春さんの瞑想録 3#聖書をどう読むか
#聖書をどう読むのか(2)
#未来学と信仰
#情報の濃淡、そして情報操作
#日本人には日本人のように
#嵐の中のホームスクーリング裏話(その1)
#「ホームスクーリングの心」ということ
#「時間」と「聖定」
#「チャーチスクール」の一局面
#君が代と日の丸
#「原典主義」にこだわる
#「支援」の意味
#ホームスクーリングを取り巻く日本の法環境
ホームスクーリングを取り巻く日本の法環境
(読書感想です。日記のメモを増補しました。)中川明さんが(弁護士・前北大教授)が編著である「宗教と子どもたち」を読みました。チアマガジンに書かせていただいた「ホームスクーリングと日 本の法律」の骨子については、中川さんが教えてくださった趣旨によるところが大きいことと、長く子どもの人権問題にかかわる訴訟にかかわってこられた方と して、その人権感覚に共鳴を覚えていて、本書では特に宗教と法律についてのべておられたことから読んでみました。
最初に紹介されている「宗教と子どもたちを考える視点」は短い論文ですが、澤先生の「日曜訴訟」へのコメントを含めて、とてもすばらしい内容でした。
いくつかの論点が心に留まり、その一つが公教育と「寛容」というテーマでした。近代国家と「寛容」の問題は、近代国家なかで、特に宗教の多元主 義をとる国家(イスラム圏では、他宗教は禁止されています。)が、他宗教に対してどのような法的な立場をとるべきかという課題が紹介されていました。国家 が公教育を維持するのは当然としても、「信教の自由」は学校を舞台とするとき、「寛容論」として展開します。もし、国がキリスト教を「国教」として制定し た場合、他宗教の立場は制限、もしくは禁止されるべきなのかどうかというテーマは、米国で一時ホットな議論になったことがあり、現在もたとえば十戒を法律 の倫理条項に明記するべきだという意見を巡って、激しい議論が展開されています。
しかし、プロテスタントの立場が国の「政教分離原則」を結果として押し出してきたとみるとき、他宗教への寛容論もまた、国家と宗教を分離する 同一線に浮上してくるのだとみることができます。ところが、その寛容を支える精神的基軸が米国と違って日本のでは、特に判然としないので、「社会的成熟」 に委ねるしかなくなるということにあります。日本的成熟とは、人権意識が養われた結果ではなく、「長ものにまかれろ」とか「状況にあわせたスタンスがうま くとれる」を意味していて、聖書的な基礎をもっていないゆえに、国内の世論だけでは未熟のままで、最終的には残念ながら米国など「外圧に頼るしかない」と いうのが実情のようです。
本書は日本において「子どもの人権」を支えることを重要な基軸にしています。ですから、たとえば子どもは、自分で判断できる年齢に達すと親の 宗教的信念に従う自由をもつという概念を、たとえばドイツの例を示して、それをどう理解したらいいかという課題があるのだと教えられました。たとえば、オ ウム真理教に親が入信していて、その子どもたちがたとえばキリスト教に回心するといった場合、親は自分の親権を盾にして、子どもの自由な判断を阻害できる のかという課題があるでしょう。もちろん、聖書教育を願って親がホームスクーリングで子どもを育てる場合、すでに日弁連などは、ホームスクーリングを子ど もの人権を阻害する立場とはみていないものの、「子どもの人権」論だけを旗印にすると、「子どもが自分の自由な意志で信仰をもつ」ことと「親の意志と庇護 の中で子どもが育つ」との間に緊張が生まれると思います。ただ、この議論は古くて新しいのです。たとえば、幼児洗礼論を巡る西欧の歴史を一瞥するだけで、 欧米ではこのテーマと非常に似通った論争が教会間で展開されてきたのがわかるでしょう。
公教育については「寛容論」の枠組みでいくのが今のところ議論の土俵としては、最善ということになるでしょう。ただ、子ども人権論の枠組みだ けで論じると、子どもの人権を守るためにという名目で、国家権力がホームスクーリングを制限することに一方的に道をあけてしまうことになるので、「親の自 然権としてのホームスクーリング」ということを平行して考慮しなければならないのだと思いました。
あとは、ドイツのホームスクーラーが試練に会っている背景に、国家が「子どもの宗教選択権」にまで言及して法規制していることがあるのだと知 ることができたのは個人的には収穫だったと思います。(「1921年に制定された『子どもの宗教教育に関する法律』」 は、親の子どもに対する宗教教育を認めたうえで、その5条において、『満15歳に達した子どもは、いかなる信仰を有するか、決定する権利をもつ。子どもは 12歳に達したとき、従来とは異なる信仰をもつ場合は、その意に反して教育されることはない』 P47 と明記されているそうです。)もっとも、ドイツを 背景にすると、たとえばカトリックとプロテスタントの違いを前提にしていると思われ、日本のような雑多な宗教事情とはやや異なる環境にあるとみなければな りません。
一方で、私には、国が家庭の定義や、本来宗教の自律に委ねられるべき、愛とか希望とか信仰のような「抽象概念」を定義しはじめることへの危機 感が強くあります。国家が、平和や人権を大上段に語り始めるような昨今、戦前も戦中もそうだったという歴史をふまえると、勝利を確信しているとはいえ眼前 に「狭い門・険しい道」があらわに見えてきます。
やや、話題はそれますが、学生時代「宗教地理学」という本を読んだことがあります。それは各国の宗教事情を大づかみに鳥瞰した本ですが、それ によると、自由主義圏は、おもにプロテスタントが数的に多い国家。逆に、人権の阻害や自由の価値が尊ばれない国は、イスラム圏や仏教圏、それにカトリック が主流派となっている国家にみられました。日本は、混合宗教とされていて、米国の影響下にあるとはいえ、自由と人権については危うい基盤の上に立っている とみられています。親の教育権を取り扱うホームスクーリングにおいても、日本は自由の国といえるまでにはまだ時間がかかりそうです。(最近、国連筋は、日 本における児童の人身売買の実情について、いわゆる“イエローカード”を出しました。)
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「支援」の意味
私は、1994年3月〜1995年3月までのほぼ一年間、立川の「自立支援センター」というところの介助アルバイトをしていました。支援セン ターのコンセプト(基本理念)は、今様々な概念がつきまとって“似て非なるもの”さえあらわれているノーマライゼーションでした。日本語訳は難しく、一応 「常態化」という訳語が存在しますがあまり使われず、ノーマライゼーションと呼ばれます。その考え方が成立する歴史を述べると長くなるのでやめますが、要 するに、たとえ重度の障碍(「傷害」という漢字の概念も問題とされているので、あえて旧い使い方で障碍という漢語をあてます。)があっても、施設に収容し なければならないのではなく、「街で普通に暮らす」ことをめざすものです。日本でも、たとえばレーナ・マリアさんによって、北欧社会全体がこの考え方に基 づいた社会をめざしていることはよく知られるようになりました。障碍という言葉も、英語圏でもhandycap(ハンディーキャップ)という、いわば普通 の人にはない、特別な重荷を負わせられているという意味合いの言葉ではなく、disabilitiy(日本語訳なし)と、すべての人には生まれつき能力が 備わっているのだけれど、社会的制度的な障壁があって、その能力を引き出せないでいる状態という言葉がつかわれ、一度米国に行った時も、街の案内表示に、 このdisabilitiy が使われていました。私は、この「支援センター」の一年間のアルバイトでの体験を貴重なものだと考えています。
つまり、「支援とは何か」という概念を徹底的に再構築させられたからです。
たとえば、障碍者に“見捨てられる”施設側にも言い分はあって、自分たちも障碍をもつ方々のために、精一杯の支援をしてきたのに、その支援に対 するありがたみを示すなど全くなく、自立の道を行くのは、薄情である以上に身勝手なのだというでしょう。少なくとも、今もそのような考えはあまり表向きで はありません、しかし、いわゆる国家サイドでおこなわれる「障害者支援」には、本当に障碍児・者のためになっていないのではないかという観点がありまし た。私は、この支援センターが敬意に価するのは、施設とか介助員の多さとかの外見ではなく、むしろ内面性を重視していたことでした。それが「支援」の第一 歩だという考えでした。(人権という法律用語ありますが、クリスチャンは「神権」であり「人権」ではないというのはあまりに稚拙な議論だと思います。)
社会の中で、誰でもが当然受ける権利を教授できるのが、どんなりっぱな施設でも、社会から隔離された空間なら、その中に入れられている人は、自 分の状態を受け入れることはできないのです。やはり、「普通の生活」くらいこの方々にとって、「能力が引き出される」場はありません。レーナマリアさんの 例でいくなら、レーナさんの両親はクリスチャンとして、障碍をもって生まれた子どもを全く差別扱いしないで、当然のことのように対応したのです。「あなた は主の目には、高価で尊い」と教えられていたからでした。
ただ、「本来潜在的に与えられている能力が、外的な要因によって妨げられて発揮できない状態」であるとするなら、外的要因としてのたとえば施 設をとりはらい、社会で普通に暮らすなかで、障碍があっても自信をもって生きるためにどうすればいいかを社会の側でサポートしなければならないという考え 方でした。それで、障碍者は、この支援センターの支援のもと、施設を出て街で暮らしはじめます。もちろん、障碍の内容はさまざまですから、必要な介助員も 数といい、その得意分野といい違うのは当然でした。一人一人のために、もっともふさわしいというのがいわば第2歩なのでした。
支援センターのもう一つのとらえかたは、ノーマライゼーションの考え方こそが、社会形成の根幹に据えられなければならないという考え方でし た。障碍者が暮らしやすい、たとえば段差のない町並みや、広いトイレやエレベーターの設置は、これから高齢化社会になり、場合によって誰でも「明日の日に は、障碍をもつ」ようになるかもしれないという意味から、障害者こそ、社会設計のデザイナーであるべきだと考えます。たとえば、ストレッチャーが通る道な ら、老人であれ車椅子であれ、そこは、すべての人が通行できる道なのだといえるでしょう。障碍児・者たちは、未来の社会のための先駆者なのだという考え方 は、とりわけ公共事業を担当する行政側はじめ、大規模事業主や、教会堂建設者の担当者たちに求められています。
自立支援センターは、今も名前をかえて存続していますが、その中心になって働いている人たちは、障碍があってもなくても、クリスチャンが多かったのは我が身のことながら、ここにも主の御名が刻まれていると思ってとても誇らしく思いました。
これらのことをふまえて、「支援」という時、たとえば「ホームスクーラーを支援する」といっても、その「支援の中身」を問わなければならないと 思うようになりました。たとえば、ある地域に一家しかいないというホームスクーラーは、孤独で、支援が必要と思われるかもしれません。しかし、クリスチャ ン家庭にとって必要なのは、他人に子どもを預けることとではなく、まず、親が責任もつことであり、もしそうであれば、周囲に誰も助けてくれる人がいないと い事は、不幸なことなのではなく、孤独が主と交わる絶好の機会であるのと同じように、周囲から孤立していることも、恩恵なのだと考えるようになっていま す。では、どんな支援活動も無意味なのかというと、必要なのは「自立のための支援」なのだと思われるのです。ちょうど、パウロがガラテヤ書で論じているよ うに、モーセが律法が福音に至らせるための「養育係」となったように、自分たちの頭で考えて行動し、「受けるより与えるほうが幸い」とあるように、同じよ うな苦しみにあっている人を励まし、慰める働きに導かれることもあるでしょう。
「支援活動」は、時として「愛」や「憐れみ」の名のもとに、お節介やプライバシーに土足で上がり込むような愛とは似てもにつかない、「礼儀に 反すること」に無感覚になることがあります。ホームスクーラーが困難に直面しながらも、主とじっくり交わりをもちながら、夫婦で話し合いつつ、ホームス クーリングの内実を充実したものとし、子どもたちの潜在能力が引き出されることを多数みてきました。そのような時の「支援」は、おそらく最小限のものだろ うと思います。視点はややずれますが、たとえば、(自分は翻訳者の一人として、とても恵まれた経験があるのにもかかわらず)ホームスクーリングのために、 「マニュアル」や「教科書」をつくることが必ず自動的に支援になるとはあまり思いません。課題は、支援する側ではなく、あくまでホームスクーラーの自立に あるからです。メアリー・スコーフィールドさんがおしゃるように、本来は、家庭ごとに違ったプログラムを作り出せると思うからです。ですから、本当の支援 と、見せかけの「ありがた迷惑」の間は、非常に見えにくいものなのだという認識が必要なのだと思います。それは、クリスチャン・スクール(チャーチスクー ル)についても同様です。あるクリスチャンスクールは、「バイリンガルを取り入れなければホームスクーリングとはいえない」という考え方で、ホームスクー リング支援をおこなうと明言しました。確かに、ホームスクーリングには語学能力を高める要素があると確信します。しかし、もしホームスクーリングを「バイ リンガル教育」だけで意味を狭めてしまうなら、それにどんな背景があるにせよ、それは、ホームスクーリングの一側面に光りをあてているしかないのです。い え、そのように制限付きの支援をわきまえているならまだ許容範囲なのですが、これがやっかいなことに、「バイリンガル教育をおこなわないホームスクーリン グは、ホームスクーリングとはいえない」という、いわば一種の洗脳のような言い方が皆無ではないという現状があります。
赤ちゃんがよちよち歩きから、やがてしっかりと自分の足で立つまでのプロセスは、その子どものお母さんが一番よく知っておられるでしょう。そ うならば、子どもにとってどんな支援が必要なのかを、他人が悟るのは簡単ではありません。いや、そこでこそむしろ、主をみあげ、「育ててくださるのは主」 (コリント書)なのだと聖書の原理を指南できることがせいぜい「支援もどき」のような働きになるのではないか・・・などと、「ホームスクーリング支援セン ターの活動」などということを述べながら、ただただ主を見上げているところです。蛇足ながら、支援センターでのアルバイトを通じて、私を経由して、2名の 方が洗礼を受けるように導かれました。それが一番の支援です。って? そう、そうなんですけどもね。
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私は、自分が主にある成長を遂させていただいた過去の経過の中で、直接的な主の取り扱いこそが訓練であったとはいえ、私の卒業した東京基 督神学校の学風のなかで与えられ得たことは非常に多く、主からいただいた恵みとしていつも感謝しています。もちろん、それさえキリストの恩恵に比べたら比 較できないほど低いと信じています。しかし、そのような「キリストの権威についての確信」が深められた経過でさえ、若い時期に神学校で与えられた訓練を 通った賜物だと確信しています。
私の父がクリスチャンになった動機に滝本明先生の「われ土方なれど」(いのちのことば社)の本が決定的な要素になったのですが、滝本先生は神 学校を出ていません。個人的な面識はありませんが、いつも聖霊の器としてすばらしい働きをなさっていることを存じ上げているので、「神学校を出ていなけれ ば、伝道者になれない」などと言おうとしているのではありません。ただ、(やや消極的な言い方かもしれませんが)神学校での3年間の学びが、そのどれ一つ として無駄なことを学んだと今でも思っていません。すべてが有益な知識でした。
その中の一つに、「原典主義」もしくは「第1資料の尊重」という学問の態度があります。たとえば、聖書を学ぶときに、日本語訳で十分な知識が 与えられるのであり、逆に原典を知っているから「いい説教ができる」というのは全くの妄想です。しかし、やはり日本語聖書がオリジナルなものから翻訳され たという歴史的な経過があって、問題があるような箇所で、翻訳者の解釈が入っているとすると、そこでやはり原典であるギリシヤ語やヘブル語の意味がどう なっているかを調べるという机の上での作業によって、“翻訳に依存する体質”から脱却する訓練が必要でした。それは、語学そのものの習得より大切でした。 「聖書のみ」と信じるなら、いつでも原典を引用すべきとか、「原語をやっているのだ」と学者ぶるとかではなく、隠れた基本的な作業として「原典主義」は、 たとえば宗教改革者の遺産を真面目に継承しよいうとするとき、必ず求められるのだと考えています。このような態度は、「オリジナリティー(第1資料)の尊 重」という態度として、すべてに生かされていなければならないと教えられました。
どこにでもある事例としては、たとえば「うわさ」があります。「誰でも最初に訴えた人が正しいとみえる」(箴言18:17)とありますよう に、悪口を言う人の言葉は、それがどんなに不当なことでそれこそ「ねつ造」だとしても、正しくきこえてしまうのだという意味です。うわさ話を安易に信用す る弱さを悪用して人心を操作しようとしたのは、ダビデの治世に反抗したアブシャロムでした。しかし、うわさ話と事実が違うと気がついて、実際のダビデがど うだったかを調べて確認するような、(使徒の働きに出てくるアポロがそうでしたね)人があらわれたら、何らかの悪意があって事実をねじ曲げて伝えていると 認識できることになるでしょう。このような情報操作は、政治技法としてすでに確立していて、たとえばナチスドイツは映画の機能を悪用した代表格ともいえる でしょう。多数の言うこと、有力な金持ちの言うこと、権力の座にあるものの意見が「正しいのかどうか」確認してその真偽を確認できる人が一人でもいたら、 全体が救われるようなことだってある筈です。事柄のオリジナリティーを尊重する立場をいつも要求されるのが歴史学者かもしれません。ただ、たとえば「新し い教科書をつくる会」の立場も精査してみると、実は事実とは違う操作され意図的に加工された「歴史もどき」ではないのかと疑うこともあります。歴史学者と は、ヘロデによって使われたように、いつでも“御用学者”にもなりうるからです。(中曽根元首相の公式参拝の際に、“根拠”を提出した『靖国懇』のような もの)
まわりくどい言い方になりましたが、本題はホームスクーリングのことです。一般の書物でとくに翻訳書に多くみられた一つの傾向に、洋書の原典 と翻訳されたものに、あまりにも大きな乖離があるという事実があります。(私は、岩波書店と東大出版会、いわゆる“無教会系の学者”、それに京大系の学者 の書かれたものにキリスト教を正確にとらえているという意味でのオリジナリティーの高さを見つけました。もちろん、それ以外でも当然例外がありました。誤 解なきように。)本当に原典が損ねられていない翻訳がいかに希であるかを知れば知るほど、多少困難があっても著者のオリジナルの原典をみたほうがいいと思 うようになりました。そして、はなはだしい場合は、「この部分は米国の宗教的背景(特にキリスト教)について書かれているので、日本向けの読者のためにあ えて翻訳しませんでした。」と書かれた、なんとも恐ろしい「米国紹介の本」さえありました。私はこれは情報操作の典型なのであって、米国がピューリタンを 始祖にもつ国であり、とりわけピューリタニズムを理解しないで米国を語ることは不可能なのだと考えています。ホームスクーリングについても、例外ではな く、米国ホームスクーリング実践者の90パーセントが保守的なキリスト者であり(宮井勢都子氏)、子どもたちを「キリストの弟子」として養育することをめ ざしているという認識が正しいのであり、米国ホームスクーリングを「脱学校」「教育の自由」「不登校の解決策」「学校からはみ出した不適合児の逃れ場」と いう切り口だけで紹介されるのは、情報の操作であり、事実ではないといえるのです。
もちろん、ホームスクーリングのオリジナルは、きわめて聖書的キリスト教的な色彩が強いとしても、部分的にでも日本で紹介する意味はあると思 います。ホームスクーリングは、お役所が操作した「不登校情報」にマインドコントロールされている親御さんにとって、救済的でありますが、さらに親の教育 権ということでいうと、革命的な認識の変化が訪れるからです。しかし、それらを割り引いても、米国のキリスト者の実践というオリジナリティーを全く無視し た紹介のされかたをすると、ホームスクーリングの醍醐味の大部分が損なわれることになり、日本では正確な情報が得られないということになるでしょう。たと えば昨今ホームスクーリングが紹介されたのジャパンタイムス(JAPAN TIMES 英字新聞)でも、「日本でのホームスクーリングは、不登校対策など特殊な事例」として紹介されていましたが、これも一部の事実にライトを照射して、あたか もそれが全体像であるかのように紹介された操作情報なのだと思います。
たとえば、チア・カリフォルニアは「Christian HomeEducatorsAssociation of California」。米国においてホームスクーリング(ホーム・エジュケーションと最近多く言われるようになりました。そのほうが“スクーリング”と いうより実際のホームスクーラーの実践のオリジナルに近い表現だと思います)は、クリスチャンスクール(日本ではチャーチスクールと呼ばれることもある) と区別されて論じられます。ホームスクーラーといっても、クリスチャンスクールを併用した複合型も多数あるのですが、それでも「ホームスクーリング」をプ ロパー(専門的な取り扱い分野)として扱う本が多数あります。私が一番影響を受けた、Chris Klicka さんや、 Harrisさんの著作は、それぞれ「The right choice of homeschool」あるいは「Christian Homeschooling」として、聖書が命じている親の責任と祝福を中心に述べられたものです。ただし、クリスチャンスクールサイドでも、たとえば、 白馬セミナーの講師であったダンギルクライスト先生のように、ホームスクーリングという言葉は語られませんでしたが、内容は、全くホームスクーリングその もののような本も出されています。たとえば、アベカ出版は、最初ホームスクーリングをむしろ排除していたのですが、質が高く、多数のホームスクーラーに支 持されてきました。もっとも、日本ではどうかわかりませんが、米国でもクリスチャンスクールのセミナーでホームスクーリングが扱われる枠はあるにしても事 実上「脇に追いやられている」ことは事実です。HSLDAは(HomeSchool Legal Defence Association)であり、ホームスクーラーはいつでも行政からの監視や操作の脅威にさらされてきたという経過が反映しています。HSLDAの働き は、米国では全米で事実上勝利を収めたので、現在ではいわば「行政とのこぜりあい」を取り扱うとか、ドイツなど海外のホームスクーラーなどの海外支援を継 続してくださっています。話題は飛びますが、2年前にコンベンションの講師として来日されたスコーフールドさんは、ホームスクーラーのためのコンベンショ ンで非常に忙しい方でした。今年来日を予定されているマイク・ファリスHSLAD代表も、普段は数千人から数万人規模の講師として全米を駆け回っておら れ、忙しいスケジュールをおして来日してくださる方です。(サイトでファリスさんがHSLDAの弁護士さんとブッシュ大統領を囲んだ写真がありました。 ブッシュさんがホームスクーラーにたいして非常に好意的なことは事実です。)
日本でホームスクーリングのことを紹介する際にも、「オリジナリティー」を尊重したいと考えています。
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「君が代」を歌うことがクリスチャンにとって、あきらかに偶像を賛美する道につながると思われるのは、“君”の意味が、「天皇の治世が永 続するように願う」(小渕内閣時の政府公式見解)意味なのだと政府が言っているからでしょう。これは、天皇を賛美する歌です。ですから、聖書を信じる信仰 を守る道は、君が代に明確に反対する立場と(行動面に限ったことですが)調和します。クリスチャンがこの世と調子をあわせているかいないかをおしはかるた めに、現代で最もわかりやすいリトマス試験紙のようなものといえなくもありません。“上に立てられたものに敬意を表明するべきだ”とか“形式だけ従ったと しても、心は主に向いていればいいのではないか”など、言い逃れのような議論もありますが、君が代を受け入れる立場は、すべて“この世と調子をあわせる” ことそのもので、主の命じておられる態度とは違います。東京都教育委員会が、今春の学校行事で、君が代を歌わず日の丸に敬意を表さなかった教職員に、北朝 鮮の“思想教育”を思わせるような「研修」を義務づけましたが、これはあきあらかに戦前戦中の復興そのものである洗脳行為であることは疑いの余地がありま せん。
その一方で、「日の丸」については、「船の区別を認識するための表象に過ぎなかった」とか「君が代に比べて、国家主義的な色彩は薄い」「デザインとして悪くない」などの意見がありますが、真意を測りかねます。
なぜなら、国旗国歌法成立以降に生きている私たちにとっては、船舶認識ではもはやすまされませんし、オリンピックで登場する“日の丸”は、選手 に日本を代表していると思わせる標識なのではないでしょうか。デザイン論に至っては、それをもって、問題の核心から人々の関心を逸らしているにすぎませ ん。
1987年の沖縄国体のソフトボール開会式で、スコアボードの上のセンターポールにあった日の丸の旗が知花(ちばな)昌一さんによって引きず り降ろされ焼き捨てられた事件がありました。行政はこれを「罪」としましたが、その沖縄の心を理解する人は決して少なくなかったのです。その一方で、最近 おこなわれた中国のサッカー試合会場で、観衆が日本チームに対してはげしいブーイングがなされ、政府筋もコメントを出さざるを得なかったとされています。 「日本は、多くの中国民間人を殺した。だから、多くの中国人は日本が負けてほしいと思う」とのインタビュー記事もみられました。この心とその背景をどれだ け理解しようとしているでしょうか。日の丸・君が代にまつわる東南アジア諸国・とりわけ韓国と、それから沖縄の人々の敵対感情は深く、日本が根本的には戦 前と何もかわっていないと受け止められる象徴ともなっています。日の丸に聖書的な意味を無理矢理おしつけて、クリスチャンの立場でも“日の丸”をポジティ ブに受け入れられるのではないかという意見もあります。(「慶弔学事典」小畑進師)尊敬する恩師の立場に抗うのはおそれおおいのですが、 しかし、どのよ うな宣教学的な意図があろうとも、君が代・日の丸に対して積極的であろうとする立場を肯定することは、韓国や沖縄の人々の心を踏みにじるものです。それ に、これから子どもたちがアジアを視野に入れた宣教活動に導かれるような時代になった時、「日の丸」へのこのような態度を継承することで、主のみ業の進展 に貢献できる素地が育まれるとは思われません。なぜなら、それによって、アジア・沖縄の視点からすると、かえって歴史そのものについて無知であるとのそし りを免れないでしょうし。次世代のクリスチャンをはじめ、いえ、日本民族全体をさえ賎しめるものです。それは、どのような言い逃れがあろうとも、偶像礼拝 への道なのではないでしょうか。クリスチャンは、いわゆる“明治”から“昭和”の経過の中で、生み出された過去の日本民族の数々の罪を悔い改めなければな りません。しかも、その国家的犯罪に、多くのクリスチャンがかかわってきたという事実をもっと知らされねばなりません。罪意識だけでは弱いのです。創造主 である神を知って、ドイツのように結果として国家規模の悔い改めを示さなければなりません。ヨナの説教で一人一人が悔い改めを示したニネベのように、まず 過去の罪を、創造主である神の前に心底から悔い改めることなしに、年間4万人を下らないだろうといわれる自殺者増加にブレーキをかけ、少子化による人口減 少に歯止めをかけ、この民族を再生させる道はありません。その上で、君が代や日の丸にかわる、国民とアジアの人々に受け入れられる国旗や国歌が生み出され るのを期待します。
「チャーチスクール」の一局面少子化現象の根には、戦後補償をしてこなかったこと、多くの堕胎児を生んできたことなど、この国への主の さばきなのではないか、青年層に広がる非婚や結婚へのさめた風潮、このまま人口減少が続いていくなら20年後、日本の国は民族としての存続そのものが許さ れなくなるのではないかという思いがあり、そんな悪夢は、できれば杞憂に終わってくれたらと心から願います。
しかし、キリスト教会が、相対的に世俗の教育環境が拡充してくることによって、教会学校に力がな くなっていることに気がついて、いわゆる聖書ばかりではなく“一般教育”についても、自覚的に重荷を負うことは、すばらしいことだと思います。米国では、 クリスチャンデイスクール、もしくはクリスチャンスクールとして、日本でもチャーチスクールもしくはチャーチ&ホームスクーリング運動として展開がみられ るようになりました。この根幹には、ホームスクーリング運動に対して与えられているのと同じ聖霊の働きがあると信じています。
その一方で、新しいクリスチャンスクール(アイバーソン宣教師はじめ、数名の宣教師から、チャー チスクールとは、「クリスチャンスクール」のことなのではないか」と質問された経過があり、本ホームページでは、クリスチャンスクールと表現します。)に は、いくつかの別の杞憂が存在しました。その一つは、“ミッションスクール化”という課題。つまり、個々の子どもの霊的な事柄よりも、場の維持にスタッフ の関心がいってしまうこと。自分の子どもが場にかかわりをもたなくなると、親御さんもその場とのかかわりを終えてしまうという課題。志は高くても、信仰的 に未熟な青年が“教師”の立場に就職することからくる霊的環境の劣化。いずれも、世のミッションスクール史において 創始期と現在の実態の違いを一瞥する だけで、こんにちクリスチャンスクールがもつ課題と、ほとんど類似した課題があったとみられるでしょう。最近は、これに“公的認定”という課題が加わるで しょう。つまり、親御さんがクリスチャンスクールへの入学を“公的認定”を条件にする場合、クリスチャンスクールが公的に認知される道をたどると、やが て、ほとんど強引ともいえる行政指導のベクトルに晒されるのです。もし、行政からの支援を受ける場面を迎えたとすると、行政側の“網”とは、文部科学省の 提示する“学習指導要領”をどのように位置づけるか。君が代・日の丸問題。少なくとも不登校をなくす対策を指向しようとしているか、行政から資金を受ける かわりに、どれだけ行政指導に従う意識があるか。万が一の事態に備えて、(最近は必需品になってきているみたいですが)監視カメラなどを設置せよという指 導に従えるかなど。まだありますが、ざっとこんな要求が怒濤のような重荷として迫ってきて、とても“聖書教育”どころではなくなるのではないかという杞憂 があります。
さらには、クリスチャンスクール運動のなかに、ホームスクーリング運動を排除する傾向や、さらに過激なことには、ホームスクーリング運動をあたかも存在しないかのようにみなす傾向がみられることで、新たな杞憂を生み出されています。
おそらく、ホームスクーリングへの誤解(もしくは情報不足)があるのでしょう。
ホームスクーリングへの重大な誤解の一つに、それ以外の教育方法に対して排他的なのではないかと いう質問が必ずありますが、全くの誤解です。繰り返されていることになりますが、「教育の主導権を親に戻して、子どもに最もふさわしい教育内容を、親が選 択できる」というオルタナティブな教育論がベースになっているのがホームスクーリングなので、学校による一元化ではなく、できるだけ「この子に一番あった 教育課程はなにか」を尋ね求めるのが基本なのです。ですから、ホームスクーラーは、クリスチャンスクールとのかかわりを切望しているのであり、最近の傾向 は、「これまでホームスクーリングで子どもを育ててきたけれど、そろそろ中学生年齢になったので近所にいいクリスチャンスクールがあったら紹介していただ けませんか」というものです。これはホームスクーラーとして一環してないのではなく、むしろ子どもの成長過程や個性に対して、親が柔軟に対応している結果 なのだといえます。一方で、ホームスクーリングに対して閉ざされ、狭く一元化していくクリスチャンスクールのこのような風潮の結果、学校がそうしてきたの と同じ問題性をクリスチャンスクールサイドがもつということになります。
もっとも「聖書を子どもに教えることは親の責任なので、私の教会には教会学校もクリスチャンスクールもありません」(ケビン・スワンソンさん)といえるくらいに日本のホームスクーラーが成熟しているかどうかもまた別の課題なのでしょう。いつもこんなことを考えているわけではないのですが、電車の中で瞑そうしながら、今までつらつらと考えてきたことを整理してみました。読者の方には、少しわずらわしい話かもしれませんがご容赦ください。
過去の出来事がもし変えられるなら、違った人生になっていたかもしれないと思うことは誰にでもあるでしょう。これは一つのテーマとして、たくさ んの映画作品が生み出されてきました。パッションで熱演をしているJ・カビーゼルが主演の“オーロラの彼方に”は、もし過去の出来事を変えることができた ならというフィクション。でも、なかなか感動的でした。好き嫌いはあるでしょうけれど、あのシュワちゃん主演するターミネーターは、ロボットが支配する未 来から、宿敵である人類の祖先を抹殺するために時空を超えてやってくるという筋書きで、フィクションとはいえ、乗り越えられない時間の壁を乗り越えられた らというテーマでした。映画のことはこのくらいにして、私は“時間”というテーマを学生時代からずいぶん考えてきました。いえ、タイムマシンとかそんなの ではなくて、アウグスチヌスが“告白録”で展開しているあの“時間論”です。
つまり、創造主である神は、時間も創造された方なのだという命題がある時、聖書を歴史として受け止めるという伝統的な聖書解釈の立場に立つな ら、時間も主の被造物であることになります。ところが、主はアダムとイブの堕落を“ご存知”の上で、エデンの園を創造されたとすると、人間の堕落も“知っ ておられた”ということになるわけです。つまり、主は堕落するような不完全さを残しておられたのではないとすれば(創世記1章30節)、すべてを知ってお られたのではないのではないか。むしろ、主が意志決定をされたのは、人の自由意志によってひきおこされた堕落の出来事があった後なのではないかと論じられ たことがありました。つまり、主は、ある保留状態(別の人はニュートラルとも表現しますが)のもとにあって、どちらの可能性も受け入れつつ、すべてを決め ておられたのではなく、出来事の後から、いわば裁判官のように判断されているのだと考えられてきました。
これが、ドルト会議以降、正統主義の立場から徹底的に批判された立場の一つであり、主が堕落した後に(つまり後験的=アポステリオリに)ご意 志を決めておられるという、主のご意志を受け入れながらも、それが働く“条件”があるとみなす考え方でした。これが、infralapsarianism =堕落後予定説 と呼ばれ、広く敬虔主義や体験主義的といわれるプロテスタント系教会に受け入れられて今日に至ります。しかし、このように主の意志がある条件下にあって働 くとみなすことは、主が全知であるという聖書から大きくずれることになるのではないかという反論がみられたのは当然でした。いわゆるsupra- lapsarianizm として、オランダを筆頭にしたリフォームド教会の論客にみられた立場でした。前者には、神の全知に制限をかけるのではないかという反論があり、後者に対し てむけられた反論の中で、もっとも大きなものはこれが“決定論”へと道を開くことになりえるのであり、どんな出来事でも主の意志が働いているのだとすれば それは、信仰とは相容れない運命論になるのではないかというものでした。
もっとも、英国国教会の39箇条にみられるように、論争の展開そのものを聖書的に問い直そうという動きや、後にカンバーランド長老教会のように、論争そのものから完全に撤退するとみせながら神学的判断そのものを避ける道をいくことを確信した教会もありました。
このような論争そのものが聖書的ではないという考え方もあるにはありますが、私はその立場をとりません。人間の思考形態そのものをそれがたとえ 神学という分野であったとしても、検証する作業はたえず必要ではないかと思うからです。人間の堕落は深く知性を汚染していて、自分が正しいと確信している ことさえ、どんな前提にたつのかによって、無意識に非聖書的な論理体系を受け入れてしまう場合があるからです。でも、だからこの論争そのものが空しいとい う立場に私は立ちません。
たとえば、堕落後予定説には人間の経験や体験に決定的な要因を与えてしまうことから、むしろ自分たちが堕落前予定論を批判するために用いてき た運命論に陥るということがおこりました。聖書は、徹底的に時間の中でおこる出来事が“主の聖定”によるのだと示しているからです。ところが、問題は神学 議論に止まらず、堕落後予定説の立場が、近代のいわゆる理神論と歩調をあわせて信仰的な意志決定や決断を軽んじる傾向になったことでした。
時間が被造物であるというアウグスチヌスの立場を聖書的であると受け入れるなら、時間の中におこりくることすべてを(それが人にとって良かれ 悪しかれ)知っておられ、「 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」 (ローマ8:28)ということになるでしょう。主の絶対の意志に信頼するという態度や、主が万事を益に変えてくださるというポジティブな信仰の態度を抜き にして、すべての出来事にアプリオリ(先験的な)主のご意志を受け入れるsupra-lapsarianizmを受け入れることはできないだろうというの が今私が達しているところです。
それにしても、ハリウッド映画作品には、聖書とは違う時間論や人生論がずいぶん入り込んでいるなと思いました。
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日本で、教育に問題意識をもった方には、一度はホームスクーリングに関心を示してくださる場合が多いようです。それで実際にホームスクー リングに至らないまでも、たとえば不登校の子どもを対象としたフリースクールを展開しておられるような場合、「一度はホームスクーリングを検討して心は ホームスクーリングにあるものの、実践面では、フリースクール」という方が少なくありません。つまり、ホームスクーリングの良さは理念としてはわかってい ても、実践に至る過程で、フリースクール(クリスチャンなら、チャーチスクールもしくはクリスチャンスクール)という形式に導かれる場合が多いことでしょ う。
私は、今チアマガジン13号に「ホームスクーリングとチャーチスクール」というテーマで書いていまして、クリスチャンスクールの必要性につい て述べようと思っています。つまり、私は、教会によってバックアップされたクリスチャンスクールの誕生を待ち望んでいますが、ここで書き留めておきたかっ たのは、一つの現象面についての覚え書きのようなものです。
たとえば、中傷のようにきこえると不本意なので名前を伏せますが、関東エリアのあるフリースクールの代表の方が近隣地区で講演されている場面 があった時に、(日本におけるフリースクール運動の草分けのようなお働きをされています。)創始期に語られた講演テープによると、米国のホームスクーリン グ運動の紹介をされておられました。しかし、やがて場所の開設と共に、講演内容から“ホームスクーリング”が語られなくなりました。この足跡は、丁度都内 での場所の開設、そしてその場が数百人規模となる過程と重なります。つまり、これは一つの解釈に過ぎませんが、ホームスクーリングなどで子どもや親が在宅 状態だけで充足してもらっては困るのであって、学校のように定期的に「通所する」ということを指南しなければならないのでした。考えすぎなのかもしれませ んが、その仮説を裏付けるように、たとえば関東から遠い東海や関西以南でなされた講演記録には、“ホームスクーリング”という言葉がしばしば登場してきて います。つまり、ほぼ“通所”が不可能であると判断されるところでは、堂々とホームスクーリングのことを紹介するものの、「通所可能な範囲」であると判断 した場合には、たとえホームスクーリングのほうがベターであると承知していたとしても、あえてホームスクーリングの情報を伏せて、“通所”を指南してこら れたのでしょう。関西でノンクリスチャンの界隈で、ホームスクーリング情報が先行し潤沢である背景の一つになっていると思います。
それでは、「ひなたぼっこ」などのネットワークができる前には、少なくとも関東地域で“ホームスクーリング”が語られることはなかったのかと いうと、そうでもなく、先ほどのフリースクールが主催した「国際ホームエティユケーション会議」なるものが都内で開催されたことがありました。ただ、内容 としてはあくまで“通所”や“入所(入学とはいいません)”を前提として、在宅の子どもへのサービスを広げる。いや、あるホームスクーラーの同志からの評 価はさらに厳しく、通所してくる子どもが成人するようになって、いわゆる学校でいうと“卒業”していく時期に達した時期にあたるので、場の維持のために 「新入塾生獲得」の手段として、在宅の子どもに通信教育などで、マーケット拡大をねらっているのではないかという声さえありました。私は、この言い方はや や失礼な言い方で、動機は、そんなに営利目的オンリーの不純なものではないと思っています。
ただクリスチャンが聖書からホームスクーリングを確信していたとしても、“場の維持”“子どもたちの確保”“経営・運営・維持”の本音が覆い 隠されて、“通所した方がいい”とか“孤立しないで済む”とか言われてしまうたとえば、クリスチャンスクールサイドの傾向は、本来の(アメリカ型の)ホー ムスクーリングに対して、偏向した意見やバイアスを吹きかける傾向を生んできたことは否めません。私は、ホームスクーリングをなさっている子どもでも、子 どもによっては、“通所”したほうがベターであるような例を多く存じ上げています。そのような場合には、積極的にクリスチャンスクール(チャーチスクー ル)を紹介させていただいたケースもあります。
しかし、あきらかに“場の維持”の目的のために、健全なホームスクーリング情報をわかっていてもあえて制限したり、もしくは、せっかくのホー ムスクーリングへの意識を挫くような発言がみられる傾向を憂慮しています。ホームスクーリングの実践者が本当に納得して“通所”させる場合においてさえ、 ホームスクーラーの視点は、かなり厳しく、今後はクリスチャンスクールにそのような“居場所中心主義”“営利主義”があるかないかを見極めることになるこ とでしょう。
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読みやすいHPのコンセプトは、日本語表現の「ですます体」と教えていただいたので、今までのものは訂正しませんが、これからはすべて“ですます”で統一したいと思います。
チア・マガジン12号に掲載予定の“嵐の中のホームスクーリング”の原稿をみなおして、おそらく2つの質問(疑問)を持つ方が読者の方々のなかにいらっしゃるかなと思いました。
一つは、「牧師の仕事に召しを示されているなら、どうしてアルバイトをしたのか」ということです。日本での伝道者の生活があまりにみじめなの で、どうも「憐れみの情」が先走ってしまい、伝道者の職務を卑しむ気風さえ日本では生まれてきましたので、貧しさも度を超えるとあかしになりません。伝道 者のスピリットとは、ただひたすら貧しさにあまんじることではなく、天国に国籍のある人らしく、地上に目標をおかない生活をおくることにあるのではないで しょうか。「乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇 に対処する秘訣を心得ています。」(ピリピ4:11〜12)とある通りです。
ですから、教職者がアルバイトすることは、聖書の許している領域を逸脱しているのではありません。使徒パウロは“テントメーカー”でした。つ まり、天幕職人としてアルバイトをして、使徒はお金のために伝道しているのだという反対者の意見を封じ込めていました。そういったパウロも福音宣教の働き だけで養われることについて、「主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。 」(第一コリント9:14)といっています。この言葉は、字義通り解釈するのが正しいと思います。主が養ってくださるのです。だから、アルバイトは是認さ れるとしても、教職者・伝道者・宣教ミニストリーに召されたものは、伝道の必要にすぐに応えることのできる範囲で生活のために、アルバイトを止めて主の業 に出る備えをしていなければならないという意味だと考えます。「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべ て与えられます。 」(マタイ6:33)とあるからです。(もちろん、回教圏などでの技術宣教師の場合は別として)私が属している長老教会は、自主自営の理念のもとアルバイ トは完全に受容され、むしろ推奨されてきました。この理念をミッションスピリットとして尊重したいのです。ただし、私個人の意見としてですが、落とし穴も ありました。結果として、かならずしも良好な事例ばかりがみられなかったのです。つまり、アルバイトがやがて本職となり、伝道の第一線を退いた例もありま した。
開拓の創始期において、アルバイトがあったとしても、主の福音宣教のために必要があった場合には、いつでもそれに専念できる用意をしていなけ ればならないと思います。牧師職を解任されてすぐに、「妻子も養わなければならないのだし、きれいごとでは済まないから、とにかく生活を優先してサラリー マンになったほうが安定していますよ」と言われたことがありますが、牧師への道を主から強く示されていましたので、すぐに止められるアルバイトを捜したの です。
それから、「孤立させられ、陰湿な“いじめ”を受けるような団体を離脱して、単立教会をはじめたなら、すぐに牧師に復帰できたのに、どうして組 織などに留まっているのでしょう」という質問があると思います。直接には、主が留まるように召してくださったのですが、具体的には、(教会の)教育委員会 を通じてミニストリーにも参画していまして、すでに15年以上になります。主がキャンプなどでいくつかの実をみせてくださったことが一つの理由でした。そ れに、たとえばホームスクーリングに対して理解がなかったのは、当時は一つの教派にとどまらず、どこに身をおいたとしても理解があるとは思われませんでし た。ホームスクーリング実践している側が主の前に正しいのであり、ホームスクーリング実践とは別に、ホームスクーリングに理解を示さない側が、情報不足な のだと思っていましたので、つまり、情報が伝達されるようになれば、事態は激変するに違いないと信じていました。あとは、宣教師の励ましが大きかったと思 います。周囲から理解されないし、いじめられるから“いちぬけた”みたいな子どもじみた行動は、キリストにある証としてふさわしいとは思いませんでした。
正しい側が、離脱するような場合もありえます。ですが、私は罪を糺(ただ)されるべきは理解していない側なのだから、忍耐して祈り求める道を 示されたといえます。それに、米国でホームスクーリング運動の推進役を担ったのは、契約神学のスタンスを明確にしている長老教会を母体としたムーブメント だったのです。ですから、まして本来は、たとえばヤスクニ問題などで、公教育の本質が何かをいつも話題にしてきた長老教会こそホームスクーリングを最も理 解し、この運動を応援すべきだと示されていました。(日本の場合、不可解な現象ですが、改革・長老系の教会は、おおむね国の教育統制を肯定する側。現状で は、むしろホームスクーリングのムーブメントにきわめて冷ややかで閉ざされているグループです。カリスマ派と…いい意味でも悪い意味でもそのように呼ばれ ている人々を中心に、ホームスクーリングを通じて多くの実り豊かな聖書的実践があります。)
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日本人には日本人のように
「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。そ れはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある 人々を獲得するためです。律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、――律法を持たない者の ようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべて のものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。(第一コリント9章)」神学の課題に関心ない人にとっては、全く(今はやりの)“トリビア(無駄な知識)”にしかすぎないが、キリスト教宣教がなされていく上での重要な課題の一つに、異文化圏宣教に対しての「文化適応(Contextualization)」という課題がある。
コンテキスチャライゼーションは、最近の言葉であるが、その問題意識の根底には、やはり前掲の使徒パウロの言葉がある。
つまり、地中海地方を巡回宣教するに際して、パウロは沢山の異文化と接触しなければならなかった。その場合、当時の世界にみられた文化の違い は、ユダヤ的なるものと、ギリシャ的なるものの間にあった思われる。パウロの場合、この2つの文化の中にキリスト教を伝達することを使命としていた。そこ でユダヤ人たちも当然のこと、被宣教者であったわけで、パウロの働きの結果恩恵を受けた人々の中に相当数のユダヤ人がいたと思われる。
ガラテア人にあてたパウロの書簡によれば、ユダヤ教に対してキリスト教がいかにユニークなものであるかを弁明するのに誠心誠意の議論が尽くさ れているが、その一方で、パウロが実際にユダヤ人の中に宣教者として入っていくときには、“ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。”と語られている。 その実例は、「弟子」のテモテがユダヤ人の中に入っても違和感を持たれないように、ガラテヤ書では、割礼主義の立場を攻撃しているにもかかわらず、テモテ にあえて割礼を施していることにみられる。
「パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることを、 みなが知っていたからである。」(使徒16:3)つまり、ユダヤ人が割礼にこだわりをもつために、本来は完全に無意味な行動であったにせよ、そのような習 慣に従わせる方法を宣教上の戦略としてとったといえるのだ。
宣教論の上で、被宣教地の文化をどうとりいれるかが重要なポイントだといえる。かつて、米国から日本にきたプロテスタント宣教師は、文化適応 で悩むことはなかった。当時すでに日本の西洋化の流れは必然だったことと、断髪令(明治4年)も功を奏していた一方で、庶民から“ざんぎり頭”が新鮮であ か抜けした憧れともみられていたからであった。西洋風の格好をして、むしろ歓迎されたので、そのようなスタイルをとったのだといえる。これはパウロのメッ セージとも重なる。パウロは、使徒の17章に示されるように、アテネのアレオパゴスでの宣教を試みた。その時とった宣教の方法論は、ギリシャ哲学者の言葉 を引用するなど、旧約の知識を背景にしたユダヤ人へのアプローチとは方法論において完全に違っていた。この点を詳細に分析した論文も多い。つまり、祈りと 配慮にあって、被宣教地の人々の文化を研究して、これから福音を聞く人々にとって、違和感がより少ない方法をとったといえる。
近代宣教史の中で、たとえばカトリック宣教師は、鎖国前の日本で、できる限りこの方法をとったといわれる。つまり、日本宣教において、できる だけ日本人のものの考え方や理解のしかたを研究し、日本的なるものを十分にわきまえながら宣教活動をおこなった。ただし、カトリック神学がやがて、シンク レチズムへの扉を完全にひらくことになる自然神学を宣教のコアの部分に据えていたために、一方で新道・仏教・儒教とローマカトリック教との歯止めのない混 合が黙認されることになった。
できるだけ、宣教される側にとって、違和感がない方法を選ぼうとすると、必ず宣教活動はシンクレチズム(混合主義)の問題につきあたる。これ は、プロテスタントも同じだ。違和感を持たれないための“日本人化”と、そのなかで、福音の純粋さを保ちつつ、福音を混ぜものにしなで、いかに文化を“福 音化”するかという課題がある。
現代の日本宣教の問題は、あるべきキリストの純粋な福音が「学校信仰」に歯止めなく浸食され、混合化していることによってもたらされている。本当は学歴信仰に抵触しない範囲で福音を受容しているだけなのに、自分はクリスチャンだと思っている人も多い。
それでも、たとえば、ハドソン・テーラーが中国宣教の方法として、現地の人々に違和感をもたれないように、西洋人からするときわめて違和感のあ る“弁髪”をして前髪を剃り、服装からしても、外見からは完全に中国人になりきって、宣教活動を祝福に導いている。文化大革命の嵐の後であっても、彼の宣 教の実が残されているのは、まさに、テーラーの宣教への徹底した献身と、その方法論までも聖書に従わせて、“少しでも多くの中国人を獲得するために、中国 人のようになった”ことによるのではないか。
かつて、ホームスクーリングが、“少しでも日本人になる”というハドソンテーラーがとった宣教方法に逆行するのではないかという議論があっ た。あたりまえに子どもを学校に行かせるという日本人の常識に、ホームスクーリングがあえて逆行して、パウロの路線から外れるではないかといわれた。だ が、もっともらしくきこえるこの論法さえ、不登校の実数100万人、学校文化のなかで子どもが次々と自殺するという現代日本のなかでは、すでに“まげ”を 採用するかどうかの議論に等しくなっている。ざんぎり頭は少数派であったが、あえて、上意下達(じょういかたつ)の武士階級がこだわった“まげ”を切り捨 てることが当時の主流になっていこうとしていたのであり、ホームスクーリングを含めて、学校にこだわらない教育観は、むしろ、これからの世代には違和感が ない。だから、もし、本当にこれから日本の福音化を真面目に考えるなら、宣教のディフェンス(守備)という意味でもオフェンス(攻撃)という意味でも、学 校依存から“卒業している”ということを示さなければならないのであり、ホームスクーリングは宣教にとってマイナスどころか、これからの現代の日本の教会 は、ホームスクーリングなしには、文字通りの意味で効果的な宣教をおこなうことはできないだろう。この傾向は、地域差や温度差とは別に、今後ますます鮮明 になると私は確信している。
一方で、「日本人にどうしたら、福音を浸透させることができるか」について、使徒パウロ、そしてハドソン・テーラーが示した方向に従った宣教 方法は具体的に何であるか。それを真面目に問うて、可能な限り違和感のないスタイルをとろうとしているかどうか、この問いは、既存の日本の宣教活動が、そ の方法…いや内容についてさえ…、本当の意味で聖書的かどうかを問う試金石でもある。ホームスクーリングの良さを学び、その意味を知っていても、周囲の反対(特にキリスト教会や牧師からの反対)にあって、子どもを学校に やってしまうケースは、意外なほど多い。実際には、私は、ただ知らなかっただけで、ホームスクーリングを検討段階までいっても、実行に際してまきおこる周 囲からの反対に抵抗できないまま、子どもが学校に入学するケースは多いのだろう。問題は、それが親の選択ではなく、周囲からの圧力からきたことで、親に とっても子どもにとっても、不本意であることだ。クリスチャンの場合は、子どもが学校に行っても信仰を守り続けることのほうが理論的には難しい。学校に 行っても、信仰を堅く守り、周囲に対してりっぱなあかしをしている例が皆無ではない。いや、むしろ実態は、そんな甘くはない。
死屍累々“惨憺たる結果”といっていい。有名大学に入るかもしれない。世間的な評判も高いかもしれない。しかし、完全に信仰から離れてしまう ケースが何と多いことか。主に示されて、子どもが生まれて、まだ未就学の段階で、ホームスクーリングを検討しはじめたファミリーは幸いだ。けれども、現在 のホームスクーラーの多数派は、子どもを学校に入れて、一通り“修羅場”を通ってから、親も子も疲れはてて、漂流した先にみつけた灯台に導かれるように ホームスクーリングを始めるケースが多い。周囲の反対からホームスクーリングを断念して、子どもを学校に入れ、不登校やいじめの問題を経由して、ホームス クーリングを始めることにもホームスクーリングの祝福があることを私は疑わない。けれども、一方で、「もっと早くホームスクーリングを知っていたら、あん な目にあわせなくても済んだのに」といって、涙ながらに悔やんでおられる親御さんの姿を、私はこれまで何度見てきたことただろう。 実際には、ホームス クーリングを始めた時点で、「失われた過去を取り戻すつもりでホームスクーリングをはじめた」という家庭の数は、圧倒的に多い。ただ、一方で、結婚前から ホームスクーリングを学んでいる方がいる。そして、子どもが生まれる前から、ホームスクーリングを決めている若いご夫婦もいて、慰められる。
でも、不登校から、ホームスクーリングに導かれた場合、長い時間、子どもの心の中に生まれた“傷”があることを親は認識していなければならな い。この認識は、チャーチスクールの場合なら一層必要だと思う。子どもが学校環境で受けるダメージがいかに大きいことか。私はフリースクールにもかかわっ ているので、不登校の子どもを通じて、学校サイドの情報も伺うことが多いのだが、不登校の烙印を押された子どもとが学校のひどい圧力でおこすストレスは、 おそらく想像を絶する。しかも、最近は必ず病院送りになるので、いわゆる不登校児の“治療”をひきうける都内のとある専門医院は、半年先まで予約が入って いるとのことだ。人格さえ破壊してしまうようなひどい副作用を伴う“抗精神医薬”が惜しげもなく投与されることになる。「ひきこもり」なんていって問題視 されているけど、引きこもらないと耐えられないくらいのストレスが子どもの側にあるのだと思う。
情報とは何と残酷なものだろうと思う。ただ、知らないというだけなのに、家庭内暴力で親子関係がずたずたになった場合もある。問題がおこる前 に、ホームスクーリング情報を早くから米国経由で得て知っているだけで救われた例もある。情報に取り残された地域や家庭は、旧態依然とした学校支配と、不 登校戦略の攻撃に曝されて、時には子どもが次々と死ぬ。自殺もあり他殺もあり、なんでもある。それが、学校の塀の外にはいっさい伝わってこない。たまた ま、警察が入った例以外は、事実は隠蔽され、すべて責任転嫁の風と秘密主義に翻弄される。
すべては、情報。でも、もっと疑わしのは、教育行政官による情報操作だ。ホームスクーリングは、すでに15年以上まえに、国内にあったが、政 府すじは、早くからホームスクーリングが有力な教育手段となることを知っていて、情報が国内に流れないようにしていたと思われることだ。しかも、やっかい なことに、そのような操作の中枢にクリスチャンがいたし、今も相当数いると思われる。少し詳細に、教育国民会議の議事録を追っていくと、ある出席議員から ホームスクーリングが紹介されたことが一度だけある。けれど、もともと国家による“子どもの心の統制”ありきの政治日程を背負った教育会議の大筋には全く 影響を与えなかったという経緯があるのだ。かえって、かのクリスチャン作家が提案した“奉仕活動の義務化”が何の衒いもなく施行されたではないか。
教会の場合、情報操作の被害を被っているばかりではなく、完全に教育官僚のメンタリティーに支配されて、むしろエリートを育成しない“非社会 的行動”とさえホームスクーリングのことをみている教職者が多い。私は悲観的ではない。むしろ、楽観的な立場だけれど、12年前にふと脳裏をよぎった「学 校で、子どもがあと何人死んだら教育環境は改善するのかな」という声にもならない問いは、実は今でも心の中に響いている。こうみてくると教育に関していう と、対社会的にクリスチャンはあまりいいことやってこなかったなぁ。「未来学」とはいったものの、その学問体系のこととは別に、人間の知恵として、将来のリスクを減らし、メリットを最大限に残すという方法がある。それは近代にはじまった考えかたではなく、旧約聖書にすでにみることができる。
それが、創世記32章33章にある。
エサウは兄、ヤコブは弟、共に、アブラハムの子どもイサクの子どもだった。当時長男の権利は絶大 で、家系は長男によって継承されていたといっていい。本来、アブラハム家の家系は、兄のエサウを通じて末代まで継承されるはずだったが、イサクの妻リベカ は、弟のヤコブを寵愛し、ひそかにヤコブに対してこの長男の権利が譲渡されるのを望んだ。詳しくは聖書本文を見ていただきたいが、リベカは、今日的にも “だましうち”としか思えない方法で、家督の権利をヤコブに渡すように仕組んでしまったのだった。
ヤコブにしてみれば、棚からぼた餅、けれども、エサウにしてみれば、それこそ寝耳に水。エサウがヤコブを恨んだのは、当然といえば当然だろう。ヤコブはエサウの嫉みと殺意から逃れるために、逃避行(とうひこう)生活に入るのだ。
だが、その逃亡生活も、終わり、兄弟同士の再会をみなければならなくなった場面が32章33章にある。
ヤコブの中には、非常に深い不安があった。殺されるかもしれない。せっかく作り上げた財産が全部 根絶やしになるかもしれないそのような不安だ。もちろん、その不安は、「約束は、人の努力や願いによらない。創造主である神からのものだ。」という信仰か らはこない。ひたすら人間的なものだ。しかし、ここでヤコブがとった行動が、いかにも東洋的な“ごきげんうかがい”であるのが興味深い。聖書世界の時代背 景は、東洋のものだと実感させてくれる。
ヤコブは、エサウの敵対心を軽減するために、作戦を立てた。やや長くなるが、創世記32:14ー22を引用しよう。
“その夜をそこで過ごしてから、彼は手もとの物から兄エサウへの贈り物を選んだ。 すなわち雌やぎ200頭、雄やぎ20頭、雌羊200頭、雄羊20頭、乳らくだ30頭とその子、雌牛40頭、雄牛10頭、雌ろば20頭、雄ろば10頭。彼 は。群れずつをそれぞれしもべたちの手に渡し、しもべたちに言った。「私の先に進め.群れと群れとの間には距離を置け。」また先頭の者には次のように命じ た。「もし私の兄エサウがあなたに会い。『あなたはだれのものか。どこへ行くのか。あなたの前のこれらのものはだれのものか。』と言って尋ねたら。 『あなたのしもべヤコブのものです。私のご主人エサウに贈る贈り物です。彼もまた私たちのうしろにおります。』と答えなければならない。」 彼は第2の者にも、第3の者にも、また群れ群れについて行くすべての者にも命じて言った。「あなたがたがエサウに出会ったときには、これと同じことを告 げ、そしてまた、『あなたのしもべヤコブは、私たちのうしろにおります。』と言え。」ヤコブは、私たちより先に行く贈り物によって彼をなだめ、そうして 後、彼の顔を見よう。もしや、彼は私を快く受け入れてくれるかもわからない、と思ったからである。それで贈り物は彼より先を通って行き、彼は宿営地でその 夜を過ごした。”
ヤコブは敵対心に固まっているエサウの心が動かされるような『贈り物』でご機嫌をうかがおうとした。しかも、もしエサウに許す気がなく、危害を加えられたとしても、自分だけは逃走できるように、奴隷たちを先に行かせ、自分と家族はしんがりになった。
ヤコブの智恵は現代でそれなりに評価されるかもしれない。未来のリスクを予想して、今できる最善 の準備をして、もしも、と仮定される事態まで想定した人生を『安心』の模範、いや、現代人の求めてやまない生活スタイルだと読むことさえできる。ヤコブ は、自分の資産すべてを、将来のリスクを最大限に押さえるために使い、最悪の事態を想定して(ひどくエゴイスチックにさえみえるが)最後は自分が生き残れ るような道さえ考えた。(巨大な資産すべて自分の将来のリスク軽減のためにだけ使い、自分の豪華な葬式と墓のためにとっておくような人生は、地獄に送られ た金持ちのように、本当は一番不幸にして貧しい人生なのだけれど。) これと同じように、将来予測できる最大のリスクや反論を想定して、できるだけリスク が少ないように、そしてできるだけ反対者からの反論にも適応できるように、最大の危機を迎えたとしても、最終的には生き残れる道も残しておいて、実際に予 想された危機がこなかったら、『よかった』と思えるのではないかという論法がある。
世の智恵は、いわば、石橋の上を叩いて渡るようなものだ。ヤコブの側が“祝された部族”に属して いたことが示唆するように、そのような“未来学”を聖書が認めていないというのではない。組織や資産が巨大になればなるほど、むしろそての智恵は必要不可 避となる。いわゆる近代の“保険制度の必要性”と、このテーマは全然別のコンテンツだ。聖書明確に指針として伝えようとしているのは、将来のリスク削減の ためのエンジニアリングどうのというテーマではなく、“ミッションマインド”なのだと思う。
このときのヤコブは、信仰の上にではなく、人間の心の中の不安を種に未来を構築していっていると いうことにおいて、反信仰的といえるのではないか。将来のリスクを減らすためには、資産、能力、将来の勝算さえ、事の振り出しですでに全部揃っていなけれ ばならないとしたら、これまでキリスト教宣教の歴史でおこなわれてきた、宣教師たちの命がけのリスクの伴うプロジェクトは、その一つも実行されてこなかっ ただろう。それは、宣教師たちばかりでなく、すべてのクリスチャンがもつべき“ミッションマインド”と呼ばれるものだとおもう。
すべては、内なる召命と、完全に何もないところから出発している。それが信仰である。自分の力と か自己愛が残っているので、一見賢そうにみえる“慎重論”に支配されてしまうのだ。冒険的であれば、いいというのではない。完全に主にあって勝利したけれ ば、完全に自分を捨てて、100パーセント主にのみ従い、勝利を100パーセント主に期待して、行動しなければならない。
韓国釜山の高神大学付属病院は、朝鮮戦争の際、医師たちが、何もない野営テントをボランティアでたてて、無償で治療をはじめたところからはじ まった。現在は、技術的にも韓国内で一二を競う優秀な総合病院に成長している。たとえば、ナイチンゲールに待つまでもなく、医療分野以外にも、そのような 事例は、歴史の中に非常に多い。
100パーセント信仰からはじまったなら、どんな反対論があろうと、100パーセント主なる神が栄光を示してくださるだろう。もし、自分の代でそうならなかったとしても、かならず、地上で、栄光を現してくださると信じている。
話しは違うが、お寺に一体2000万の仏像2体を検品した資産家とおめにかかったことがある。あれは、将来「墓に入った後で冥土での閻魔様のさばきを軽減してもらって、浄土に行かせてもらうための“資産運用”」だったのかな。
閻魔様いないと思うよ。だから全然役に立たないと思うけどね。
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聖書をどう読むのか(2)
聖書がどのように引用されるのかということは、重要なことだと思う。けれども、反対にどんな文脈も無視して読まれたとしても、たとえ断片だった としても、これまで聖書は用いられてきた。ロシアの作家ドストエフスキーは、獄中で新約聖書だけ読んで回心した。戦時下に日本によって投獄された安利淑氏 には、聖書さえなくて、ただ記憶していた聖句だけだったが、獄中にいた数名に福音を伝え、数名が回心した。エチオピア女王の宦官は、イザヤ書53章だけで キリスト者になったのだ。(使徒の働き)
私にも、聖書の断片を目にして、それがきっかけで教会に来たという若者に、洗礼を授ける光栄を得たことがある。彼はただ道を歩いていて、ある 日、駅前の看板の聖句に心を引かれただけで、求道を始めたのだ。現在は、某教会の長老職を担っておられる。だから、いつも人目につくところに聖句(たと え、断片だけでもいい)を掲げておくのには意味がある。日野バイブルチャーチの小さな看板には、「わたしはよみがえりであり命である」(聖書)とただそれ だけが書いてある。近所の親子が、通りすがりに、「おかあさん、“よみがえり”って、何のことだろうね」と話しながら通るのをきいた。もし、聖霊が導かれ るなら、この母親は、聖句の意味からキリストの復活の教えまで説明できたかもしれない。そう考えると、少なくとも宣教論の枠組みとしては「聖書は体系的な 読み方」で読む以外に、道はないという考えかたは誤りだと思う。
しかし、断片的な読み方だけが是認されるだけで終わっていいというわけでもない。
聖書から学ぶ知識は、体系化されていなければならないからだと思う。体系化とは、聖書の真理に繋がる道案内として教理や神学を学ぶといってもい い。ただ、自分の言いたいことや、反キリストにある権威でさえ、それを補強するためだけに聖書を引用することが可能だ。いや、むしろ、どれだけ厳密な釈義 が重ねられて、教義を補強するためだとしても、聖書本文がもっている指針が損なわれるかもしれないという問題と隣り合わせにある。教義的には正しくても、 聖書の指針に対して、論争の脈略におかれているだけで、聖書にバイアスをかけて読んでしまうことになるからである。しかし、これまで歴史的教会が継承して きた、聖書教理を「体系的真理」として受け入れることを拒んでしまうなら、聖書を断片的にだけ読んでいることになって、様々な思いこみに捕らわれるだろ う。
たとえば「地獄」は実在するが、どんな「地獄観」が聖書的なのかを、聖書全体から学んで体系化していなければならない。たとえば、地獄があっ たとしてもそれとは別に「煉獄(れんごく)」の教義を聖書ではないところから確信していると、聖書が言っている地獄の意味を全く理解できないことになるか らである。(「煉獄」つまり、犯した罪に相応する罰を通るなら、天国への道が開かれるというカトリックの教義)一度地獄に入れられた者は、地獄から逃れる ためのどんな小さな可能性もないというのが、聖書の教える天国と地獄の教義なのだ。このポイントは教理のすべてについていえるのだと思う。十字架による救 済が教えられていたとしても、聞いている人が十字架以外にも救われて天国にいく道があると考えている場合には、聖書の「救済観」を教えられなければならな い。
それから、聖書から教理を導き出せないのだとしたら、聖書は「体系的真理」であることを失う。もし、聖書が体系的な真理でないなら、思いつく まま読んだ箇所を啓示扱いにして、つまり主観的に自分の思い通りのことを聖書から導き出されるだろう。湾岸戦争にせよ、イラク戦争にせよ、これを聖書の言 う正義と混同するのは、あきらかに聖書の誤用である以外にはない。もし、聖書によって、教理が生み出されることを否定するなら、聖書をつかってヒットラー やヒロヒトの政治までも是認されてしまうことになるだろう。(過去にそのような解釈は歴史上に実在した。)いや、欧米世界では、奴隷制度だって、創世記を 根拠に是認されるなどという無茶苦茶な説教がなされたこともある。これは、ひどい冒涜だと思う。
もし、教理(もしくはやや専門的には組織神学)を否定するなら、異端と正統の違いがどこにあるのかを論ずることもできなくなる。異端だって、聖書を部分的に、しかし真面目に自分たちの言いたいことを論拠づけるために引用しているからである。内村鑑三の考え方をルーツとしたいわゆる「無教会主義」に忠実であろうとすればするほ ど、「見える教会」を記述した新約聖書の記事とりわけパウロ書簡すべてを、「時代がかったアナクロニズム」として括らなければならなくなるだろう。つま り、パウロの書いたほとんどのものは、(現代ではフェミニスト神学者が好む言い方なのだが)教会内での女性のかぶり物についての記述などと同じように、時 代の制約を受けた記述なのであり、たとえば「見える教会」を述べた箇所さえも、現代ではもはや、効力をもたないことになる。たとえば、旧約では、創造科学 の論拠である創世記の記述でさえ、論争の中で生まれた時代物にすぎなくなるだろう。少なくとも著作集に限っていうと内村は、パウロのメッセージをまともに 理解していたことを疑えない。けれども、一方で、当時の通念として進化論や聖書批評学を当然のように受け入れている。やがて「無教会主義」が内村の弟子達 によって形成され、後代に継承されたものの、内村の弟子達が師から継承したのは、残念ながら、札幌農学校時代クラークによって示された「イエスを信じる者 の誓約」の中で示された起点となった聖書観を忠実に踏襲した福音的な部分ばかりではなかった。
聖書学を展開した内村門下生の聖書学者たちは教会の伝統的教義のしばりから、いわば“完全解放”され、パウロによる主の啓示の書を、古典時代 の制約を受けた産物であるかのようにカプセル化してしまった。だが、この破壊的な論法が一端、教会形成論を実践する場で有力な地歩を占めてしまうと、やが て見える教会の属性である、教職制度・礼典・主日礼拝を否定しなければならなくなる。だが、やがてそれにとどまらず、聖書教理を形成する重要で本質的な箇 所さえ、すべて「歴史的制約を受けた古典的名作」と等しくなり、内村の弟子達の中に、従来の伝統的な聖書観を完全に捨てた者があらわれて、むしろ当然だっ た。
それゆえ、女性教職支持の立場で必ず登場する近代主義聖書解釈が得意とする「聖書を時代的制約から解放する」というまことしやかな論法が、保 守系韓国教会では最も警戒されている。もちろん韓国教会の全部ではないが、伝統的聖書観を信仰の要(かなめ)としている教会が有力な活動をしているから だ。
当時既成教会は、八紘一宇を声高(こわだか)に宣伝する政府のいいなりになって戦時下体制に組み込まれてしまったばかりか、教職者さえ韓国で はもっとも有能な伝令官の役割さえ果たすようになった。だから内村鑑三の「無教会主義」をとなえた当時の時代的脈略からすると、内村鑑三の純粋さには同情 しなければならないところが多くあるとしても、無教会主義の構築のとき採用した聖書解釈の方法は、実際に、リベラリズムそのものに道をひらき、聖書批評学 による聖書の権威の相対化、見える教会の否定もしくは、「有力なリーダー(説教者)による教会の私物化傾向」が容認されやすくなる日本特有の下地となった といえる。それに、聖書を何回読んでも、聖書の教会観を無視して読むこともできる。しかし、もし聖書から教会観を学ぶのをやめたならば、それは、聖書を全 く読んでいないことや、聖書に改ざんを入れたり、抹消・加筆するのと同じことだとされるかもしれない。それゆえ、日本での内村鑑三ファンの多さとは裏腹 に、韓国キリスト教会では、内村の無教会主義を“異端”扱いしている。(→閔 庚培『神の栄光のために 殉教者朱基徹牧師伝』すぐ書房 1989 )北朝鮮が共産化し南北が分断される前夜、ピョンヤンを拠点に活動していた多くのキリスト者が信仰を捨てるに至った経緯に、留学先の日本で学ん だ無教会主義の影響が色濃く存在しているからだ。
「聖書を何度読んだか」「聖句をいくつ暗記できたか」に留まることはできない。暗唱聖句は必要。何回も読むことも大切には違いないが、聖書をどう読むかはもっと大切なことだと思う。