #ウイーン・フィル「ドボルザーク スラブ舞曲第2番」
 #ホセ・ルイス・ゴンザレス「アメリアの遺言」 Sony Records
 #カール・リヒター JSバッハ「パッサカリアとフーガ」
 #イエペス JSバッハ「リュート組曲」
 #カラヤン モーツアルトのレクイエム
 #カラヤン ボロディン「ダッタン人の踊り(歌劇「イゴリー伯爵」より)」
 #エドウィン・フィッシャー JSバッハ「平均律クラヴィア曲集(全曲)」
 #ジョン・ウイリアムズ アルハンブラ宮殿の思い出〜スペイン・ギター曲集
 #グラーフ 「6つのフルートソナタ」
 #ミュンヘンバッハ管弦楽団


ミュンヘンバッハ管弦楽団
「ブランデンブルグ協奏曲第2番 BWV1047

 ブランデンブルグ協奏曲は、いわずと知れたJ・B・バッハが作曲した6部作品の一つです。その中でも第2番(BWV1046)は、トランペットの難曲として知られています。もちろん、高校程度のブラスバンドレベルで手に負えるようなしろものではないでしょう。でも、個人的には、第3番についで、2番が名曲だと思います。 しかし、ここでは、音楽についてというよりも、このところ考えている“職業”というテーマに関連した話題が提供できるかと思った次第です。音楽そのものを扱うわけではないので、ご了承ください。
 バッハがこの曲をブランデンブルグ辺境伯ルードヴィヒに献呈した1721年代のトランペットは、現在のようなバルブで音をつくるのを助けてくれるような代物ではなく、管状の筒を、ぐるぐるまいたホルンのような形をしていたそうです。つまり、バルブがついて音が比較的出しやすいといわれている現在でも演奏が難しいというのに、作曲された当時、この曲を演奏するための楽器が未発達で、音をバルブ調節できるようなしろものでなかったゆえに、この曲がどれほど演奏家を困らせたかを物語るのでした。たとえば、当然のこと、当時のフルートの原型だった「フラウトトラベルソ」について、バッハはその音色に魅せられてすばらしい独奏曲をつくっているものの、作曲者であるバッハは少しも演奏できなかったのでした。ましてや、未発達のトランペットの音を出すのすらできるはずもなかっただろうとは、想像にあまりあります。
 つまり、バッハという作曲家は、その曲を実際に演奏できるかできないかを全く考慮しなかったのでした。それとも、当時ドイツには、トランペット演奏にかけては非常に熟練した、「音職人」みたいな人がいて、その人の技術をあてにして、作曲したかいずれかですけど、私は、おそらくバッハは演奏家の困難さを全く考慮せず、ただ芸術家として理想の音を追い求めていたのではないかと考えるようになっています。その曲が演奏できる演奏家いるかどうかではなく、仮に演奏者がいるとして、理想的な音はこれだという具合に楽曲をくみあわせていくとき、あの難曲ができあがるのでした。バッハという並はずれた作曲家がいて、その芸実的な理想にとって、きっちり埋め合わせがつくような奏者が当時存在したということに驚きを禁じ得ない現代のトランペッターは多い筈です。
 上司と部下という関係をひっぱってくるのは乱暴かもしれませんが、たとえば旧約聖書でいうと、あのダビデの例があります。
 第一歴代史11:16−19節にこのようなエピソードが記録されています。
 「ある時ダビデは、ダビデは要害におり、ペリシテ人の守備隊長はそのとき、ベツレヘムにいた。ダビデはしきりに望んで言った。『だれか、ベツレヘムの門にある井戸の水を飲ませてくれたらなあ。』 すると、この3人は、ペリシテ人の陣営を突き抜けて、ベツレヘムの門にある井戸から水を汲み、それを携えてダビデのところに持って来た。ダビデはそれを飲もうとはせず、それを注いで主にささげて、言った。そんなことをするなど、わが神の御前に、絶対にできません。これらいのちをかけた人たちの血が、私に飲めましょうか。彼らはいのちをかけてこれを運んで来たのです。彼は,それを飲もうとはしなかった。3勇士は、このようなことをしたのである。」
 上官であるダビデの必要とあらば、命がけだとしても目的を達成した部下がいたことについて、ダビデは自分の不覚を悔いたかもしれませんが、聖書記者は、これを愚かな行為だったとはせずに、勇者列伝として紹介していることからすると、私は、たとえば“仕事”というものは、どんなに困難であったとしても、成し遂げるべきなのだというメッセージなのではないかと解釈しています。たとえば、キリストの生涯もまさに「命がけの事業」だったのですが、困難だからといって中途でやめたりしたなら、キリストの事業の完成はなかったことになります。地上では本当の完全さを実現するのは無理ですが、それでも主に倣った生涯とは、たとえそれが仕事の分野であったとしても、目的を完全に成し遂げることが目指されるべきなのだという、いわば職業観が聖書の底流に流れていると思ったのです。それは、労働を神格化した結果としてではなく、すべてのことを主を喜ばせようとしておこなう結果として生成されるのでした。
 ですから、キリスト教的な職業意識にめざめるなら、上司に媚びたり、適当に手抜きをして、お茶を濁すとか、いわゆる要領の良さを美徳とは考えません。むしろ、人間的には愚直なまでに、仕事をしながら神の前でどうなのかを問い続けつつ、完成(完全)をめざしていく職業意識が養われることになります。
ドイツばかりではなく、欧米(アメリカ及びヨーロッパ)の電化製品が堅牢で、非常に優秀だといわれるルーツがここにあります。その一方で、10年後に買い換えを促すために、寿命10年とみなして国内向け電化製品が製造されている背景には、おそらくこれとは別の思想的な背景があるのだと思います。
 戦後ドイツは、ナチ被害者への戦後補償のために非常に多額の賠償金を支払いましたが、それにもかかわらず、戦後経済は「ドイツ製品への信頼」によって復興をみせて、「ヨーロッパ共同体の中で、一人勝ち」といわれるほどになりました。
 バッハのことから少し話は飛びましたが、当時、バッハから第2番の楽譜をもらった当時のトランペットふきは、おそらく職人意識を刺激されて、それこそ死にものぐるいで音づくりと格闘したのだと思います。実は、この曲は、ミュンヘンバッハ管弦楽団以外でも聴くことがあったのですが、さすがにトランペット部には、音がうわずったような場面がいくつかあったのを否定できませんでした。この演奏は作り物ではないと逆に証拠づけられる思いでした。(もしかしたら、録音の後でミス音を調整しているのかなとおもわなくもないのですが)カール・リヒター指揮のミュンヘンバッハ管弦楽団の演奏には、少しもミスを聞き出せませんでした。さすがドイツ魂というのか、理想主義的というのか、プリーマ!ビバ!マイスター!という感じでしたね。人がどう思うかではなく、主がどう思われるかを目標にするというのは、いやはやどうして、実に気の遠くなるようなはなしです。
 仕事であれ、なんであれ、主が喜ばれるように完成(完全)をめざしたいものです。(マタイ5:48)
  バッハは、必ず自らの手で楽譜を書き、そして最後に必ず「Soli Deo Gloria(ただ神にのみ栄光あれ)」と書いたそうです。
 さもありなん!
 
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パワー・ビッグス「JSバッハ トッカータ アダージョとフーガ」
 バッハの作品で、オルガンの魅力にひかれた著名人としては、あのアフリカの医師シュバイツアーと、フランスで客死した哲学者森有正がいる。モノラルながら、シュバイツアーの演奏がCD化されて残されている。森先生のCDも確かあったと思うが、まだ聴いたことがない。
 音楽が魂を揺さぶるものだとしたら、バッハのオルガン曲はまさにその名に値するだろう。
 その音楽の高い宗教性のゆえに、いつのまにか集中してきいていて、いわゆる片手間に聴けなくなる。
聞き終わったあとに、「祈り心」さえ生まれていることもしばしばである。ただ、この楽器は、ギターと同じように演奏者の技術もさることならが、その内面を演奏に映し出して容赦ないと思う。
 P・ビッグスを知る人は少ないかもしれないが、私はこの人の演奏が好みといえば好みである。イギリス生まれのアメリカ人。ビッグスは、もともとは機械工学を学んでいたが、学生時代、この人もバッハのオルガンに魅せられて、全く畑の違うオルガン演奏家に転身した。ただ、彼の演奏を聴く度に、楽器の機械工学的な面を理解した上で弾いているのではないかと思われるほど、緻密で一音一音がはっきりした主張で貫かれている。和楽器「尺八」の名手ネプチューン海山氏は、アメリカのカリフォルニア工科大学で音響工学を学んで後、日本で修行した。(彼は、確かご一家はホームスクーラーで千葉県にお住まい)。ネプチューン氏のように、いわゆる「首振り8年」の名人芸の枠ではなく、音響工学を和楽器演奏に生かすとか、ビッグスのように機械工学がオルガン演奏の背景として生かされているらしいということが愉快だ。
 さて、ビッグス氏の演奏だが、アダージョとフーガBWV564のアダージョ部、それにいわゆる大フーガと呼ばれるフーガト短調BWV542が実にすばらしい。今も時々、564のアダージョ部分だけを聴くことがある。テンポが遅い部分なので、リヒターやヴァルヒャやアランなどのオルガン演奏と比較しても、ビッグスの表現は最も丁寧で、心に響く。
 「アメリカ人は、ジャズ」などと、先入観をもってはいけない。
 ジャズは確かに発祥地だが、それでもクラシックのファン層は相当厚い。
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ラ・プティット・バンド「J・S・バッハ ロ短調ミサ曲」

  「ミサ曲」という題名から、「これは大バッハの作品ではない」と少年の頃に勘違いしていた作品です。というのも、大バッハは正統ルター派の信仰であったといわれていたことからすれば、「いくらなんでもカトリック教会の礼典のための音楽をつくったということなら“ 主義 ”にもとる、いや一貫性がない」と思っていたからでした。後からバッハの作品だと知らされても、受け入れられませんでした。考えていたのは、仕事上「作曲と信仰とは別と割り切った」ということ。「金になる仕事なら多少信仰上の矛盾をかかえながらも引き受けた」という解釈もありえると思いました。けれども、グスタフ・レオンハルト指揮による、オランダ発の名演奏を繰り返しきくにつれて、私の中のやや斜めに見たような疑いが消えていました。死の時を予想した晩年のバッハは、ミサ曲としての内容を、敬虔さと納得をもって理解し、表現しているのです。ルター派プロテスタントとは、新しい宗教を発足させようとしたのではなく、カトリック教会に流れる「初代教会性」を聖書にかえって再認識しようとした「再建運動」であったという視点に立つならば、カトリック教会であっても、バッハはその「カソリシティー(公同性)」に心から共鳴した結果、この曲が生み出されたといえるのではないでしょうか。すでにカトリックとプロテスタントが協力して産みだした「共同訳聖書」の時代に入っていることを考慮すると、(何でも「いっしょにやっていく」という立場に私は立ちませんが)カトリックなら何でも反対というスタンスはアナクロニズムを引きずっていることになるでしょう。 この作品から、グレゴリオ聖歌など、カトリック礼典音楽の豊かさにも目を開かれるきっかけになるかもしれません。(ちなみに、NHKアナウンサー辞典によると、現在は「カソリック」という呼び方は使われず、「カトリック」と呼ぶことに統一されています。)
 「ラ・プティット・バンド」とは、オランダの誇る世界的古楽オーケストラ。18〜19世紀の古楽器を忠実に再生して使用しているゆえに、いわゆる「〜バンド」という軽妙なイメージはありません。名前の由来はフランスルイ王朝時代の宮廷音楽士の楽隊を出所とするとのこと。ミサ曲の構成は、前半がキリエ、グローリアの祈り、後半は「ニケア信条」を歌詞にフーガとカノン形式が付せられています。たとえば、ウエストミンスター信仰告白は「歌」にはなじなまないでしょう。それはプロテスタント信条の学的性格による後退とみるでしょうか、それとも世俗化された社会のなかで論理的な武装による必然とみるべきでしょうか。キリスト論を巡って激論が闘わされたニケア会議と共に生み出された信仰告白が、論争好きな学徒によってでなく、本来は日常生活の中でキリストへの賛歌として生かされるようにということはバッハの願いであったかどうかとは別に、本来の信仰の姿なのではないかと思います。(もっとも、ニケア信条も、ラテン語の歌詞だから「楽曲」に馴染むのでしょうね。)

Credo in unum Deum 我は信ず 唯一の神
Patren omnipotentem  全能の父
factorem coedi et terrae  地と見ゆるものと
visbilum omnium et invisiblilium  見えざるものの創造主を
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パブロ・カザルス「チェロソナタ第2番ニ長調BWV.1028アンダンテ」

 少年の頃、我が家には大きなテレビがあり、妙に静粛な画面に、チェロをもったひとりの初老の演奏家が映し出されていた。私はその頃から音楽番組のファンで、名前もわからず見ていたのだが、それがあのカザルスだったらしい。
 これから演奏かと思いきや、この初老の紳士は立ち上がり、英語で曲のコメントをし始めたのである。
 何をいっていたかわからなかったが、やや高い声で「ピース、ピース(平和、平和)」と言ってから、おもむろにすわり、非常にゆっくりしたテンポで「鳥の歌」とやらを演奏した。私はそれだけでなにやら意味もわからず、涙がでてきた。画面のむこうに写っている聴衆が泣いていたのをもらい泣きしたのだけかもしれない。いや、やはり演奏そのものに込められている「たましい」のようなものが感じられたからに違いない。
 1971年米国はケネディ政権。スペインは独裁の圧政が続いていた時期に、平和を希求する祈り思いがチェロの音色を通じて少年時代の私にもおぼろげながらわかった。
 演奏家と思想と演奏を結びつけるのはダサイのかもしれない。最近は、特にその傾向が強くなっているように思う。けれど、クラシック音楽本当に楽しみたいなら、演奏と演奏家と結びつけるほうがだんぜんたのしい。
 そのように思うようになった原点は、あのカザルスの国連での演奏だったと思う。
  バッハのチェロソナタ第2番ニ長調BWV.1028の特にアンダンテ部は、あの時の演奏を彷彿とさせてくれる演奏である。実にすばらしい。
 カザルスの演奏には、注意してきくと、「声」がきこえる。本当にチェロ演奏にはまっているに違いないと思う。Gグルードのピアノ演奏では、「ピアノとの対話」にも聞こえたが、カザルス場合「うめき声」にも似ている。チェロという楽器が、魂をそれだけゆさぶる楽器なのだろう。
 スペインの誇り、前世紀最大のチェロの鬼才はずっと独身かと思っていたが、50才も過ぎてから彼を尊敬する弟子と結婚した。(そうあの新約学の大家J・マレーの結婚もそのくらいだったかな。宇田先生によると、マレーには、“ ちゃんと”子どもも産まれたんだとか。カザルスはどうだったかな…。)
 なにか話がとりとめがなくなってきたようだ。このあたりでやめておこう。

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 J・ウイリアムス 「バリオスの大聖堂」

  パラグアイ出身のギタリスト、および作曲家バリオスは、あまり馴染みがある名とはいえない。「何故、ギター界であまり知られてこなかったか」という経緯が実に興味深い。
 バリオスは、パラグアイ出身ではあるが、若い頃、スペインにも「修行」に出かけている。その時に、あのゼゴビアの目に留まり、積極的な評価さえ受けているのである。
 ところが、巨匠ゼゴビアは、バリオスの曲を最後まで一度も演奏することはなかったといわれる。当然、バリオスの存在はその卓越した音楽性にもかかわらず、マイナーな地位におかれた。ゼゴビアは、どうしてバリオスを紹介しなかったばかりか、演奏さえしなかったのか。
 憶測の域を出ないが、第一には、欧州の音楽的基盤はすでにバッハ中心に据えられていて、南米の音楽に対する評価がおしなべて低かったことにあるのだろう。バッハのファンとしてはやや悲しいことなのだが、「ギター音楽」さえスペインの民族音楽とみなされ、そのため日本の音楽大学には「ギター科」さえかろうじてか、さもなければ全く無視されていた時代があった。ゼゴビアが世界に知られるようになった経緯にさえ、バッハ色が色濃い。つまり、それまで演奏されることのなかったリュート組曲以外の曲をギター演奏に編曲して、ギターの独奏楽器としての地位を与えた第一人者として知られるようになったからである。
 第二に、最初にバリオスを紹介した「プロディユーサー」が、舞台のバリオスに、南米のポンチョを着せ、民族帽を被らせたためではないかとのみかたもある。出だしから、クラシック音楽とはみなされなかったのだ。これにも一理あるにはあるが…。
 第三に、あまり信憑性がないのだが巨匠ゼゴビアが、バリオス音楽の大きさに気がついて、その地位を脅かされるのではないかとの警戒感があったのではないかというもの。これは、おそらくなかったと思う。ある意味で、この意見はセゴビアの当時の名声に失礼かもしれない。
 けれども、私が最も可能性があると思うのは、次の第四としてあげられるバリオス個人の性格である。つまり。西欧音楽のなかで、南米の民族音楽がマイナーな位置におかれたというばかりではない。バリオスは、まったく名声や金銭欲に無頓着だった。せっかく書いた楽譜も友人たちに配っていたといわれる。音楽を心から愛し、欧州音楽よりもパラグアイの民族性にこだわり、名声や金銭欲からも解放され、なかば放浪の生活をおくったようなバリオスの音楽の魅力の底力もまたそこにあるのだと思う。
 そんなバリオスの名曲集を、バリオスの没後50周年記念して、巨匠セゴビアの弟子であるウイリアムズが発掘し、そして演奏した。弟子の代にして、始めて紹介されるに至ったというところに、謎めいたセゴビアの沈黙があり、後の憶測もあった。ウイリアムズの演奏は例によって気品に溢れ、同時にこのソニー版では、より情緒豊かであり、これまでの彼の演奏と比べてもすばらしい。特に、「クリスマスカロル」は小品ながら、キリスト降誕の喜びに満ちている。
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カールー・リヒター JSバッハ「弦楽組曲第2番」
ミュンヘンバッハ管弦楽団
 バッハの弦楽組曲でも、とりわけ2番は、バッハの音楽に出会った最初からのなじみであり、特に、リヒター指揮ミュンヘンバッハ管弦楽団の演奏は、テープがすり切れるくらい聴いた。カザルスの演奏と聴き比べてみたが、やはり、全体のバランスや、「リズム感」において、リヒターの演奏は、きわだっている。オーレル・ニコレのフルートも、ここでは、強調され過ぎることも、合奏に隠れてしまうこともなく、主旋律をみごとに担当している。
 フルートのための曲と思われるほどだが、独奏曲ではなく、合奏曲として調和がとれているのは、たとえば、ディユーク・エリントンの「A列車で行こう」が、トリオではなく、ビッグバンドにこそ調和しているのに似ている。
 リヒターは、神学校を卒業した。これは、牧師をめざした後の転身ではない。ドイツの場合クラシック音楽の素養そのものに、神学的な知識が要求されるからなのだ。それゆえに、ケーテン時代の世俗音楽に属する「弦楽組曲群」さえ、リヒター指揮のもとにある和声は、敬虔な雰囲気さえかもしだしている。バッハの曲は、聖書の信仰が背景にあるということ抜きに、聴くと不完全なのだと思う。すでに、「脱キリスト教社会」であると呼ばれるヨーロッパでさえ、やはりコンサートにバッハは定番であろう。それゆえに、バッハは「音楽の父」と呼ばれるばかりではなく、すっかり世俗化され、砂漠のように乾ききった世界にほのかに煌めいている、キリストの教えの光の照り返しであるともいえる。
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イエペス JSバッハ「リュート組曲」

 イエペスは、映画「禁じられた遊び」のバック音楽をギター一本単独でおこない、一般に最も知られたギタリストの一人であろう。12弦ギターの発案者と演奏家としても知られているが、バッハのリュート組曲演奏はすばらしい。イエペスは、華やかな映画音楽にではなく、ジュリアン・ブリームやコンラッド・ラゴスニックなどと同じように、むしろ地味ではあるが、古典楽器を得意分野としていたのだということを彷彿とさせてくれる。特にバロックリュートの演奏では、おそらく第一人者なのだろうと思う。
 ギターの原型ともみなされるバロックリュートには、近代ギターのような音の多様性はない。しかし、音に歪みをいれなで、ただつま弾いただけの音は捨てがたい。ちょうど、ハープシコードの音に似ている。パソコンによって電気的につくられた音が巷に溢れる時、このような弦の響きは一層感性の内側にしみこむ。
 CDはARCHIV版「JSバッハ・リュート作品集」1972年録音。
 28年前の演奏である。
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カール・ミュンヒンガー「JSバッハ・復活祭オラトリオ」

 西欧でイースターが祝われることになった経緯は、やや複雑で、英語の語源からすると、ゲルマンの春の女神《Austro》に由来するといわれる。
 もともと異教の習慣であった季節の祝い事を《キリスト教化》したのだともいわれ、ニカイヤ会議以降、「春分の次の満月の日曜日」と定められた。
 ゆえに、毎年その時期は違う。暦にこだわる根拠といえば、特にない。キリストの復活そのもの意義とも何の関係もない。木の芽時に生命が躍動する春の雰囲気に、「キリストの復活」のイメージを重ねただけなのだろうと思われる。大切なのは、キリストの復活なのであり、年中行事のような日本的祭のイメージと重なるイースターばかりではなく、むしろ、毎週各地でおこなわれる日曜礼拝こそがより明確に「キリスト復活を記念する行事」という意義を持つ。 日本ではクリスマスだけが近年異常に騒がれるのだが、キリスト教本来の趣意からすると、欧米では復活節のほうがより重要。
 「今やキリストは、眠った者の初穂としてよみがえられました」(第一コリント15章)と言われ、信じる者にとっての「死後の希望」が語られ、歓喜となって祝われるからである。
 さて、ミュンヒンガー指揮による演奏は、シュトゥットガルト室内管弦楽団、オーボエ独奏がヴィンシャーマンという豪華さ。
 とはいえ、バッハの曲群のなかでも、復活祭オラトリオは、「歌唱部」にきわだった美しさを覚えたにもかかわらず、私は、これまでバッハは器楽曲中心に聴くことが多かった。
 しかし、バッハは、実は声楽の分野でも非常にすばらしいということを知らせてくれたのが本作品。この他、受難曲やロ短調ミサ曲でも、声の可能性が充分に引き出されていたと思う。特に、ソプラノのアメリンクによるアリア部(No5 deine Spezerein)と、それにワッツが加わったレクタティーヴォ部(No8 rectativ-soprano,alt;Indessen wir mit)の女声合唱はきわだってすばらしかった。
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ウォルフガング・シュッツ「THE BEST OF POPULAR FLUTE MUSIC」
 ウイーン・フィルの主席フルーティストとして主に欧州での活躍が多いシュッツのフルート曲集。
 吉井家には、子どもが生まれて数ヶ月の乳児のころ、母子のための「環境音楽」として流していたが、バッハの「アンナ・マグダレーナのための音楽手帳」など、いくつかの音楽のなかでもこの曲集の登場する頻度が最も多かった。シュッツは、ランパルやニコレほどの知名度がないが、思いがけず出会ったシュッツのフルートの音色にはいつ聴いても退屈させない透明感と完成度があり、好んで今でも聴く。
 勝手なことだが、数ある木管楽器群の中でもフルートは人の情緒を、最も情緒を安定させてくれる楽器ではないかと思っている。そして、「アルルの女」や「ハンガリー田園幻想曲」などは、フルート以外の楽器で演奏されても全く雰囲気が出ない。
 私は中学と高校は「公立学校登校児」であり、ブラスバンド部に所属していた。それで、トランペットを6年ほぼ毎日吹いていたのだが、最初フルートに興味があって練習しようとしていたのだが、当時(今から考えると理不尽なことだが)男子は金管楽器、女子は木管楽器という奇妙な振り分けがおこなわれて、金管楽器を習わせられるはめになった。
 結局、トランペットは気に入ることになるのだが、フルートについては今でもこのような天国のような音色を人が演奏して出せることにたいして強い憧れを感じる。
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ウイーン・フィルハーモニー交響楽団
「ドボルザーク:スラブ舞曲第2番 ホ短調 作品72」

 ドボルザーク(1841〜1904)の活躍した19世紀前半が実に興味深い。
 18世紀後半から19世紀にかけて、クラシック著名な作曲家が怒濤のように排出されているからである。ベートーベン、ハイドン、シューベルトからバトンを引き継ぐように、たとえば、ドボルザークと親友であったブラームス(1833〜1897)、ピアノの詩人リスト(1811〜1886)、同じくピアノ曲の大家ショパン(1810〜1849)、ワルツ王のヨハン・シトラウス(1804〜1849)、音楽の印象派ビゼー(1838〜1875)とサンサーンス(1835〜1921)、行進曲の大家スーザ(1854〜1932)、あのロシア5人組もそろってこの世代に排出されている。
 あげるときりがない。ちなみに現行の讃美歌集には、この頃のつくられた曲によるものがきわめて多い。

 堰が切って落とされたように多彩な音楽が巷に溢れる時代があったということだ。人々の心に音楽が急速に受け入れられていた時代とは何であったのか、興味がつきない。
  
 ウイーン・フィルハーモニー交響楽団については、岩城宏之氏の「オーケストラの風景」におもしろく紹介されていた。それほど多くを聴いたわけでないので大きなことは言えないけれど、ブラームスではベルリンフィルの方が情感の起伏豊かで自分の好み。ま、しかし、言い換えればウインフィルの方が抑制が効いているということなのかもしれない。いずれも、同じ文化圏で育まれた作曲家の曲が、同じ血筋の演奏家によって演奏されているのが、なんと言っても強みということか。
 
 ドボルザークは、あの「新世界」で知られるが、私は目下、スラブ舞曲集に魅了されている。特に「スラブ舞曲第2番 ホ短調 作品72」の調べは、哀愁に満ちて懐かしい。(2000/04/22)
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ホセ・ルイス・ゴンザレス「アメリアの遺言」
                       Sony Records  1981
   ゼゴビアは、「もし、ギターの美しい音色を求めるなら、ゴンザレスを聴きなさい」と言ったそうである。これほどのギタリストが日本であまり知られていないのが、むしろ不思議だと思う。近年亡くなれたが、よほどのギター通以外ではあまり話題にもされなかった。このギタリストの音色には、洗練された技術だけでは決して生まれない、ギターの独特の「うたごころ」といでもいうか、もっとふさわしくはうまく表現できないのを承知の上で、日本語のなかであえて一つ表現を選ぶとすれば「色気(いろけ)」が滲み出ている。スペインの国民楽器と言われるギターに、スペインの魂が吹き込まれて演奏されるとこのようになるのだろう。
 
 ラスゲアード奏法やトレモロなどを駆使したフラメンコギターとはやはり違うのだが、音の合間にカスタネットの響きや、リズミカルな靴音のステップ、(行ったことはないが)陽気なスペインの街のざわめきさえ聞こえてくるようだ、その音の広がりにはいつ聴いても引き込まれる。弦が6本しかないことすら感じられなくなる。
 
 今聴いているソニー版では、特にデ・ラ・マーサ作の「ソレア」や「アンダルーサ」そして、バリオスの名曲「郷愁のショーロ」の表現力にはうならされる。それに、アルベニスの「パバーナ・カプリチオ」、ラミレスの「アルフォンシーナと海」は小品ながらゴンザレスの持ち味躍如といったところ。
 惜しむらくは、一度「なま演奏」が聴きたかった。  (2000/04/03)
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カール・リヒター JSバッハ「パッサカリアとフーガ ハ短調」

 この演奏家によるこの曲はバッハ作品のなかでも、私が繰り返し聴いている回数が最も多い。この静寂さはいつきいてもいい。リヒター指揮によるミュンヘンバッハ管弦楽団による4つ管弦楽組曲やブランデンブルグ協奏曲もすばらしいが、特にオルガン演奏にかけては、ヴァルヒャなどと比べても、リヒターの演奏に一層の魅力を感じる。
 巨大なバッハ作品群のなかでもオルガン曲群には、魂を揺さぶられる。パリにて客死した哲学者森有正氏も、その全集でバッハのオルガン曲の魅力にしばしば言及し、自ら演奏している写真も掲載されている。
 蛇足だが、個人的には何の面識もゆかりもないのであるが、吉井家長男の名「有光」は森有正氏の「有」をちょうだいしたものである。
 パッサカリアとは通奏低音の主題をもとに、高音部が煌めくように変奏される形式であり、フーガとは一つの主題が繰り返し時間差をかけて追いかけるように編曲される、共にバロック音楽の形式である。長男に「これまで聴いた音楽のベストワンは何?」と聞かれたので、この演奏家のこの曲だと答えた。そこで、CDを試聴してもらったが、感想は「ものすごく暗い」。「おまえには、まだわかるまい」と心の中で思ってはみたものの、確かにあまり一般的ではない。
 この曲。ユージン・オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団がオーケストラバージョンで演奏して有名でこちらも悪くはない。でも、にぎやかなのが米国人好みなのかもしれないが、やはりこの曲はオルガン以外で演奏されるべきでない。
 長男はといえばバッハには目もくれず、ビートルズに完全にはまり、「ビートルズと60年代」というど厚い本を借りて、熱心に読み始めた。
 ポップスやジャズ曲にも魅力はたくさんある。別のところで紹介したい。
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カラヤン モーツアルトの「レクイエム」

 高い宗教性を持つ名曲を、これがカトリックの「死者のためのミサ曲」であるということで横目で見ながらも長いこと聴こうとしなかった。つまり、理屈っぽくなるが、死者のための祈りに抵抗があったからである。
 
 抵抗の根はカトリック教会の、教義である煉獄にある。それは、死者が送られる通過地点のように考えられ、死後にも救済の道があり、しかも、現在生きているものが何らかの働きかけをすることで、煉獄の苦しみを短縮できると考えられている。神学上の問題の一つは、この教義が救済論上の万民救済に道を開くことになり、つまりは、死後にも救済の道があるのだから、神は悪に対して無制限に許容しておられるということにもなる。聖書は神の意志をそのように示してはいないということもあって、Mルターのいわゆる宗教改革が始まっていった。ゆえにプロテスタント改革主義神学においては、カトリックにいう煉獄を認めない。

 このような偏見に沈みながら、カラヤンのレクイエムを聴き、おのが不覚を感じた。その音楽性の高さは勿論のこと、歌われている内容には、神への愛と敬虔が溢れて、なんと真面目な雰囲気であることか。
 ここに、長年つちかわれてきた音楽的偏見が崩れた。

 もっとも、私はといえば煉獄を信じていない。ただ煉獄を求める人の心に対し(死者の帰還を信じる仏教の思想に対しても)無関心(冷酷)であっていけないと思わせられた。

 昔といってもいいほどの以前、CSルイス作品を征服しようと思って、かなりの原書を買い込んだものの、ルイスが煉獄を信じているとの一文に会ってから、読むのをやめている。これも、もったいないか…。
 中古の300円CDながら、いろいろなことを考えさせられる。
                           (2000/03/10)
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カラヤン ボロディン『ダッタン人の踊り(歌劇「イゴリー伯爵」より)』 
 あのベルリンフィルのカラヤンである。
カラヤン指揮によるモーツアルトやベートーベンやヨハンシヨラウスなどの有名な演奏は聴いた。ただ、好みから言うと、「もう一度聴きたくなる」とかいう演奏ではない。ゆえに私はカラヤンファンとは言えないのだと思う。ただ、ロシア五人組と言われるボロディンの曲に関しては、例外のようだ。民族音楽の要素をとり入れた牧歌的香り高い名演奏を、私はカラヤンと知りつつ何度も聴いている。

 CDは、300円の中古(ほとんど新品は買ったことがないので)だが、これは正直「儲けた」と思った。

 ロシア国民音楽の代表的音楽家として知られるボロディンは、実はペテルブルグ女子医大の教授が本職だったといわれ、そちらの方でも手を抜いていないらしい。医学を語りながら、片手間に音楽を作っていたにして、この凄腕やいかに! 仕事が「遊び(ボランティア)」のようで、しかし遊びが限りなく「仕事」のようであるというのがいい。それで、「仕事」と「遊び(ボランティア)」の両方の質は上がっていく。人目を忍んだ「遊び」など不要になるに違いない。それで、お台場あたりに計画がぶちあげられている不健全な「カジノ」など作るにも及ばなくなる。甘いか?

300円で、私はロシア五人組と呼ばれる音楽の宝庫に出会った。   
                                   (2000/03/07)
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エドウィン・フィッシャー JSバッハ「平均律クラヴィア曲集(全曲)」

 エドウィン・フィッシャーについては、バッハの「オルガン小曲集」を原曲のオルガンではなく、ピアノで演奏していたのをFMでたまたま聴き、いたく感動したのが最初。この演奏家によるCDがほとんどないのが不思議だったが、1960年に故人となっていたと知ると、録音がほとんどないのも解せるような気がする。バイオリンのDavid&IgorOistrach(オイストラフ兄弟)の演奏と同様「何回でも聴きたい」と思う希な演奏家でありながら、録音が少ない。あっても、モノラル録音。東芝EMIによるこの版ももちろんモノラルである。記憶が定かでないが、ドイツには近年モノラル音をステレオ録音風に編集する技術があるとのことで、オイストラハ兄弟の演奏をみごとにステレオ風に再生したCDを聴いたことがある。それはそれで見事だった。

 一方で、当のフィッシャーの演奏は、モノラル独特の雑音や、非常に小さなミスタッチまで変更を加えずにCD化されている。実はそれが、非常にいい。すべてデジタル化して雑音をなくし、演奏家の息づかいまでも消去した音は、ファミコンのゲーム音楽に近い。もちろん、ゲーム音楽についてもファンの一人なので、別の機会に紹介したいと思う。ただ、フィッシャーの場合、ミスタッチのないことだけが、名演奏と呼ばれるのではないことを実感させてくれる名演奏家の一人だ。

 J・S・バッハは「平均律クラヴィア曲集」をピアノが発明される以前に作曲し、当時はまだ形成途上にあった鍵盤楽器「チェンバロ」のために書いた。フィッシャーは、それをあえてピアノで演奏するのだが、そこがまた評価・あるいは「好み」の分かれるところであり、「やはりチェンバロの方がいい」と言われるのかもしれない。ジャコテットによる同曲のチェンバロ演奏を聴くと、これもまた非常にいい。バッハがつくる曲は、旧楽器でかためた「古典主義」にも、あるは、デジタル化を含む最新の演奏技術にも適合するのかもしれない。それにしても、録音技術の近代化以前の演奏家に、フィッシャーのような名演奏家がピアノというジャンル以外にもいたのかもしれないと想像すると実に楽しい。
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ジョン・ウイリアムズ アルハンブラ宮殿の思い出〜スペイン・ギター曲集
 クラシックギター界の巨匠ゼゴビアの弟子。今も貴公子と呼ばれて健在なJ・ウイリアムスは若い頃、長髪で、奇妙なほど爪を伸ばしGパンが似合い、パンクロック演奏家のような風体をしていた。もっとも、アルベニス作品の「アストリアス」演奏については、若いころから演奏の冴は変わっていない。スペインの「風味」といい、この曲においてはウイリアムズの右に出る者はいないだろう。アルベニスは、「入り江のざわめき」と同様、原曲をピアノ向けに書いたのだが、ウイリアムズの演奏などを聴くと、この曲はもともとスペインの国民楽器であるギターを想定した「遊び心」に満ちていることがよく分かる。

 それと、ま、好みなのだが、映画音楽のギター風アレンジもののなかで、彼が最近演奏した「シンドラーのリスト」は実に劇的だ。ただ、ソニーの「ベスト100」シリーズだけに限ったものではないと思うが、表題にもなっている「アルハンブラ宮殿の思い出」はやや機械的な響に感じた。

 この曲。プロのクラシックギター演奏家の世界ではトレモロの練習曲扱いなのだが、一方その表現ともなると、なにやら非常に難しいらしい。たとえば、ドイツの名手ラゴスニックの演奏にしては、もはや惨憺たるもの。「分散和音・練習曲」にしか聞こえなかった。スペインの名手イエペスの演奏にしてもしかり。
 
 アルハンブラとは「赤い城」を意味し、城はアンダルシア地方の明快な気風とイスラム文化を融合させたような建造物らしい。栄枯盛衰の歴史を回想させ静寂さとオーケストラ風の共鳴を合わせ持つ難曲といえる。この曲が芸術的な深みをもって演奏されている例としては、やはりゼゴビアの右に出る者はいないと思う。
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ペーター・ルーカス・グラーフ J・S・バッハ「6つのフルートソナタ」
 グラーフのフルート演奏を聴いてからは、「グラーフに比べて上手か下手か」と思うようになった。特にバッハの「無伴奏ソナタ」は最高だと思う。しかし、日本での知名度は「フルート通の世界では有名」といわれる程度。
 もしグラーフの演奏を、今日バッハが聴いたらさぞかし喜ぶだろうと思う。好みといえばそれまでだが、その透明感がすばらしい。音色は、どこかしら、雅楽の「かぐらぶえ」に似て、ヴィブラートがそれほどかけられていない直線音にこの奏者の魅力がある。この曲「6つのフルートソナタ」をリコーダーの名手フランツ・ブリュッヘンの演奏で聴くと、「古楽器風」の味が出ていてこちらもすばらしい。
 
 バッハは、フルートを演奏できなかったといわれる。ピストンのないトランペットやバルブのないフラウト・トラベルソ(フルートの原型といわれる)など当時楽器演奏は至難の業であった。今日「発達した」といわれる現代楽器でもバッハ演奏は難しいといわれるのに、未発達の楽器を自分の手足のように操る「名人」がいたということか。奏者たちの職人芸気質を十分に満足させ、しかも楽器そのものの特性を十分に引き出すという難題を、その楽器を弾けないバッハが書いた。たいしたものである。
 
 フルート演奏をたしなむフリードリッヒ王のために書かれた「音楽のささげもの」も、味気ない「王の主題」をみごとなカノン変奏曲にしたてたバッハはすばらしい。何か私の気に入るものをつくってくれなどと、気まぐれのように王様から言われて、鉄くずのようなものを渡され、ほどなくそれをコンピューターに仕立てて献上したようなものだ。ちなみに、この「音楽のささげもの」をグラーフが演奏しているが、こちらの方は期待していたほどではなく、K・リヒター版にまさるものではなかった。
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