はるさんの迷走録#狭い門 いのちの道
#NPOという罠
#「ひきこもり」を受け入れない国
#「ひきこもり」を受け入れない国 (その2)
#「ヒトクローン」の意味
#不思議なリンク
#とても絵になんかならない
#ピラトの“真理”
#「腐った水たまり」のような
#「ヤマギシズム」と「人権」
#「原子力」ということ
#「昭和」についての覚え書き
明治憲政下、権力の支配構造が絶対君主制のそれであったため、やむおえなかったとはいえ、たった一人が好戦的であるというだけで、日本国の当時の戦争行動は、やがて御前会議は国民を全滅(玉砕)させる思想さえ肯定できた。つまり国民はすべて天皇の子ども(つまり赤子)であり、生きるも死ぬも天皇の意志に従うという運命共同体として認識されていた。“八紘一宇(はっこういちう)”の天皇を神格化した世界観による洗脳教育は、侵略後すでに皇国の一部とみなされていた近隣アジア諸国内を含めて“国内”ではすでにおおかた功を奏していたのである。最高意志決定機関であった御前会議の議題には、奇襲攻撃の是非、南京攻略における関東軍の行動の是非(いわゆる現地調達、つまり三光作戦=焼き尽くす、殺し尽くす、奪い尽くすという略奪行為の可否)、愛国女子挺身隊・いわゆる従軍慰安婦制度新設の件、731部隊による「細菌戦研究」の戦略上の役割の是非と被験者の現地調達、学徒動員、肉弾戦つまり飛行機といわゆる人間魚雷による特攻自殺攻撃の件、皇居移転計画に伴う防空壕建設と朝鮮人労務者への処遇(長野県松代に巨大地下壕を堀り「松代大本営」に新皇居を建設後、労務者全員を殺戮すること)そして敗戦前夜のいわゆる「ご聖断」による琉球処分、そして原爆投下後の無条件降伏(つまりポツダム宣言の受諾)の可否等々が含まれていた。そう。これが“会議”と呼べるか?すでに2.26事件の顛末で示されたように、最終的に天皇の意志に従わない者には死あるのみだったのだから。
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我国の軍隊は世世天皇の統率し給ふ所にぞある。
昔神武天皇自ら大伴物部の兵(つわもの)どもを率ゐ、中国(なかつくに)のまつろはぬものどもを討ち平らげ給ひ、高御座(たかみくら)に即かせられて天下(あめのした)しろしめし給ひしより二千五百有余年を経ぬ。
此間世の様の移り変はるに従いて、兵制の改革も又しばしばなりき。古は天皇自ら軍隊を率ゐ給ふ御制(おんおきて)にて、時ありては皇后皇太子の代はらせ給ふことのありつれど、おほよそ兵権を臣下に委ね給ふことはなかりき。
(軍人勅諭 明治十五年一月四日)
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大日本帝国憲法
第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
(明治22年2月11日公布)
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昭和天皇「朕(ちん)が最も信頼せる老臣を悉(ことごと)く倒すは、真綿にて、朕が首を締むるに等しき行為なり。・・・朕自ら近衛師団を率い、此が鎮定に当らん」(本庄日記 昭和11年2月26日 事件直後の談)
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兵に告ぐ
「勅命が発せられたのである。既に、天皇陛下の御命令が発せられたのである。お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶対服従して誠心誠意活動して来たのであらうが、既に、天皇陛下の御命令によって、お前達は皆復帰せよと仰せられたのである。此上お前達が飽く迄も抵抗したならば、夫は勅命に反抗することになり逆賊とならなければならない。正しいことをしてゐると信じていたのに、それが間違って居たと知ったならば、徒らに今迄の行がかりや義理上から、何時までも反抗的態度をとって、天皇陛下に叛き奉り、逆賊としても汚名を永久に受けるやうなことがあってはならない。今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ。そうしたら今までの罪も許されるのである。お前達の父兄は勿論のこと、国民全体も、それを心から祈って居るのである。速かに現在の位置を棄てて帰って来い。」(2.26事件 戒厳司令官香椎中将 拡声器の声 ※実際には、なぜか首謀者真崎大将が無罪の他は、参与した青年将校全員が銃殺。北一輝ら思想犯数名も後日銃殺。)
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「国防資源取得ト占領軍ノ現地自活ノ為、民生ニ及ボサザルヲ得ザル重圧ハコレヲ忍バシメ、宣撫上ノ要求ハ右目的ニ反セザル限度ニ止ムルモノトス」(1941年11月大本営政府連絡会議「南方占領地行政実施要領」)
→現地調達、つまり軍による略奪行為の許可。
「マライ・スマトラ・ジャワ・ボルネオ・セレベスハ帝国領土ト決定シ、重要資源ノ供給地トシテ極力コレガ開発並ビニ民心把握ニ努ム」(昭和18年年5月31日 御前会議 「大東亜戦争指導大綱」)
→大東和共栄圏設立のため侵略を許可。
「皇軍ニ対スル信倚(しんい)観念ヲ助長セシムル如ク指導シ、ソノ独立運動ハ過早ニ誘発セシムルコトヲ避クルモノトス」
→独立運動の弾圧を許可。
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杉山元参謀総長「次ノ攻撃デハ、必要ナ火砲、戦車、ソノ他ノ装備ヲデキルダケ完璧ニシテ、一挙解決ヲ図リタイト思ヒマス。
昭和天皇 「ハタシテ ガダルカナル島ハ 確保デキルノカ」
杉山「断ジテ確保デキマス」
(ガダルカナル島奪還の時 昭和天皇上奏に際しての杉山との会話)
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近衛文麿「最悪ナル事態(敗戦)ハ遺憾ナガラ最早必至ナリト存候。……勝利ノ見込ミナキ戦争ヲ之以上継続スル事ハ、全ク共産党ノ手ニ乗ルモノト存候。随ッテ国体護持ノ立場ヨリスレバ、一日モ速カニ戦争終結ノ方途ヲ講ズルベキモノナリト確信仕候」
昭和天皇「モウ一度戦果ヲ挙ゲテカラデナイト中々話ハ難シイト思フ」
(木戸日記)
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「当時私の決心は第一に、このままでは日本民族は滅びて終ふ、私は赤子(せきし)を保護する事ができない。第二には国体護持の事で木戸も同意であったが、敵が伊勢湾付近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込みが立たない。これでは国体護持は難しい。故にこの際、私の一身は犠牲にしても講和をせねばならぬと思った」
(「昭和天皇独白録」)
「原子力」ということ
高田馬場駅で、鉄腕アトムの曲が使われていた。
それにかこつけるわけではないが、「夏の電力消費に備える」などという名目で、原発がおそるおそる稼働し始めていたことを思い出した。
しかし、このところの冷夏で、電気の供給にそれほど危機感がなくなったにもかかわらず、原発は稼働している。すべての原発が止まった時、電力のはなはだしい供給不足はなかったと思うのだ。何のことはない、電力需要があるかないかより、稼働できないでいる原発を動かして、電力ではなく、いわば従事者や関連産業の雇用や、稼働に伴う税金の動きを停滞させないことに需要があったのではないかと意地悪な勘ぐりを入れてしまうのだ。「やれ反対だ、なんだかんだいっても、とにかく動きさえしていれば、あとはこっちのものだ」と誰かが言っているのではないか。
原発問題が、非常に難しいテーマであることは承知の上で、現在まで達しているところのことを述べたいと思う。
創造主が人に世界を示し、「地を治めよ」(創世記1章)とおっしゃった時、治められるべき対象は、すべての被造物についてであって例外はない。それゆえに、たとえば、原子力さえも除外すべきではないと考える。
だから、最初に、世界を支配せよとの命令が存在することをおさえておきたい。反原発運動のサイドに、原子力エネルギーそのものが畏怖されるべきであり、生命と同じような「神の領域」に属するかのように扱われている事例がみられるが、これはいかがなものかと思う。それゆえ、私は核技術を前提としたすべての産業を、丸ごと反キリスト教的とみる立場にはない。
しかし、反原発運動の議論には、心して傾聴すべき内容が多い。
たとえば、人知も及ばないような力をもつ石を、神々しいものとして拝んでいるうちはよかったが、それを制御できると思うところに人間の傲慢さがあったとみる。アニミズムのような自然観には賛成しがたいが、しかし、バベルの塔のように、人間の傲慢さが原発周辺に貼り付いているのではないかという指摘は重要だと思う。発電エネルギーとして原子力が登場する歴史には、核兵器開発が色濃い。最強の兵器を保持するために、核技術の存続及び技術革新をもくろみながら、「平和利用」を隠れ蓑にし、電気需要を看板として、様々なリスクを隠蔽しながら、その存在をごり押ししているのではないかという疑いは、私の中ではまだ晴れいるとはいえない。
これは、何も北朝鮮の核問題だけではない。ニュースとしては、むしろ他山の石ではなく、自国の問題だと思う。
それに、核廃棄物問題や、発電所誘致がらみの地域住民との反対運動とどのようにむきあってきたか。さらには、巨額の補助金が、地域の産業基盤をいかに弱体化させてきたかということや、複数の事故隠蔽工作があかるみに出るなど、信頼関係が確立しているとはいいがたい。廃棄物問題など、「トイレのない近代マンション」といわれる疑問にどれだけ答えてきただろう。
1957年9月、旧ソ連の南ウラル地方チェリアビンスク州の核兵器工場でおこった高レベル放射性廃棄物貯蔵タンク大爆発事故のようなことが、東海村原発事故を経た今、日本ではおきないという保証はどこにもない。
大きな枠組みとしては、原子力そのものに対して、肯定的なのがキリスト教の立場なのだと思う。すでに述べたように聖書の立場が、万物が則神であるとみる汎神論と区別されること、及び、創造の原理を受け入れるからである。(原理といったが、“原理主義”とか“原理運動”とかいわれて、原理にはいいイメージがないが、原理という言葉そのものは、本来いい意味なのではないか。)
それにしても、昨今の原発事故及び隠蔽工作は、原発事業そのものの信用を完全に失墜させている。しかも、それが今に始まったことではなく、肥だめを覆っていた蓑が風で飛ばされたに等しく、ひよんなことから内側が露わになっただけなのではないか。
反原発運動の声を真摯に受け止めてみると、さまざまな問題点が浮かんでくる。いや、ニュージーランドのように環境を守るために原発そのものを拒否して、電力需要を安易に原子力に求めないという道もあるのだ。
根底には、“制御できるのかどうか”という問題がある。原子力は、あたかも、完全に制御できるかのように装って見せているけれど、本当は完全に制御できないエネルギーなのではないかという疑惑は残る。台風をコントロールできない。命そのものをコントロールできない。できないづくしなのが、本当は人間の能力の実態なのだろう。放射能の半減期が150万年とかいわれるやっかいな核廃棄物のことを含めて、本当は完全に制御できないとすると、廃棄物処理・地下保管所設置を請け負うことになった(させられることになった)地方の方々のことを思うと、心が痛む。
昔、雷を見た人は、電気をコントロールできるとは、思わなかっただろう。それと同じ意味で、原子力を平和的に利用する道(完全に制御する道)は、少なくとも議論の上では確保されていなければならないと思った。しかし、原子力エネルギーを電気と同レベルで制御できるという思惑は、チェルノブイリ原発事故に典型的にあらわされるように、完全にうち崩されてしまったので、ドイツのように脱原発を決めた国もある。事故の直後、日本では、クリスチャンでさえ「日本の科学技術と管理システムは、旧ソ連に比較できないほど高い」とさかんに言っていた。その延長線上にあの「バケツの中の核融合」で知られる東海村原発事故があったことに対してどう答えるつもりだろうか。
私が感じている問題意識は、電力需要の話題よりも、なにかと事故が絶えないことと、事故の度に、それ以外の利権構造や、権力構造が露呈してしまうことにある。電力供給に限っていえば、風力や太陽光、それにバイオマス(発酵エネルギー)など原子力以外のエネルギー開発に力を注ぐことはできた筈なのに、ごく最近になって、やっとちらほらと登場するのを見るようになったにすぎない。実は、制御できていないのは、原子力エネルギーそのものばかりでなく、ここでも政治と官僚の癒着構造によって生み出されてきた利権構造なのではないかと疑う。
核技術が医療の発達に寄与した功績は計り知れない。それに、科学技術がこれまで様々なリスクを乗り越えてきたと同じように、「完全に制御できる道」も見えてくるかもしれない。それに、先の戦争の終結を早めた功績をこれに加えたい人だっていてもおかしくない。けれども、その一方で、被爆地「ヒロシマ・ナガサキ」は、この兵器が実際に使われる時、何世代にもわたって被害を及ぼし続ける水俣や足尾の鉱毒や土呂(とろ)ヒ素公害みたいなものであることをも示した。
たとえば、現在国内に数10基ある原子力発電所の、ただ一つに、ミサイルが一発着弾しただけで、ヒロシマ・ナガサキとほぼ同じか、それ以上の事態ががおこるりうることを予想しないものが誰かいるだろうか。
このテーマは、ホームスクーリングとは直接は関係がない。
でも、もはや制御できないほど巨大化して、機能不全や腐食、そして事件の隠蔽、さらには、子どもと教師の、自殺・他殺などで揺れる学校教育現場と、すでに「バケツ一杯」がもたらした事故を経た、巨大原子力産業のことが、妙に重なって見えるのだ。入会者は、私財の一切を捧げてヤマギシ会の共有財産とし、会は私物をなくし、下着さえ共有財産とする。ゆえにヤマギシの子どもは、そのような理念のもとにあって、親ではなく共同体が教育の主体とならなければならないとされた。
ヤマギシ会が世に知られたのは、共同生活の中にいる子どもが「就学」を希望しているのに、脱走する以外の方法によって意志表示するしかなかったというところから、「子どもの人権を守る」という視点において、マスコミ活動が始まった時からである。ここで言う「人権」という言葉は、非常に重要な言葉で、日本国憲法が「基本的人権」をその支柱に据えるというとき、戦前国家が八紘一宇の天皇の名のもとに、人権侵害をおこなったことへの深い反省がこめられている。いわば、クリスチャンの視点から、抑圧(抑圧の状態そのもの)とその抑圧システム(抑圧を生み出すシステム)を容認してきたことに対する悔い改めが込められているといえる。
だから、人権という概念が曖昧な世界では、権力への追従や、集団への従順が「権利」という言葉をかき消してしまう。いいかえれば、この用語が使われる意味の「場」は、権力や組織及び国家の横暴に対して弱小な立場を守ることにあると思う。
ところが、聖書や教会には、「神権」はあっても「人権」はない。もちろん「権利」や「人権」は聖書用語ではない。それゆえ、たとえば「人権」という言葉を「信仰」とか「神権」と対峙させるような議論がみられる。
しかし、その度ごとに戸惑いを覚える。
もちろん、誤用はある。それは、「愛」にも「自由」にもあるのだが、「人権」も例外ではない。「人権」の名のもとに、権力がいかようにでも隠蔽工作をおこなえるという歴史があるからだ。それは何も共産圏だけではなく、この国の事情でも似たり寄ったりである。
しかし、てまえみそになるが「人権」という言葉のもつ本当の意義を育て、そして法規などに生かしてきたのは、他でもなくキリスト者ではなかったか。だとすれば、教会の中で「人権」を振りかざすことが的はずれであるのと同じように、神中心の名のもとに、「人権」という言葉が生まれてきた経過までも含めてまるごと遺棄するような発言はいかがなものかと思う。 このようなことをふまえたなかで、Q&Aでも少し触れたが「ヤマギシズム」に対して、日弁連などが提言した内容をみた。
つまり、子どもには普通教育をうける権利があるのだから、親もしくは共同体が子どもの意志に反して学校に行かせないのは、子どもの権利侵害にあたるのではないかというものだ。
つまり、ヤマギシ会が、私有財産の否定ばかりではなく、極端な例だが、親子心中の巻き添えで子どもの生きる権利が奪われるように、親の教育権の名のもとに「子どもが普通教育を受ける権利」までも奪うのは問題であるという意味の提言であった。
だから、仮に親に子どもの教育手段を与える全面的な権利があるというなら、たとえばオウムのようなカルト集団なら自明のことだが、どこまで宗教的かという課題はあるによ、ヤマギシズムのような閉鎖的共同体に、一方的に子どもの意志を無視し幽閉しておくのは、人権侵害にあたるのではないかというのは納得できる。
問題は、この議論がホームスクーリングに対しての(そのほとんどが無知からくるものだが)反対論の中にこのようなとらえ方があり、おそらく今もあるのだろうということである。
私は、以下の理由で、ホームスクーリングは「人権侵害」にあたらないと思う。
つまり、ホームスクーラーへの反対意見は第一に、ヤマギシ会とホームスクーリングを同一視していることに根をもつことだ。
ホームスクーリングは、ヤマギシ会のように私有財産を否定するものではなく、むしろ、「自分のことは自分で」という“教育の自治”を徹底することを旨としているからである。その意味では、むしろ“私有財産”である信仰の意味を曖昧にさせ、そのかわりに事実上「日の丸・君が代」をその精神教育の支柱に据えるような「学校のカルト化」とか「学校のヤマギシ化」に意義を申し立てているのがホームスクーリングなのだともいえる。ゆえに、このような批判自体が的はずれであるといわなければならない。
それと、第二に、ホームスクーリングは、学校のように教育の一元化や一律化をめざすのではなく、とりわけクリスチャンホームスクーラーの場合は、聖書的信仰を基礎にしているからこそ、なおさら、個人個人に適応した教育プログラムがあるという立場として、子どもの環境を最適化しているのだ。だから、かえって、教育システムの一元化や、試験制度の硬直化、それに制服や校則など、鋳型に子どもを無理矢理あわせるような「非人権的環境」から子どもによってより健全な教育環境を守るという意図が多くのホームスクーラーにみられるのは当然である。
それゆえ、ヤマギシ会にたいしては、「就学」を提言した日弁連であったものの、子どもの権利条約についての政府解答書に対して日弁連が出した提言内容は注目に値する。日本においては、普通教育の場は、学校教育法1条に定める学校に限定され、その学校教育は「全て文部省が公示した『学習指導 要領』と検定済み教科書によって行うこととされて」おり、学校設立の自由は制限され、親や子どもの教育形態を選択する自由は、極めて限定されている。前回の審査において国連子どもの権利委員会は、過度の競争的な教育制度のもたらす発達のゆがみや余暇の欠如、学校嫌いの多発等、日本の教育についてのさまざまな懸念を表明した。日本においても、最近では、子ども(特に不登校の子ども)の学習権を実質的に保障するための学びの場作り、家庭を基盤とする学びの場作り(ホーム・ベイスト・エデュケーション)、あるいは親が子どもにとって適切と思う教育を実施する場としての法律の定めによらない学校作りなどオルタナティブな教育形態がさまざまな場において試みられている。今後は、このような試みを認め、現在の学校教育法の枠組みを超えて、一定の要件のもとにオルタナティブな教育形態の自由が認められる方向で検討されるべきである。日弁連の立場は首尾一貫していないように見えるが、子どもの人権という意味からみると一貫性がある。
(子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する日本弁護士連合会の報告書 教育の4 パラグラフNO.336)
ただ、違ってみえるのは、ヤマギシズム批判でひらかれていなかった視点が新たに加えられたからだといえる。
つまり、日弁連の人権感覚は健全であり、ホームスクーリングについて、明確な知識と理解をもち、ヤマギシズム批判の時にはひらかれていなかったにせよ、すでにヤマギシ会とホームスクーリングを区別できているのだ。
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「腐った水たまり」のような
ホームスクーリングを決断するまでの長い時間は、暗いトンネルを通るように感じられるかもしれない。
それは、ことあるごとに触れるが、そのような困難を経験するのは、日本においてだけではない。米国社会が、ホームスクーリングをほぼ公認するまでの期間、収監、訴訟、弁護活動そのような“修羅場”を通っての現在、その情報をふまえた日本では、少なくともホームスクーリングをするというだけで、収監されることはない。ただし、無条件手放しでいていいわけではない。
この国には、学校に行くか行かないかしかなく。子どもが学校に行かないことは、異常視される。それはホームスクーリングであっても例外ではなかった。だから、今でも行政側にはホームスクーリングを認知するための「とりつく島」などはない。認識できないということは、認めていないということだ。ところが、行政側には、認めていないという根拠すらない。
そんななかで、私が危惧するのは、ホームスクーリングへの理解が深まるなかで、にわか評論家が増えてきたことである。
評論は悪くない。
何が見えていて、何が見えていないかだ正確に把握していなければならない。だから、ホームスクーリングの実践の中で、教育が見えてくることによって、他人の非難や中傷が、いわゆる「井戸端会議」の空間によって増幅することになる。
そのような教育評論界隈の批判力が相当なものであることは、認めざるをえない。
だが、分析力があるということと、その井戸端会議が建設的であるかどうかということは、別のことだ。
そこには愛がないからである。
そこにあるのは独善と他人の批判(いやほとんどあら探し)そして結局のところ我が身内の安全と自己保全だけ。稚拙な自己満足に酔いしれているようなたちの悪い酔っぱらいのような言動だけだ。
いや、もちろん当人たちはそうは思っていない。
それが一番不幸だ。
まわりくどい、言い方で恐縮だが、ホームスクーラーの中に増殖するそのような不幸な批判力は、決してネットワークを育まない。それが、ホームスクーラーが他人まかせにしないことを是とする自立性と表裏一体であるゆえに、なおさら複雑だ。
つまり、まちがったことは言っていないようにみえる。確かに正論にきこえ、ホームスクーラーの立場を守っているようにみえながら、ホームスクーラーをして、ますます孤立化させ、独善と不信感の塊のように変質させる。
もし、キリスト者がこのような轍にはまると、もしかしたら、やがて完全に信仰そのものさえ捨てるかもしれない。いや、捨てていないと自分では思っていても、結局捨てているのと同じあの忌むべきパリサイ主義に道を譲ってしまうかもしれない。
このような疑似ネットワークが、人を養うことができないばかりか、やがて他人のあら探しをさえ楽しむような「腐った水たまり」のような存在になる場合、不幸なことに、ホームスクーリングそのものと決別するような事例をいくつかみてきた。
もし、ホームスクーラーのネットワークが、そのようなものになってしまうなら、存在しないほうがいい。
どんな場合でも、ネットワークがそのような「腐った水たまり」に変質するわけではない。けれども、そのような危険は、いつも正義を自覚する側につきまとう誘惑なのである。キリスト者なら、だれでもパリサイ主義に陥る誘惑がつきまとうことが承知できるに違いない。パリサイ人当事者は、当時、間違ったことをしているなどとは、露も思わなかった。主イエスを死に追いやりながら、自分たちは正しいことをしていると思いこんでいたのがパリサイ主義がかくある所以なのだ。
わかりにくいことをいって恐縮だ。ただ、具体的なことは書きたくないので、あえて抽象的な表現にとどめることをお許しいただきたい。
ホームスクーラーには、批判力が養われるだろう。安定してくればくるほど、そして、聖書を土台としたキリスト者ならなおさらのこと、彼らの知性は真理と非真理を見分けることができるように磨かれるだろう。それらの知識は恵みだ。知識は、やがて豊かな土壌を育むかもしれない。だが、知性に愛がなくなると、肥えた知識の集成は、土壌を豊かにする堆肥ではなく、ただひたすら異臭をはなつ「こえだめ」のような存在になる。
それでも、言い古されていながら、そうではなく、いや永遠に確認されなければならないのは、「愛」である。
キリストにある「愛」を犠牲にしてまで、ホームスクーラーになろうとしないほうがいい。
たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。(第一コリント13章1〜3節)
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キリスト教会暦でいうと、この時期は受難週なので、聖書の記事を話題にしたかった。
主イエスは、十字架刑を宣告されたのはローマ総督ピラトのもとにひらかれた裁判においてであった。
いろいろ聞きだそうとしたピラトに対して、主はあまり口をひらかれなかった。ただ、全く寡黙でいらしたのではない。
その箇所が、今日紹介したいと思っているヨハネ福音書18章37〜38節の会話である。
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ピラトはイエスに言った「それでは、あなたは王なのですか」
イエスは答えられた。「私が王であることは、あなたが言うとおりです。わたしは、真理のあかしをするために生まれ、このことのために世にきたのです。真理に属するものはみな、わたしの声に聞き従います。」
ピラトはイエスに言った。「真理とは何ですか。」
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ピラトは、主イエスの言葉の意味を理解しようとしたと読めるかもしれない。とりわけ「真理とは何か」という問いかけには真摯な響きがあり、哲学者たちが好みそうだ。
ただし、聖書ギリシャ語からするとこの会話には、別の角度から光りがあてられて、さらに立体的に読みとれるだろう。
主が「真理」という言葉を使われるとき、原文の真理(aletheia)には女性冠詞 (ヘー)が伴う。真理をあかしするため(tehn aletheia)に生まれ、…真理に(tehs aletheias)属するものは、私の声に聞きしたがいます。
それに対して、ピラトの「真理とは何ですか。(ti estin aletheia)」という質問には、原文では冠詞がつかわれていない。
このことは、著者ヨハネが、冠詞には名詞に限定的な意味を与える効果を理解して冠詞を使い分けていると理解できる。
つまり、主がいわれた「真理」は、意味が限定的であり、「真理」という言葉はキリストと結びつく。それゆえ、キリスト者が聖書に従って「真理」というとき、その意味はきわめて限定的に主イエスとの結びつき以外にはありえない。
ところが、ピラトが「真理」という言葉をつかうときとき、冠詞がつかない無規定的さまざまな概念と結びつけて「真理」という言葉がつかわれたとヨハネは記録した。それゆえに、聖書記者のヨハネは、主が真理そのものであると語られたその一方で、ピラトの曖昧な「真理概念」との違いを言語表記の上でも際だたせたかったのではないだろうか。
このことから導き出される課題は、いくつかある。
第一に、もし聖書記者がギリシャ語冠詞に意味を与えて記述しているとしたら、それをたとえば同じような冠詞概念がない日本語翻訳にいかに反映させるかということは課題となる。つまり、日本語訳には、この意味合いは反映されていないので訳し分けていないが、冠詞概念が重なる英語訳では、「the truth」と「truth」を区別して訳し変えている。翻訳の困難を補うとすれば、説明的に訳するか、それとも無視するしかなくなる。ここに文法シンタックス(統語論)の違う異言語を扱う場合における聖書翻訳の困難性がある。
原語を知らなければ、聖書のメッセージができないというのは間違いだ。そして、原語(ヘブル語とギリシャ語)を使うといい説教ができると思うのも幻想だとおもう。けれども、説教者として召されている教職は、使っている聖書は、オリジナルではなく原典からの翻訳版だということを踏まえるべきだとおもう。
第二に、真理観の問題。キリスト者が「真理」というとき、それは明確に主キリストと結びつく。キリスト者は、何が真理か何が真理でないかの反定律をもっていることになろう。聖書にあって、キリストの声に聞くことにおいて真理観の視点をもつことができる。それに対して、ピラトの場合、真理観は無規定的、つまり、彼は特定な概念と結びつかない曖昧模糊とした概念にとどまるので、キリストとは結びつけられず「真理とは何ですか」という質問につながる。真理という言葉はあっても、その意味はきわめて曖昧であり、あらゆる価値観と結びつくかもしれない。ピラトが今に生きていたら、キリスト教に関心を示す一方で、しかし進化論的な相対主義も受け入れたに違いない、そして、ピラトが最終的にキリストを十字架刑に引き渡したように、「わたしとキリストになんのかかわりがあろうか」と言うことだろう。
ホームスクーリングを選択しないのは、自由だ。それはそうだ、自由でいい。
けれども、あなたがキリスト者で、お子さんをもっていて、なおホームスクーリングについて関心があるようななら、ホームスクーリングへの理解を遠ざけないほうがいい。全部が全部ピラトのようだとはいわない。けれども、子どもたちが学校の曖昧な真理観の下に晒されるのを知っていながら、あえてホームスクーリングを選ばないとするなら、それは罪であるに違いない。
子どもたちが、相対主義的な世俗主義の価値観の洗脳を受けて、信仰から離れていくのはみえているではないか。
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またまた、ひどく暗い話である。
重たい話題で、恐縮なのだが、教育を巡る日本において忘れてはならない現実の一端として、書き留めておくのをお許しいただきたい。
数年前、といっても10年近くになるが、私はまだ当時牧師職にあった。懇意になったある市議会議員の方に頼まれて一人の婦人宅に訪問を依頼されたのである。すべて、実名は伏せるがどうしても書き留めておきたかった。そのことはあまりに悲惨で、誰も書き留めておこうとはしないだろう。ましてや、人々の羨望の対象には決してなりえない、しかも現代の暗い一断面に過ぎない。忘れ去られるかもしれない。絵にはならないが、私には決して忘れられない顛末だった。●ある離婚●
この女性は、私が訪問を依頼される数ヶ月前に離婚していた。
離婚に至った理由は、長男が登校拒否したこと。子どもの登校拒否が、明確な離婚の根拠になっていた時代がこの国にはあったということは忘れてはなるまい。今でこそ、文部科学省が「誰にでも不登校はおこる」といって、その対策の甘さを進言しているくらいだ。当時は、不登校という言葉すらない。子どもが学校に行かなくなったのは「母原病」といわれていて、母親の育て方が悪いということにされた。婦人はこれを受け入れたため、子どもの不登校の責任をとらされ、離縁をつきつけられるままだった。もとの旦那は、当事者の男子を引き連れて移転、その引き替え条件として、一軒家をもらいうけたということになった。
けだし、解せないのは、離婚が成立するやいなや、前の夫は子どもを連れて別居後、ほどなくして別の女性と結婚したこと。この男性以前から関係があったのかどうかは不明なのだが、私はことの経緯は、以前からの関係を示唆していると勘ぐっている。
ただし、再婚後、子どもはなぜか登校を始めた。つまり、前の夫からすると、前妻が悪かったことが実証されたという意味にもとられたらしい。婦人は、子どもに一度は謝罪することを決めて、息子に面会させてほしいと申し入れたのだ。
当然のこと、この切なる申し出は拒否された。すでに再婚しているし、再登校している息子に、悪夢を見させたくない。平穏な生活を乱してほしくないというのが面会拒否の理由だった。
前の夫から面会を拒絶された後から、婦人は完全にひきこもって外に出ようとしなかったのだ。普段から地域の会で、この悲惨な顛末に同情を禁じえなかった市会議員は、定例の会に当婦人が出席しなくなったのを気がかりにしていて、会議の合間をぬって、自宅を訪問した。ところが、人影が見えるものの、応答がない。そこで、知己になっていた牧師さんに訪問を頼もうということになったのである。●ある処置●
私は、この女性市議の方と妻とを伴って、人気のしない一軒家を訪問することにした。
どうなっていることやらと思った。
もしかしたら…という最悪の事態を予想したが、数度玄関から声をかけるとか細い声とともに、ご婦人が出てきた。「あがって、お茶でも」といったもの、実際にはとてもそんな雰囲気ではなかった。それは、入ってみると、買い物袋のまま入っていた食材は、すでに腐敗臭をはなっていたし、食べかけと思われた皿のものもすでにカビが生えていたからである。
この女性は、不登校の責任を負わされた。もちろん、実際には責任などは全くない。ただ子どもが学校に行かなくなったのを受け入れただけのこと。それを離婚ざたにまで仕立てた側にむしろ大きな責任があるのだと思った。そして子どもに対して負わなくてもいい罪悪感を背負わされた。ところが、謝罪しようとも面会を拒否されたために、やるせない思いをどうすることもできず、すでに生きる意欲さえなくしていたのだ。
数度にわたる訪問の結果市民の会に出席を始めたとはいえ、ついにはもとの生活に戻ることもできなかった。
ある日、もう一度市議の方から電話があった。こんどは、とある精神病院への訪問を求められたのだ。
「どなたが入院したんでですか?」
「あの方ですよ。」
狐につままれたようなとはこの時の会話だった。寂しさを紛らわせるために公民館にでむいたこの女性は、いきなり同人の会の扉をたたくなり、参加をしたいと言い始めたらしい。会の主催者は最初はやんわりと断ったのだが、やがて感情的になったこの婦人は、入れてくれるまで帰らないと戸口で意地をはったらしい。やがて、険悪な雰囲気は手を挙げるまでに発展し、平穏だった会の当事者は、警察に電話した。警察は、このような電話を受けた場合、病院関係とつながっていて、「処置入院」させる権限があるらしいのだ。婦人は、直接閉鎖病棟へと入れられ、面会謝絶、そして、24時間監視のもとにおかれた。●ある監視●
受付で、牧師であること、そして市議の方の名を言うと、面会を許された。
現存する特定の病院だが、名は伏せる。とにかく私ははじめて「閉鎖病棟」に入った。暴力的な傾向があって、監視が必要だとされていたのだ。そして、当然のこと経過を説明して、退院を申し入れたのだが、親類の許可がでないという理由で難色を示したのだ。
後に伝え聞いたところによると、やがて地方に転院扱いとされたとのことで、やがて所在も不明になった。
教会にも来たのだが、救いの告白までには至らなかった。
心が引き裂かれるような思い出である。
ただ、すべてを主に委ねて祈るのみである。登校拒否が、離婚につながった時代があったということを記録しておきたかった。
それでも、この事件の後、彼女のことで心を砕いた市議は、別のことをきっかけにして、洗礼を受けキリスト者になった。救いである。しかし、このことは、自分の無力さゆえに悲嘆にくれていた私にとっても、救いになったことは言うまでもない。
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不思議なリンク
いつも、暗い話題、ましてや、よく意地悪く週刊誌的といわれるような「他人のあら探し」をしているわけではない。
でも、北朝鮮による拉致の事実や、その被害にあわれた方々の報道をきくにつれ、心が痛む。
それが率直な気持ちである。いや、横田さん(奥様は早くから。そして、最近は、ご夫婦ともに)キリスト者であることをふまえると一層、この問題解決は、同じキリスト信徒として、現在の私の祈りの課題でもある。
けれども、私は最近もう一つ別のことで、複雑なおもいにかられている。
横田さんご夫妻の長い闘いの日々が記憶され、被害者の会が編成されて、互いに励まし合うこともゆるされているのは、幸いなことだと思う。それゆえ「被害者の会」が北朝鮮問題を扱う報道に敏感になっているという側面からして、たとえば「週間金曜日が、会の承諾なく、北側筋が用意した当事者との面談を扱ってほしくない」といっておられたのも、報道制限に結びつくのではないかとの危惧のこととは別に、ある意味でマスコミ報道側の勇み足とさえみえた。
だが、去る12月26日に新しい教科書をつくる会が緊急シンポジウムとして、「拉致被害者家族から話を聞く・対話集会」なるものを開催し、なぜかここで拉致被害者の会の横田さんや蓮池さん兄の透さんが招かれている。この時、主催者側の席には、当然のことながら、「新しい教科書をつくる会」名誉会長の西尾幹二氏や、あの藤岡信勝氏が名をつらねていた。
これまでの、「新しい教科書の会」の経緯をある程度関心を寄せてきたものの一人としては、きわめて複雑な思いに駆られた。
全く別々の経緯にあって形成された二つの会が、ここにきて奇妙なリンクをみせているからである。
どうしてかとおもう。
つまり、「新しい教科書の会」の趣旨は、詳細は伏せるが、自民党のある有力な政治家筋の肝いりで誕生した。日本のこれまでの外交は、謝罪外交であり、日本民族の誇りを台無しにする「自虐的」なものだという。そのために、歴史教育の、たとえば「従軍慰安婦」や「南京虐殺」などの歴史認識は、民族のプライドを傷つけないようにこれまでの歴史認識を修正しなければならないという。しかし、日本人としてのプライドが大切などというわりには、国際戦争の是非が問われているのに、ただ米国追従だけで、世論攻撃をかわすことばかりで、どこに「プライド」などあろうかという昨今だ。どんな内容のプライドなのかも問題だけれど、この団体は歴史的事実なのかどうかはむしろ究極的には問題にしていない。「“従軍慰安婦問題”など、この国にはなかったのだから、教科書には“慰安婦”などという言葉は、一言たりとも入れない」とまで西尾会長は喝破したことがあった。
言うまでもないことだが、このように過去の誤りを美化し、歴史的な事実さえ歪曲するような言論は、ドイツをはじめ欧州の脈略では絶対に生き残ることができない。
この会の主張は、中国や韓国など、かつて日本の植民支配のもとで苦しめられた近隣諸国から非難の対象となったこともあり、あの「教科書」を自主的に正式採用しない学校を含めた地方自治体教育委員会も多かった。昨今は、政府公式見解と対峙する考え方とみなされ、アジア近隣諸国からはそれが正確かどうかは別として「極右危険思想」とみなされている。
ところが、ここにきて、なぜか「拉致被害者の会」とのリンクをみせている。もともと、蓮池透さんは、拉致が世に問われる前からもともと「つくる会」メンバーだったという情報が確かな筋からのものとしてうかがった。長野県の田中知事が問題視したのもこの奇妙なリンクについてであった。このときのやりとりでどんなコンテキストからなのかは定かではないが「田中さんは、人間ではない」など発言も、被害者の会筋からのものだ。横田さんからなのかって?
どうかな、まさかそんなことはないだろう?
少なくとも良心的な立場で発言している横田さんご夫妻と、たとえ蓮池さんが被害者の一員であったとしても、彼の“くちきき”に始まって、拉致被害者への国民的同情に便乗して、「新しい教科書をつくる会」に失地回復させるリンクが存在していることに深い危惧を覚える。私は、BJUのリッチコーラさんに、日本には聖書の視点に立った正確な歴史教科書が必要であるので、そのためにいつも祈らされているということを伝えた。
印象深い彼からの答えを、ここでも紹介しよう。
「是非、祈りましょう。主が必要を満たしてくださるでしょう。主は求めに応じられる方ですから、もし必要なら主の器も備えてくださいます。」
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クリスチャンにとってであれ、そうでない家族にとってであれ、ホームスクーリングはもともと「狭い道」だと思う。日本での教育論を概観すると判然とするように、すべてがあいかわらず学校の枠組みの中なので、今の時代でさえ、ホームスクーリングを選ぶというだけでも困難が伴う。周囲からの理解を受けられない。当事者からすると、そればかりでなく、迫害されることになる。この点に限っていうと、近所に子どもにとって「水のあう」フリースクールやチャーチスクールがあるならそれはそれで、心から幸いだと思う。ただし、学校以外の道という意味では、ホームスクーリングがフリースクールやチャーチスクールに対しても「狭い道」であることは疑いない。とりわけ、行政からの「お墨付き」をもらうことを嬉々として歓迎し、やすやすと世俗の価値観の侵略に道をあけてしまうのは、ほかでもない我ら日本人キリスト者にみられる悪しき習慣になっているのではないか。主イエスの言葉に従えば、それは「広い道」であり「滅びに至る道」なのだ。
私は昨年2001年の10月(あのテロ事件の翌月)ボブジョーンズ大学で出版部部長のリッチ・コーラさんに、「当時、アメリカでさえ周囲の誰もがホームスクーリングに対して理解を示さなかったような時代に、どうしてボブジョーンズ大学だけは率先して、しかも採算のあわない、サポートを始めたのですか」と伺った。
コーラさんは、「その答えは、簡単です。それは、ホームスクーリングがクリスチャンにとって現代の最も狭い道でありながら、聖書的であるという一言につきます。聖書に従って信仰をもって狭い道を歩こうとしているクリスチャンを支えるのが私たちの使命と考えるからです。」と答えてくださって、溜飲がおちるように感じた。それは、長いこと見つからずに探してきた「ほんもの」にやっと出会えたときの喜びだった。長いものに巻かれることを選ぶのは、何も日本人固有の精神的傾向なのではない。どんな国であれ、罪のうちに生まれる人間にとって、自分に火の粉がかかってくるような、困難が明白と思えるような道をいくのに、気が進まないのは当然のことだ。もちろん、ボブ・ジョーンズ大学の仕事を完璧と思うのは、それはそれで偶像礼拝のようになる。不完全さや問題点が全くないはずはない。
ただ、今から30年前の米国ホームスクーリング創始期において、とりわけ現在よりもはるかに狭い道を歩んでいたホームスクーラーにとって、ボブジョーンズ大学の一貫性と継続性はどれだけ支援となってきたことだろうかとおもう。しかも、「途方に暮れていたであろうホームスクーラーを支えてきたのは、他でもない我々ボブジョーンズ大学だった」などと、我田引水で、それこそ鬼の首をとったような自慢話をするでもなく、コーラさんの様子はきわめて控えめだった。狭い道は、困難が伴うけれど、聖書によればそれは、「いのちに至る」(マタイ7:14)。子どもの生命を守ることは親の願いであろう。これは間違いないが、問題は、魂のいのちが守られているかどうかであろう。生物学的ないのちが守られていたとしても「魂が殺されるようなことがあれば、それは実際の殺人よりもさらに悲惨なことになる」と思う。それこそ、人もうらやむ華麗な学歴・職歴をひっさげても、他人の弱さや痛みのわからないようなひからびたエリート意識の虜になってほしくない。わけても、どんな知識をさえキリストを知ることに比べたら「塵芥(ちりあくた)」に等しいのだとしたら、本当にまじめなクリスチャンならあえて狭い道を行くことなしにありえようかとも思う。だから選択枝の一つという言い方も、信仰的態度を回避するためのいいわけになるのであれば、それも場合によりけりだと思う。
ただし、私は国家に対しては、オルタナティブな教育理念を制度としても法律としても維持させなければならないと考える。
国家と法あるいは、宗教の迫害の歴史から、歴史の教訓として「政教分離原則」があることを少しでも学んだものならば、国家に対して要求すべき「教育の自由」とは、クリスチャン信仰について述べるコンテンツではなく、国家の側から国民に対して保証させるべき内容であること。その意味での国家の教育観の理想はそれを受ける側に適応した選択枝であるべきこと。さらには、制度や法律としても国家に対して強制的に選択的立場(オルタナティヴな教育観)を維持させることによって、一律化や中央集権化に傾きやすい国家権力の教育への介入を抑制することにつながるのだという考え方も理解できるだろう。
しかし、クリスチャンの信仰の内容という意味においては、はなしが違う。主にあるまじめなキリスト者なら、かつてのイスラエルがそうしたように、モレクやバアルに子どもをささげるようなことは決してすべきでないと思ったがゆえに、かつて一度学校の実態を知らされることになったあるクリスチャンホームにとっては、ホームスクーリングは、もはや残されていた唯一の道だった。
どうしても、狭い道を行かなければならなかったのだ。
NPO。Non-Profit-Organizationの略。いわゆる官制表現ではこれにかかわる法律を、特定非営利活動促進法という。「促進」という言葉が、みそ。つまり規制ではなく促進なのだと言いたいのだろう。法律の趣旨は、営利を目的としない、主にボランティアによって形成される市民団体に、法人格を与えるというものである。
もっとも、これまで国がやってきたことをわずかでも知るものとしては、なぜ今市民団体の法人化を言ってきたのかということが問題だと思う。この法律が欧米社会で機能する時には、草の根的市民活動が国家の思想統制から守られるようにという意味のきわめてクールな国家と市民団体との関係が存在する。言うまでもないことだが、これは欧米社会が政教分離原則を是として成り立っているからであり、つまりはそれだけ国家が思想統制したり、団体の「取り締まり」に傾きやすいという歴史を経験してきたからである。だから、どこもかしこもNPO団体になりたがり、それ以外の市民団体を格下げする傾向はいかがなものか。一方で日本では、法人格を取得することが「社会的信用」と重ねて言われる傾向があるのかとも思う。
それでも「社会的信用が増す」といわれて市民団体や、主にボランティアによって形成される非営利団体は、年額法人税7万のほか年度報告の義務があるのだが、それでも草の根運動のしんどさを軽減すべく認可の道を歩んだ例が多い。(ただし、厳しい基準を満たすことを条件にした免税制度がある、だが、これがこれでまた市民運動の精神を根こそぎにする装置である。)しかし、しかしだ。たとえば、法人格そのものの定義を、特定非営利活動促進法(平成15年5月1日施行版)をみるなら、そこにはっきりと「公益の増進に寄与することを目的とする」と銘記されているではないのだろうか。公益という概念は是認されよう。たとえばたばこ禁止条例の公益性は明白だ。ただ、つまり「誰が」「どんな基準をもって公益性を判断するのか」という課題は、残っているだろう。
いや、だからこそNPO団体なのであり、そのような判断を行政側にゆだねないからこそのNPOなのだとも言われよう。それも、そうかもしれない。
ただ、ひどく心配性である私はここにきて、NPOを巡る動きがやけに気になる。
行政は最近「いいNPO法人とわるいNPO法人」ということを言い始めている。もともと、NPOの自主自営精神がが健全に育まれたところでは、行政権力に左右されないという自覚があるとはいわれているものの、どこまで「おとな」の判断が育まれうるのかということが問われるだろう。つい最近のことだが、文部科学省は、学校教育法を変更して、企業による学校経営を認めると言い出した。この経緯はニュースにも流されたので周知の方は多いだろうと思う。その際、当初原案ではNPO法人は除外された。非営利を是とするのだから今般の柔軟化路線の部外者だというのが言い分だったが、当然のことすでにNPO法人を取得している不登校児を受け入れるフリースクールなどの団体は激しく反発した。
ここまでのシナリオは、実によくできている。あまりに見事なのでもはや感心する他はない。
つまり、日本では、違憲状態もはなはだしいことに、子どもが学校以外で育つことはありえないことになっていて、フリースクールが国家によるお墨付きを歓迎する空気をあらかじめ察知していた文部科学省サイドは、ここに統制の罠をかけてきたとみる。私は、この絶妙な時間差には、NPO団体側の出方を待つという意味があったと読む。つまり、「NPOでも学校を遵法的に設立したい」と言わせるのがねらいだ。それで一端NPO側が学校設立の意志を鮮明にするやいなや、これも予想していたことだが「最低限の学習目標の範囲において設立を認可する」とやはり認定基準ということをいいはじめた。
この国では、かつてのように国家による思想統制は一応ないことになっているのだが、今般の経緯を大まかに振り返るだけでも、実は巧妙な思想統制がおこなわれていることに気づかされる。これは、具体的な例にことかかないので詳細は省くが、宣教の精神を骨抜きにされ続けて、敗退を強いられてきた日本のミッションスクール史を一瞥したただけでも実証されるだろう。
私は聖書を基準とするので、無政府主義でもないし、いわゆる平和主義でもないので、国家が正義をおこなうことを期待もしまたそれが信仰上の祈りでもある。そればかりか、官僚制度も受け入れるのだが、残念ながら政治が長期にわたって腐っていてその結果、市民活動が「骨抜き」にされる地雷みたいな見えない装置ばかりが「そこ、ここに」できる。それが本物の地雷ならわかりやすいのだが、今のところ兆候に過ぎないのだが、もしもNPO法が国家の思想統制の手段として機能するとき、市民団体がその本来のボランティア精神を根だやしにされるかもしれない。
日本の学校現場では、あの子どもの権利条約さえ、生徒の権利としての秘密保持という名目のもとに、行政に不利がないように、事実上、外部に対して学校情報の開示を妨げるための大義名分に成りはて、とっくに本来の精神が変質させられているからである。
今に始まったことではない。日本において、そのようなにがい思想統制の罠は、はるか戦前にルーツをもつ。
蛇足になるのを承知で書くが、かつて大正天皇没直後、昭和天皇の即位にかかわる大嘗祭に、最初政府筋は神道団体や仏教団体の列席をもとめたものの、キリスト教界からは招かなかった。そのことを不服としたキリスト教界側は、「我らも入れてほしい」という申し入れをした。
当時の行政組織は、しぶしぶキリスト教界からの出席を受け入れたということになっているが、私はこれはとんでもないと思っている。たてまえは「それほど言うのなら、しょうがない。あなたがたも社会的認知を受けたと思って我らとともに天皇の即位を喜んでいただきたい」という。本音は違ったところにあって、いわゆるそれがあのおぞましい戦時下の「3教合同」に道を開いた。その統制手段は、相変わらず、したたかというか練れているというか。少しも変わっていない。
たとえば、ホームスクーリングネットワークや、チャーチスクールネットワークの「NPO化」が遠い将来の議論ではないと思うゆえに、私は過剰に心配性になる。
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不登校などから、自宅生活するようになった子どもたちを「ひきこもり」と、呼ぶようになったのはいつからなのだろう。
発信元が誰かということや、それを誰が歓迎して、教育行政に「ひきこんでいるか」という経緯は具体的に特定できるが、あえてここで犯人探しの内容を披露したいとは思わない。
昨今マスコミに登場する「ひきこもり」という特殊用語は、当然英語には翻訳不可能である。自宅に子どもがいるというただそれだけことを、社会全体をあげて駆逐しようとするこの不思議な概念と現象を形成している考え方は、やはり「すし」とか「冨士山」の類にも似て、きわめて日本的だ。
「ひきこもり」を問題視する立場を理解するためには、学校そのものを以下のように理解しなければならない。
つまり、第一に子どもは、学校制度に所属することがなければ、成人になることが事実上許されない。だから、不登校にでもなると、子どもは成人になることは許されないのである。いや人間として存在することが許されるかどうかさえも微妙なことだ。この国で不登校を一端背負ったなら、その子は、何らかの「病気」とされる以外に、正当な理由がないとみなされる。それは、北朝鮮に生を受けて、反体制に目覚めるのにきわめてよく似ている。
いや、北朝鮮ならあからさまなのでわかりやすい。日本は、北朝鮮と実態はそれほど変わらないのに、巧妙に粉飾されていて、見えにくいだけだ。ただ、これも詳細は別に譲るが、学校と病院および警察組織との奇妙なリンクによって生み出される事象は、実は北朝鮮以上に残酷なのだということは言っておきたい。
だから、不幸なことにある不登校の子どもをかかえた親は、地域や親戚の手前「説明するためだけに」メンタルクリニックを受診する。そこで、何らかの病名をもらわないことには、納得できない空気がある。それは、「学校に行かなければ子どもがダメになる」という半ば信条(いや、マインドコントロールという言葉が一番近い)に近い思いこみがあると思う。
仮に健康な子どもがいたとして、その健康さゆえに学校にあわず、不登校になることがあったとしよう。それで、不幸なことに病院につれていかれて、精神疾患ということにされて病名がつけられるやいなや、「治療」と称した棄民政策がおこなわれてきた。しかも悲惨なことに、それが野放しにされてきた。およそ5年ほどの「治療」で、健康だった子どもはムーンフェイスとなり、副作用によって歯が抜け落ち、ろれつもまわらなくなるので、成人するころには病名は内実ができあがり単なる病名ではなくなっていることになる。これは想像ではない。私はこれまで、そのような子どもを数人みてきたからである。実に、「登校拒否」を治療するために、麻薬と似た習慣性をもつといわれるリタニン(メチルフェニデイト)などの抗精神医薬が何のてらいもなくつかわれる。それはそれとして、私は思うのだが、学校生活を何の問題意識をもたないまま、百パーセントその世界を受け入れてきただけで成人したとしたらそこで生み出される社会性のほうが、もっと危険であり、これももっと問題視にされていいだろう。
だから、「100点満点! この子の将来が心配だ!」という、作家・五味太郎さんの言葉は名言だとおもう。それから、「ひきこもり」には、子どもが学校を拒否したのは、あくまで本人に原因があるという立場がある。私はもちろんそのような立場ではないが、学校問題を棚上げにして、100パーセント子どもに問題があるなどという観点を受け入れなければ、その立場を理解できないだろう。100パーセント学校に問題があるとなど、誰もいわない。しかし、問題のほとんどは、学校側か、それとも学校文化が生み出してきた精神構造にあるのではないか。
昨今の「引きこもり対策」そして、あるテレビ報道が何のコメントなく暴力的な手段をもってしても、子どもを再登校させる映像を流していたが、そのようなもやは常軌を逸したとしかおもわれない、子どもの人権を無視した考え方がある。
それゆえに、私はこのような昨今の「ひきこもり対策」の今後のゆくえに杞憂を覚えざるをえない。
だからといって、私は「ひきこもり」という概念そのものに賛成していないので、「ひきこもったほうがいい」とも言わない。
けれども、不登校になった子どもが、自宅を居場所として、学校の呪縛から解放されるのだとしたら、そのことをまず肯定して受け入れなければならないのではなかろうか。
子どもが家で育つのはあたりまえだと思うからだ。
ホームスクーリングマインドが市民権を持たなけば、行政側が操作したプロパガンダにますます翻弄されているばかりで、解決が見えないのは当然のことである。
「ひきこもり」を受け入れない国 (その2)
●ある電話●
ある日、フリースクールで出会った少年の母君から電話をいただいた。彼は、私と出会う前にキリスト者であったが、私とは牧師と信徒という関係ばかりではなく、フリースクールのスタッフと所属する子どもの関係でもあった。
母一人子ども一人の母子家庭、そこに祖母が同居されているというご家族であった。
その母親からの切々たる長い電話の概略は、次のようなものであった。
「最近、息子が胃がいたいというので、近くの胃腸病院でみてもらったところ、胃潰瘍という診断だった。しばらく、それで治療をすすめてみたところ、なかなか効果がなかったので、問診を繰り返していたところ、《登校拒否》の前歴から現在フリースクールに通っているという情報が医者側に伝えられた。その過去をきくやいなや、医者が胃痛の原因は、登校拒否をするような精神的面での弱さが原因と思う。だから、これからは胃の治療と平行して、精神疾患の治療をおこなう」と言いわたされたとのことで、母親はおろおろした電話の先で、「お医者さんに、精神病扱いの治療をやめていただくように頼んでいただけませんか」ということであった。胃痛の原因は登校拒否に原因があるとみたことでさえ、飛躍なのではないかと思われたが、なぜ分野違いの「治療」に手を出したのかという印象があった。
●病院で●
あらかじめ、電話で私が牧師であり、フリースクールのスタッフでもあることを伝えた。治療にあたった院長は、なかなかの押し出しであった。「登校拒否を精神的な弱さとみるのは、一つの考え方に過ぎないのではないでしょうか。胃の治療の範囲でとどめていただきたいというのが親御さんの希望です。」と私はやや語気を強めながらもそのように言った。
それに対して「抗精神薬は使いますが、とても弱いものです。投与する時期を決めていますので、効果があるようなら止める予定です。安心してください。」という医師。
それならば、ということで、その場は終わったのだが、実はそれが終わりではなかった。
数週間後、母君からこんな概要の電話をいただいた。「あれから、抗精神薬の投与が続けられたが、効果がないということで、入院治療になった。それも、最初個室を希望していたのだが、集団不適応の観察と治療が必要ということで、集団部屋にさせられた。やがて、最初弱い薬だったようだが、効果がみられないということで、強い薬がつかわれるようになって、今は食欲もなくなり、立っていることもまともにできなくなって、とても見ていられないので、転院か、さもなければ退院させていただけるように言っていたたけないか」というものであった。そのままを直接言えないところに、威圧的な空気があったというべきか、やはり女性の立場を蔑視する空気があったとみるべきか。
この段階で、少年の体重は、入院前の3分の2に減ってしまい、食欲がないことに加えて、少年は、ストレスと不眠をうったえていた。不眠を訴えると、なんと、医師は「睡眠薬」を投与した。その上、強い睡眠薬が胃を痛めるからということで、胃薬がくわえられていたので、毎食後に飲む薬のかずは、10錠を越えていた。見舞いに言った私は、その袋入りの薬の量の多さに言葉を失った。
食事は、何のためか…。まるで薬を飲むために、胃を整えるために食事をするようなものである。●転院●
母君とは、方策を話し合った。この段階で退院を申し出ても許可してもらえる可能性は低い。ゆえに、「転院」という方法を手案した。ただし、同じような考え方をしている医院だと、もとの黙阿弥になるので、東京くにたちの、ある小児科女医に相談し、転院のことを打診し、許可を得た。
くだんの院長には、転院が受け入れられていたことを伝えた。そうするとあっさり、診断書を書いて、転院先に紹介してくれることを承諾してくれたのであった。なぜかわからないが。
私は、同じ日に許可されて問診の場にいたのだが、転院先の女医は、このように言った。
「精神医薬は、神経機能を低下させるのがおもな目的です。緊張している状態をコントロールするのがねらいですが、体力を著しく落としたり、副作用の多くによって手遅れになることもあります。この薬を身体から完全に駆逐しなければ、もとの状態に戻らないでしょう。身体の中に生まれた薬物システムを、より無害な漢方のものに完全に入れかえて、半年後に薬とさよならしましょう。」とおっしゃった。私はフェミニストではないが、このような視点は、母親の子どもへの切実さから生まれるのだと疑わない。ただし、このような視点は大勢ではない。いや、、むしろきわめて少数派である。それゆえ、保険適応から除外されている。
つまり、医学界の大勢は、「不登校は病気であり、治療が必要である」という立場にあるということである。●回復●
およそ、半年後少年は、もとの体重を回復し、元気にフリースクールに通うようになった。そして、最近、結婚し、ある地方教会のスタッフの一人として宣教活動に加わっている。あの時の少年は、すでにりっぱなおとなである。このかつての少年が登校拒否になったのは、給食の時間に時間の15分内に食べることを、教師がクラスに要求し、彼は食事を食べるのが一番遅かったので、教師は彼が食べ終わるまで教室のみんながその場にとどまるように命じたからであった。
食事が終わらない彼が、教室のみんなのまなざしに晒されている心は、どんなであったかとおもう。だが、そのような経緯を院長はいっさい聞かなかった。どうしてだろうとおもう。おまけに、というか皮肉にというか、通っている教会で牧師から、「不登校がいやされて、主の恵みによって再登校できますように」と事実上説教のなかで、名指しで自分の不登校を非難されたと思わされたということが重なった。もちろん、牧師は、人を傷つけようとして説教しているのではない。しかし、結果として隠れた深刻な傷を負わせてしまうということがありえる。この事件があった後でも、信仰から離れなかったのがほんとうに奇跡のようだ。
医療が、そして学校ばかりでなく、教会にも学校の呪縛で覆われていた時代があった。
あったのか?
いや、今でも学校信仰という見えない皮膜で覆われているのではないか。
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世界は、自分の複製を造ることができたという恐るべき医療技術「クローン人間誕生」のニュースに動揺している。瞑想(迷走?)途上にあるとはいえ、「私は医療部外者なので、コメントできない」などとはもはや言えないと思った。
医学の世界に対して国家による法的強制力が必要なほど、この道は人類にとって危険であるという認識が広まっている。だから、今回の出生にいついては、事の信憑性が疑わしいとされていることを差し引いても、クローン人間の危険性の第一は、生殖と出産についての聖書的定義に対して変更を迫るばかりでなく、究極的には結婚や家庭制度の破壊へと傾かせることにあるといえると思う。
そして、最も深いところには、創造者なる神への反逆があるのであろうことは疑えない。
それにしても、日本の政治・言論界・そしてキリスト教会がどれだけこのニュースを「危険視」しているのだろうかと思う。
そうとはいえ、日本では、2000年11月30日、クローン人間を生み出すことを禁じた「ヒトクローン技術規制法」が成立した。罰則は最高で10年以下の懲役、または1000万円以下の罰金。すでに、2001年6月から施行される。ところが、一方で、利権主義や政官業癒着の「日本病」がガン細胞のように隅々まで浸潤していて、このての問題ばかりでなく、何の問題であれ、機能不全に陥っていて、どこ吹く風のような空気が蔓延しているのではないか。
法律がすでに禁止しているから安心なのだろうか。
確かに、クローン人間製造は禁じたが、その一方で、逆にこの法制化によって「研究」が守られるように、「クローン胚研究」には公然と道が開かれている。つまり、「研究」の名のもとに、またしても問題点から目を反らす結果になって、本当の倫理問題は棚上げにされた。
これは、伝統的家庭観への挑戦や、性差を相対的にみる時流とも絡んでいるのだ。
さらには、疾病を判断する上の倫理的課題の議論はさておいて、性同一性障碍治療と、その障碍への外科的処置を医療現場が受け入れる時点でさらに加速していたのだ。やがて、日本社会でも「ゲイカップルの結婚とホームスクーリング」などを話題にする日がくるのだろうか。
背後に横たわる家庭制度や結婚制度の相対化がもつ危険性は、すでに、体外出産(試験管ベビー)が可能になった時点でも、語られていたにもかかわらず、その一方で懸念の声をものともせずに、「科学の勝利」「不妊治療」の美名のもとに既成事実だけが積み重ねられてきたのではないか。
一方で、科学とりわけ医療科学は、昨年ノーベル賞をお受けになった田中さんの発見のように不可能な治療を可能にし、病で悩む人々にたくさんの希望の光を与えてきた。
でも、それだけではない。むしろ、医学科学は、ここしばらく家族制度や結婚制度を相対化する影の牽引力として、事実上の反キリストの側に貢献してきたのであり、いいかえれば、性にまつわる「治療分野の拡大」の多くは、明るい未来ばかりではなく、一旦聖書の世界観(男女観・結婚観)への反逆に歯止めがきななくなるとどこにいきつくのかということを暗示しているともいえるのである。
法的処置にもかかわらず、それどころか今度は公然と「研究」の名のもとに、「人間のコピーを造りたい」という願いは消えないどころか、野心家の心に火をつけたことだろう。
暗澹たる重苦しい気分に捕らわれるが、創造の秩序に対して明らかに犯罪的な行為に対して、創造者なる方は、必ずやふさわしい「さばき」を加えられるであろう。ゆえに、聖書に教えられるキリスト者は、今に続く歴史の中でもそのような「創造の秩序への挑戦」の数々をみてきた。
つまり、あの有名なソドム、そしてパウロがロマ書で語るようにローマ社会に蔓延していた男色趣味に対して示された使信がある。それに基づいて、宗教改革者たちがかつてドイツの「ミュンスター千年王国」でおこなわれた一夫多妻復興に対してみたように、私は聖書で示されている創造者の意志は、性倫理に関してもいつの世でも一貫しているのだとみる。
ゆえに、有能なパリサイ人であったガマリエルのように(使徒5章)「歴史におこったことと同じように、ろくな顛末を迎えないだろうから」と、放擲(ほうてき)して静観してみるのも、それはそれで一つの立場かもしれない。が、しかし、「嵐はそのうちのほうっておいても収まるのだから、分相応であればいいのであって、専門家ではない庶民は、淡々として黙っておれば良い」という立場を私はとらない。
ゆえに、明確にヒトクローンに明確に反対する立場を教会や国家がとらなければならないと思う。それは、創造者への反逆であり、民族や国家を破滅させる傾向をもっているからだ。
もし、沈黙を唯一の選択肢とするなら、確実に「疑似母体となった人が、自己で体の一部を必要とする場合、自分の一部あるいは全部を差し出させるという目的だけで、生まれてくるクローン人間」が世に顕れるのは時間の問題だ。
この時、クローンは、人間扱いされない。もはや、ただの人体部品だ。
それは、SF映画のコピーではない。