はるさんの瞑想録
 

 #「なぜ」「どうして」は禁止
 #「シックハウス症候群」の轍(わだち)
 #同じか、違うか、それが問題
 #恐ろしいことの《序曲》
 #「わかりやすくいえば」を考える
 #「姓」のこと
 #イラクの空の下
 #憲法の平和主義について
 #数学の抽象性について
 #[Tears in Heaven]考


「なぜ」「どうして」は禁止

 家庭教師先の高校生が期末試験ということで、「高校世界史」というのにつき合わされた。
 思い返せば、私は、普通高校に行っていたのだが、自慢することではないが、自慢したい唯一「あかてん(30点以下)」科目があった。
 それが他でもない。「世界史」だった。
 本当は、歴史は好きだったし、人物中心の伝記全集はもちろんのこと「〜の歴史」という本には、非常に興味があって沢山とまでいえないが、比較的読んだほうだと思う。
 ところが、高校の世界史ときたら、典型的な「穴埋め問題」ばかりだった。
 つまり、だれかが解釈したひからびた歴史的記述の名詞部分や年代などに空欄があって、最終的に文章が成立するように空欄部分を、ひたすら覚えることだけが要求されたのだった。とても、食えた代物(しろもの)ではなかった。つまりは、私が受けた「高校世界史」の学習スタイルが35年以上たった今でも続いていることが確認できたということだ。
 話を返そう。
 私が「赤点」をくらったのは、(授業をさぼったわけではないが)高校世界史の勉強を内面的に完全にボイコットしたからである。もし、世界史がただ誰かの書いたものを暗記するだけで終わったとしたら、これは利益がないというだけでなく、有害だと私は思った。それは負け惜しみからではなく、むしろ、それで歴史への興味が削がれずに守られたのだと思う。
 なぜ、「有害」なのか。
 第一に、歴史から「なぜそうなったのか」という過去の脈略の中での因果関係を学ぶ意味を台無しにするからである。現代をもっと知りたいと思うなら、過去におこった類似した出来事から学べるかもしれない。現代を知る必要が生まれるなら、最初の作業として、当時において、まず過去との脈絡から何があったのかを探求すべきだと思う。
 なぜ、今なのか。それを知るためには、なぜそうなっているかを時間を遡って過去から調べなければならない。ところが、高校の世界史では「なぜ、そういえるのか」という問いは禁物である。そんな質問をまともに考えはじめたら、点数をとれなくなる。知識のためではなく、点数のためにやるのは、もはや学習とは呼べない。だから、むしろ「高校世界史」では考えることが禁止されているのだといえるのだ。
 そのような学習なら、むしろしないほうがいい。
 第二に、「それが、現代とどういう関わりがあるのか」という、過去と現在との関係性を考えることが許されていないということである。つまり、高校生には、家永さんがおっしゃっていたように「若い人に対して、現代への問題意識が生まれて、知られては困る過去がある」ということから文部行政主導による情報操作さえあるのではないかとさえ勘ぐられよう。
 歴史を学ぶことは、当然のこと非常に重要だ。
 いわゆる歴史主義の立場が物知り顔で、まことしやかに説くように、「ファクタ(事実)」と「ディクタ(記述)」をナイーブに分離する立場に引き寄せられていうのではないが、聖書を学ぶにも「歴史を学ぶ」という視点が必要なことは言うまでもない。当然のこと、故きを温めて新しきを知る=「温故知新」なしには、もはや歴史学とはいえないと思うのである。
 
 高校の期末試験対策とは、穴埋めが完成した断片的文章をひたすら暗記することである。
 ここでは、歴史の意味を考えてはいけない。
 とにかく、考えてはけない。
 よけいなことを考えると、落第するから。
 
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「シックハウス症候群」の轍(わだち)
 
 もう2年ほど前になるが、シックハウス症候群による化学物質過敏症患者のネットワーク(市川信子代表)のお誘いを受けて、厚生省を数度か訪問した。患者の情報交換の場として、患者の立場からHPも立ち上げられている。 http://www2.ttcn.ne.jp/~MCSmeeting/
 妻がシックハウス症候群なのだが、直接の患者ではない私がこの「陳情団」に加わったのは、理由がある。 
 つまり、患者たちは、直接厚生省に陳情に行きたいのはやまやまなのだが、人混みやマーケットは勿論のこと、化粧品やシャンプーなどにも反応し、人によっては電磁波過敏症も併発しているので、切実度の高い患者は、ほとんど官庁の中に入ることすらままならなかったからである。
 シックハウス症候群の実態は、しばしば報道されているよりはるかに凄まじい。もともとは、新建材や、内装の壁紙などから揮発するホルムアルデヒドなどの化学物質にが原因なのだが、病にむしばまれた体には、少しでも添加物が入った食品をはじめ、現代人の使うほとんどすべてのものによって神経反応が引き起こされるのである。結果として、ひどい鬱になり、あげくは厭世的になって、患者の中には自殺した者さえいる。
 主に新建材からの揮発物質が原因。これは、新築建材のほとんどに合板が使われるようになったことで、樹くずを接着剤で固定してさらに薄い板同志を張り合わせた合板を使うことや、その他、床下の白蟻駆除剤、除菌抗菌剤、漂白剤、農薬づけの畳などによって、外観の美しさとは別に、「毒薬の固まり」のような代物によって、日本の新建材がまかなわれてきたという現実がある。「合板のほうが無垢の木より経費がかからないからだ」というが、背景はそんなに単純には語れない。
 当時、米国では「シックスクール」など、学校建材の汚染や被爆問題など話題が豊富にあったのに、厚生省サイドでは長い間、シックハウス症候群という病気の存在さえ認めようとしなかった。
 当然、建築業界が絡んでくるので、本質的には「建設省」とか「通産省」(現・国土交通省)となるのだが、縦割り行政の弊害で、患者の窓口は厚生省となっていたのだ。患者のサイドでは「厚生省なら“病名”をもらいに行こう」ということになっていた。つまり疾病の存在を認めてくれないということは、治療を担当する医師がいないとうことであり、当然「保険の対象にならない」ということを意味していたからである。
 検査も、(実際は薬による治療ができないので、医学的にも未開拓というのが現状)治療も保険がきかないので、多額の実費を払わされることになる。
 転地療法を勧められて、引っ越し先を転々と変えて、泣いている患者も決してすくなくない。
 さて、陳情団一行が面会を許された厚生省側の担当官僚さんは、内科医の資格をもち、そして各省内の事情にも詳しかった。かみ砕くように、「合板の使用がやがて健康上の問題を引き起こすであろうことは、かなり前から知られていました。」とおっしゃった。
 私たちは、これをきいて語気を強めざるをえなかった。「それなら、どうして、早くから規制をかけるとか使用を禁止するとかがなかったのですか!」「それは、薬事行政の問題かもしれません。たとえば、外国から輸入されるなどしたホルムアルデヒドなどの薬品を管理する場合、日本では規制をかけている行政に主導権があり、事実上特定組織に一括統制されて認可と不認可が管理されます。これが一つ。それから、同じ薬品であっても、建設業界には、接着剤としてつかわれ、一方、消毒剤と名を変えて、厚生省を窓口に医療に使われるのです。事後効果がどうのこうのということは考えられたことがありません。建設業界が、たくさんの合板を在庫としてもっている限り、業界としては在庫整理が優先課題とされる以外はなく、病気の存在を認めたくないのです。そんな建設業界と薬事行政はこのように切っても切れない関係にあります。特に、東大医学部の医学界への発言力は強く、おそらくそのあたりに患者さんの声が生かされにくいシステムがあることは認めます。被害を認めさせるには、かねてからの抵抗を予想しながら、先ずは有害性が分かり易いトルエンやキシレンから始めて、プロトコルを(言語概念)徐々にあわせることから、作業をはじめなければなりません。新築建材の現状は、室内に毒ガスを捲いているようなものだということは認めます。」(「特定組織」名が語られたが具体名は伏せる)この国は、どこでも、「東大」という一声にきわめて弱い。
 この官僚さんは、とても良心的で、いつも患者サイドに立って発言していたために、後日中央官庁から地方に単身転属になった(ほされた?とばされた?)とは、患者界隈のうわさによる後日談である。ただし、この分野での患者からの情報をふんだんにもっておられ、ご自分の自宅については、ちゃっかり…というか「したたかに」というべきか檜木や炭などをつかった完全に自然な素材を使っておられるとのことだった。「情報をもっておられるのなら、もっと、患者さんの立場で、大企業に苦しめられている弱者を救ってください」と私たちは陳情しなければならなかったのである。
 ただし、この時の官僚さんの働きかけによって、昨今は比較にならないほどマスコミなどに情報が積極的に流されるようになった。とはいえ、いわゆる「健康住宅」として産業化されうる範囲での情報公開であって、今だに患者には萱の外であり、認定はおろか、支援制度は皆無である。
 そんな中、ある時、私は、ある大きな建設業であるD企業に質問状を書いた。しばらくたって返ってきたのは「そのような症例は、これまで報告されていない。奥さんのお年からすると更年期障害など、年齢的なものが原因なのではないか。」という、とても飲めるような答えではなかった。私は、言葉の揚げ足取りを弄んでいるのではない。大企業は、合板建材を使い続けるとあきらかに人体に害があるとわかっていながら、営利のために建材として使い続けていたのだ。(ある企業の管理職の方に来ていただいて、直接その内部事実を伺った。)
 企業営利のためには、患者の叫び声を聴こうともしなくなるという腐敗した倫理観がここにみえた。だから、シックハウス問題は、かの薬害エイズの顛末で患者を見殺しにした業官癒着システムがもたらす災いと本質的には何ら変わらない。
 いつの日からか、患者たちは、自分たちのことを「被曝者(ヒバクシャ)」と呼ぶようになった。この事実もほとんど知られていない。
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同じか、違うか、それが問題

 Walter Martinというカルトの研究家が書いた「The Kingdom of Cults(カルトの王国)」という本が興味深い。この中にあるカルトのリストの中に、マーチンは「セブンスデーアドベンチスト教会」をあえて入れなかった。
 それで、マーチンは、その理由を、巻末に100頁にわたり紹介している。私は、入れるか入れないかという議論ではなく、マーチンの採用した方法論について、感じていることを述べたいと思った。つまり、マーチンはセブンスデーアドベンチストを4大カルトの一つとみなしたオランダの神学者ホェッケマに対して、反論したのである。いわずもがな、プロテスタント教会が様々に分岐してきた歴史をもつ米国からすると、さまざまな教義や教派的強調点をもっているにせよ、たとえば、モルモン教に対してさえも、交際のための知恵のようなものが備えられてきて、あたかも親戚関係のようなつき合い方ができるような米国の気風があるのかもしれないと思う。
 それはそれで、自由な国にふさわしい。このように、米国での教派分岐の歴史は複雑多岐を極め、カルトと呼べるものとそうでないものの区別についても、さまざまな意見がある以上に、非常に見えにくく曖昧になっているのかもしれないと思った。つまり、どこまで同じで、どこまで違うかという点を踏まえながら、考えていくと、セブンスデーには福音的諸教会とかなりの共通点が浮かんでくるとみなされるというのだ。このような判断の背景は、公開質問状としてあらかじめ用意した質問への答えとしての返信を詳細に検討した結果の評価があるとしている。
 ただ、これは方法論そのものからして、正確な判断が期待できるかどうか疑問であると思った。同時に、私自身は、マーチンのこの評価の仕方には、結果として一般的な問題や重要な課題を、「枝葉末節」とみなさせてしまう傾向がありはしないかと懸念した。あらかじめ用意した質問に対して答えるというのは、いわばしたたかな誘導尋問のように質問者が期待した方向に結論づけることになりはしないだろうか。結論として、マーチンはセブンスデーアドベンチストは、カルトと呼ぶにはあまりに「同じ」とみた。
 最終判断とは別に、ものの判断以前の課題として、マーチンの態度には、非常に学ばせられることが多い。私の経験から言えば、数年前、ある熱心なカトリック教徒のお宅で、家庭教師をしていたことがある。その3年間の経験で、彼らがプロテスタントの一般論のなかで言われているような「誤った教義にとりつかれた人々」というイメージとカトリック信徒の敬虔な現実の姿とのあまりの隔たりに驚き、またキリスト者としてカトリック教徒だからというだけで偏見のうちにみてはならないと思わされた。ただし、彼らはキリストにある古典的な教義を受け入れる一方で、同時にマリヤの昇天を信じ、マリヤに対して祈りを捧げる人であることには変わらなかったのである。それもこれも同じとは思わない。レイモンド・モア先生はじめ、セブンスデーのサイドにあって、真面目でしかも世俗からも尊敬を集めるような方がおられることは否定できない。だから、セブンスデーの一員にも、神の国に属する民がおられるという立場を受け入れるマーチンに、私も同感である。
 では、それでは、「では同じなのか」という点が問題だ。
 “同じというには、あまりに違う”とみなして、その意見をいえるのが、実はオランダなど外国に身をおく神学者であるということが重要だと思った。米国内が多元主義だということは、身内に対しては甘いという体質を温存しているということにならないか。実は問題がひどく深刻なのに、「互いの違いを認めて、社会生活の面からは、尊重していこう」という。それはフレンドリーでいいのかもしれないのだが、国際社会との一種のずれが生まれはしないかと気になるところである。だからたとえば「イラクとの戦争をどうみるか」など、米国社会から一歩外に出ると評価が変わることも多々あるのだ。その一方で。アメリカ社会は、一旦これはすぐれたものであると評価されるやいなや、全面的に受容できる柔軟性をもった本当の強さをもつ国であることをホームスクーリング情報などをみて、よくよく思わされている。
 期待感か?あるいは、それに近いものなのかもしれない。
 実は、セブンスデーと伝統的プロテスタントとの乖離は、たとえば食物のユダヤ教的コードをもつこと、土曜安息日、いわゆるエレン・ホワイト文書の独特な取り扱いなど、複数にわたるので、とてもひとかた縄ではいかないのである。
 日本国内でも類似した現象がみられる。たとえば、日本では内村鑑三の弟子達には、非常に多用多岐にわたる変遷があり、福音的と呼ばれる群があるかと思えば、批評学にのめり込んで、聖書を全く否定するに至った群もある。もし、日本人として内村に惚れ込んだなら、それこそ「あばたもえくぼ」であり、弟子達のリベラリズムさえ受け入れたくもなるだろう。そして、あえて内村鑑三の著作群から福音的教義の要素を捜そうとおもえばいくらでも見いだせる。確かに、内村からキリストの福音に導かれた方は非常に多い。けれども、韓国から内村鑑三の無教会主義を見ると、その教義はまさしくカルト的要素を含むものものだ。無教会主義とは、まさに現在の北朝鮮の基礎をつくった人々がキリスト教を捨てるにいたった過程にあった、重要な鍵になるともいえる教義だったからである。
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恐ろしいことの《序曲》
 
 最近、スパンクのことが遡上にあげられることがしばしばある。
 いわゆる欧米人伝来の「スパンク」は、日本語の体罰とはやや意味合いに違いがあると思う。 体罰という言葉には、教育というより、ルール違反・掟違反のみせしめという虚無主義的要素が感じられるからである。しかし、親が深く子どもを愛しているからというだけではスパンクを語れないほど、その中身は複雑である。それで、クリスチャンホームスクーリングの場合、スパンクできるかできないかは親が伝えたい信仰の本質にかかわるために、なおさら画一的でステレオタイプな取り扱いはすべきではないと思った。
 当然、私はスパンク肯定派である。ただし、自分の経験では、それが実際に必要な場面は、それほど多くはなかった。ホームスクーリングでは、親子の会話が想像以上に育まれれる環境なので、問題のほとんどが親子の会話の中で解決できてきたからである。たとえば、子どもが親に反抗的な態度を示す場合、内容がどうあれ反抗的であるというだけで「スパンク」を与えたとするなら、その場合子どもには一種の回避能力が備わることになり、少なくとも親の目の届く範囲ではスパンクを受けないようなアクションを選択することになるだろう。つまり、この場合、子どもに植え付けられているのは、回避能力であって、本当の意味での親と創造主への従順ではない。これが恐ろしいことの《序曲》になるのだ。
 ここで子どもが獲得するであろう能力とは、「対峙している相手をみきわめて、より安全な地歩に身をおく」ということになる。
 よくお考えいただきたい。これは、親が見た目には、従順になったように見える。が、実はそうではない。“見た目に従順を装っている”だけで、心から「神を恐れている」というわけではない。
 しかも、困ったことに、子どもは「どの程度、どんな材料で威嚇したら、相手を意のままに操縦(コントロール)できるか」という親の考えも及ばない、マインドコントロールという負の遺産を学ぶことになるのである。もし、このような学習システムがホームスクーリングの中でさえも確立してしまうと、たとえば、親に対して圧倒的に力が弱いと自覚できる10代前半の時代では、親の側ではシステム確立の安定感に満足して「我が家では子どもは、親に従順に育っている」と自他共に認めていたとしても、親は肝心なときに子どもの内面におこっている恐ろしい逆転現象を見抜けないままにおかれていることになる。
 子どもは、本当の意味の取り返しのつかない「反逆」を18才前後に見せるようになるだろう。つまり体力や知能など、ほとんどの面で親を上回るようになった時点で、親は、子どもが心底、自分と反対側の世界にいることに気付くのだ。
 このように、子どもを取り戻せない状態になって、たとえば子どもの意見を聴いたとしても、子どもはすでに、信仰のことを完全に学べなくなっているのだ。かえって、世俗的唯物主義や金銭優位主義を守るために、ありがたくもない理論武装さえしていることになるだろう。
 繰り返しになるが、子どもの時代に親から学んでいたのは、実は「神を恐れること」でも「みことばへの従順」でもなく、威嚇に対する適切な服従の関係、それから権威の猛威から身を避けるための適応能力だけである可能性がある。この立場だと、威嚇がないところではそれこそ無法状態におかれるだろう。なんでもござれ…。ということになる。
 このことは、数年前、私はそのような事例と向き合わなければならなくなって、愕然としたことに由来する。いわば、現実の裏付けがあるおはなしなのだ。具体的には一切書かないが、当時クライエントとなったあるクリスチャン家庭は、ホームスクーリングではなかったが体罰中心で子どもを育てた。ところが、かつて従順だった子どもは、いわゆる某有名私大入学を果たした後、教会生活…、いやクリスチャンであることそのものを完全に止めた。恐ろしい話である。理性主義や世俗主義が聖書信仰を侵食する速さは、実は親が想像している以上に早かったのだ。
 子どもが反抗的な態度を示す場合、親がその意味をよく理解して、子どもの反抗があきらかな神への反抗だった場合なら、親は「鞭を控えてはならない」という言葉は文字通り適応されるだろう。けれども、実際には「親から見て、子どもが反抗的に見えるだけだ」という場合がいかに多いことか。ほとんどがそうだとは言わない。けれど、神を知りながら神を神とも思わないというのは、無知な子どもの側ではなく、むしろ神知識のある大人が陥る罪なのである。
 だから私は、いつも「自分は子どもに反抗されているような親をやっていないだろうか」と疑わなければならないと思う。子どもの目から見て、親の考え方や、それこそ信仰の態度が「反キリスト」と思われるような場合もありうるからだ。子どもの視点からみて、親があきらかに反キリスト的であるとみえるのに、ただ反抗的であるというだけで親が手を挙げていたとすれば、これはむしろ、親の側こそが愚かな行動をしているとみなされるだろう。いつでも、子どもの視点は「まともだ」などと言おうとしているのではない。子どもじみた先入観にとらわれた反抗なのかもしれない。もし、そうだとしたら、なおさらのこと親は手を挙げる前に、スパンクの義務以上に、親の側には子どもの言い分〜子どもがどんな問題意識をもっているのか、何に不満なのか、聴く義務があるとおもう。くれぐれも「おまえが今何をしたか、自分の言葉で言ってみなさい」と子どもに命じるという意味ではない。そのようないい方は、威嚇であって、話をきいているのではない。もし、親の側に子どもの話しを冷静に聴く余裕がないなら、スパンクは逆効果である。
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 「わかりやすくいえば」を考える
 
 このテーマは、英語では[over-simplification]と呼ばれ、希に哲学の課題として論じられる。とにかく分かり易くすべきものはある。たとえば、パソコンや携帯電話のマニュアル類。異常なまでの分かりにくさが話題になって、かなり改善されたといわれる。当て字などが多用されることの多い名前の呼び方も、できるだけわかりやすいほうがいい。もちろんかくいう私のホームページにも、分かり易くする努力が必要だろうが…、確かにその道は遠い。
 けれども、分かり易ければなんでもいいというわけではない。
 第一には、「わかりやすくする」ためには、対象となる事柄の全貌を知っていなければならない。ことあるごとに「分かり易く言うと」を頻発する論説に出くわすと、私は非常に困惑する。
 口癖のように「客観的に言うと」というのも。
 ものごと、実際には単純にいえないことのほうが多い。「真理とは単純なものだ」といわれるだろう。それもそうだが、本当に真理かどうかに要があるのであり、単純化して真理を偽装することだって世の中にどれだけ多いことだろうか。
 それが、聞いている側の立場に立って、つまり、受けての理解力にあわせて表現を丁寧に言い換えているのか、背景として必要なデーターの分析や地味なフィールドワークをごまかすためのいわば、「煙幕をはっている言葉」なのか区別できないからである。前後の脈絡なく、不必要に外国語を乱発する論説にも戸惑う。外国語から説明が必要がある場合も当然あるにはあるのだが、いかにも煙幕をはっていながら、聞き手さえそれに「ありがたみ」を感じてしまう風土に問題があるのだろう。これを儒教的であると大塚先生か誰かが言っていたと記憶しているが、それが本当の知識や経験が育つ環境とは全く正反対だということはいえる。
 だから、「分かり易く言うと」をあまり何度も頻発する論説を私はあまり信用しない。
 「わかりにくければ、わかりにくいほどありがたい」その中身を、わかりやすく説明してくれるとなればもっと「ありがたい」というのと何ら変わらないことになるからだ。
 第二に、「わかりやすさ」が、身勝手な決めつけや思いこみや、先入観と同居するとき、政治的プロパガンダのように、それ自体罪の温床となるということがある。ナチは、「ユダヤ人は、人間に値しない」と言い続けて、虐殺を実現してしまった。(もっとも、これは単純化というよりは、「単純な嘘」と言ったほうがいいのだが、現代的な政治的マインドコントロールにも「単純化」という手口がみられるだろう)
「学校に行かない(行けない)ような子どもは、とりかえしのつかない人間失格に陥る」というのもりっぱな単純化による政治的プロパガンダなのではないかと思う。
 私は、昨今の教会学校の低迷に、聖書のメッセージをあえて「分かり易く」してきた子ども用教材が一役かっているだろう思っている。たとえば、天使ガブリエルを描いた絵に「羽根」をつけたがるのは何故なのだろう。ことごとさように、ひとたび聖書が言っている文字どおりの天使観から、かなりずれたイメージの単純化がおこなわれると、たとえ教育の名のもとであれ、単純化の刃は聖書の示している限界をいくらでも飛び越えてきたのだ。
 「目黒の秋刀魚(さんま)」という有名な落語があるが、あの落語の中で、殿様は秋刀魚の骨を咽にひっかからせてはいけないと気を利かせた忠実な家臣によって、いつも骨も頭もないまったく原型を止めない代物を秋刀魚と思って食わせられていたので、生まれつき本物の秋刀魚を見たことがなかった。(ここで、私は「言いたいことを分かり易くするために」落語の話題に触れた。)
 それに、幼児表現を多用することや、図表化、それに分かり易くするためのひらがなの多用。
 私は、幼児表現(幼児語)は、絶対に子どもためになっていないと思う。日本語を話す大人がいて、子どもがうまくまねできないのが「かわいい」というのはあるかもしれない。その感覚がわからなくもない。けれども、親であれ教師であれ、だからこそ意識して正確な日本語を使う模範とならなければ。でも、私にとってはその道さえはるかに遠い。 
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「姓」のこと

 私は、普段、何かを考えながら電車に乗ることが多い。
 長老教会東京中会の一泊会の手配のために、幹事を私がするということになり、電車に乗って、都内の施設まで予約に行ってきた。
 帰りの電車の中で「夫婦別姓」のことを考えていた。
 かつて、中国人留学生と友人になった。新聞配達の苦学生だった彼が、ある日体調をこわして入院したのを見舞ったのが出会いの最初である。彼は私との出会いを境に、奥さんと共に、後日受洗し、夫婦ともキリスト者になった。
 中国麗人画から出てきたような奥さんは、旦那さんとは別姓であった。あえて、別姓なのではなく、「中国では夫婦別姓は当然」とうかがって、夫婦同姓を疑ってこなかった私にとっては、とりあえず「文化の違い」なのかもしれないと思っていた。ただ、今まで数名、別姓のご夫婦と懇意になったが、根底には国家による戸籍管理への抵抗、さらには社会の単位を結婚制度の外、個人からはじめるという主張があった。ただ、中国人にとって、姓の意味は、やや違いがあるのかもしれないと思った。たとえば、韓国人にとっては、「同姓同志は結婚できない」という法律ゆえに、深刻なことは当然だが、中国人にとって、姓は個人の一部であり、妻を呼ぶときも「名」だけ呼ぶことは少なくとも、彼の場合はなかった。中国語の音が日本語にくらべて、短いせいなのかもしれないが、音が短くて、一言でよびやすいからなのだろうとも思う。そうしたほうが言いやすいというだけの、便宜的な理由があるだけような気がしたものの、中国人の「姓」には別の歴史があった。
 実は、中国が日本より制度が進んでいるなどと思うのは「早とちり」なのであって、儒教の影響で徹底した父系制度のため、女は妻でさえ同族に加えられることさえ拒否するともいわれていることからすると、中国では男尊女卑が極まった結果としての別姓らしい。どうやら、男女同権をテーゼとするフェミニズムなどを背景にした日本の「別姓主義」とは、それこそ、背景天地の差がありそうだ。
 私自身は、結婚して女性の姓が変わることについて、全く抵抗はない。妻の改名について、聖書がはっきり命じているわけではないが、それが聖書的と言える。聖書に、夫婦同姓の根拠を捜そうとすれば、それほど苦なく捜すことができる。キリスト教とは、近代的な意味での個人主義の宗教ではなく、家を一つの信仰継承の単位とみる「家の宗教」であるともいえるからである。
 もとから戸籍は、国家による個人の支配であり、ローマ帝国の人口調査の強制によって、主イエスのベツレヘム行きが促されたことでも知られている。個人情報を国家が支配したがるのは、納税のため、それから兵役のため、それに思想統制のためである。
 国家の都合とは別に、戸籍制度確立以前には、たとえばユダヤの場合、長子の権利つまり、家の継続というものがあった。常識の範囲からしてさえ、家が社会の単位であると認めることは当然のことである。社会は、家が単位であり、そして信仰も個人ではなく「家」が単位とおもう。
 私を境にして、今後の吉井家の宗旨は、キリスト教以外にありえないのであり、家の構成員である個人の選択に任せられてはいないという意味でもある。
 一方で、夫婦「同姓」に抵抗したい理由もわかる気がする。それで、夫婦別姓にこだわる方には、それなりの背景や理由があるのだから、別姓の方のこだわりを尊重しなければないと思っている。ま、あえて、「めくじら立ててもの言う」ほどの、テーマでもないのではないかな〜…などと、今は中国西安に帰って音信が途絶えている中国人の旧友を思い浮かべてそのように思っていた。
 そんなことを考えながら、電車は国立市付近を通った。
 そうだね、くにたちにも、別姓夫婦が多いな。
 夫婦別姓のみなさんは、私の存知上げている限り、仲のいいとてもすてきなご夫婦たちである。
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イラクの空の下

 なぜ、米国は空爆しようとしているのだろうか。
 イラクが大量生物化学兵器をつくり、テロを支援する国家であり、戦略として先制攻撃こそが有効とみているからといわれる。事の信憑性については、具体的かつ精緻な証拠があげられているという。しかし、しかしだ。もし、仮に信憑性があったにしても、どうして空爆なのかと思う。仮に、信憑性が疑いようのない事実であったとしても、たとえば湾岸戦争であれだけイラクをたたいてもなお、戦争後に及んで、フセイン政権が維持されているのはどうしてかと疑う。何かの目的でフセインを泳がせているのではないかという解釈があったが、大きくは外れていないのではないか。どうやら、「きょくとうゆうじ」さんなどの敵がいなくなっては困る人々がいるのではないか。
 かつて冷戦時代、ソ連との間に、武器競争そして、有名なスターウォーズ計画があった。だが、ソ連崩壊後の今、仮想敵国として「宇宙人」をみる真面目な論調さえあった。
 湾岸戦争後の米国の関心事は、イラクの国情がどうかではなく、むしろ「空爆する」というその行為そのものにあったのではないかと疑う。それは、かつての大戦の際、原爆を使用する必然性はほとんどなかったのにもかかわらず、原爆を“試用した”としかいえない状況だったことをふまえるからである。つまり、湾岸戦争は「武器の在庫整理だった」のではないかとみるむきもあった。とにかく空爆したいということがあるのではないか。事実かつての湾岸戦争では、使用されたパトリオットなどの武器生産が追いつかないくらいに、戦争景気にわいた町もあった。戦争終結後、当時の国務長官氏は、日本に立ち寄ってクリスチャン信仰を語った。ところが、その同じ口で、後の中近東ツアーの中で、湾岸戦争で実践配備されたステルスやパトリオットの性能を語り、イスラム圏諸国に武器輸出の受注をとりつけるという武器商人としての大仕事をやってのけたのだ。やがて、戦争の火種になることを知っていながら…。
 いわずもがな、新しい兵器の性能が試されるのは、戦闘実践で使用するのが最もコマーシャルとしての効果にかなう。
 コマーシャリズムが本音なら、それはそれでわかりやすい。
 問題は、実際に空爆被害を受ける側でものごとを考えてはいないのではないかという点。人間の尊厳という視点からいえば、空爆には人間扱いという言葉は空しい。
 イラクはかつての日本のように頑迷で、空爆といういわば、見せしめを与えなければ、国際社会に順応させるなどということは不可能ともいわれるが、湾岸戦争後の顛末を注視してきたものとしては、すでに述べた理由で、はなはだ説得力に欠ける。
 北朝鮮への外交的圧力になったのではないかということがいわれるので、威嚇という意味があったかもしれないので、〜のふりあたりで止めておいてほしいと思う。
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憲法の平和主義について
 このテーマについては、ここ15年くらい考え続けてきた。
 私は以前、1990年秋あたりまで長老教会大会の「靖国問題対策委員」の一人であったが、ある特殊な事情から、委員として「お役御免」となった。
 委員を解任される直前つまり、当時委員だった頃、湾岸戦争が勃発し、ある教会から湾岸戦争を巡ってウエストミンスター信仰告白と日本国憲法の関係についての見解を出すよう求められ、大会はこの分野の研究と公式見解を示すように特命委員を選出した。私は3年ほど、その委員会の委員長として奉仕させていただいたのだが、ある時、様々な意見が交錯していて、まとまりがつく見通しもなかったことがある。結果として、いくつかの小論文をつなぎ合わたようになったため、文章化の経過のなかで不統一や用語の混乱があったのではと指摘されたことがある。
 神学教師を講師にしての数回の勉強会と、委員改選や3年ほどの調整期間を経て、1995年大会会議はウエストミンスター信仰告白の目差すところと、日本国憲法に示された平和主義が今の核戦争の時代を鑑みて言うところとは、矛盾していないという立場を「戦争についての公式見解」として決議するに至った。
 この公式見解が出されたことを、主にあって感謝している。全文は以下の通り。
 http://gratias.cube-web.net/html/viewofwar.html
 小泉内閣は、「有事法制」の法制化をねらって着々と戦争の準備を始めたので、もう一度この見解を読み直しているところだ。
 「備え有れば憂いなし」などと格言で簡単にまとめてほしくない。事はそれほど単純ではない。数百名の国会議員が公然と靖国参拝をおこなう今の日本人にとって、現代に「軍隊」が登場する意味を問わなければならない。日本にとっての軍隊の復活は、天皇の軍隊(皇軍)の復活を意味する。復活した皇軍は、靖国に合祀されて神になることを願い、国のために殉じた死者のために天皇が「泣いてくれる」ことを唯一の目標とするかもしれない。
 近代国家と呼ぶのには、ヤスクニを巡る日本の精神風土はあまりに前近代的だ。旧態依然とした精神を温存したまま、形だけ近代をつくろうとする。米国がいるか。いや、天皇もしっかりおいでになる。「象徴天皇制」はきわめて曖昧な概念。いまだに日本人の多数が尊崇の念を隠さない存在が残されているのだ。
 キリスト者からすると、偶像礼拝の種。そうでなくても、基本的人権とまっこうから矛盾するシステムを温存していることになるのである。人の中に「特別な人」があるという意味での、差別構造が温存されることがそれ自体が憲法の他の人権条項と矛盾する。それに、天皇家の側に立ったとしても、それが由緒ある旧家として存続しえたとしても、家系そのものが政治的システムから完全に解放されることがなければ、この国は民主主義の国とはいえない。
 しばしば話題の遡上に登る「外務省の特権意識」問題は、天皇を超越的な存在とみて、事実上の元首扱いしているシステムに腐敗の根があるのではないか。
 「ヤスクニ問題は、教育問題である」という西川兄の言葉をしばしば思い出す。
 これは、ホームスクーリングを始めるための一つの原点であった。
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数学の抽象性について

 私は、数学の専門家ではないばかりか、数学が得意科目ではなかった。
 それにもかかわらず、これまで瞑想(迷走?)の中で「数学を学ぶ意味はどこにあるのか」ということをずっと考えてきたので、達していることを「中間報告」したいと思ったには理由がある。ある時、家庭教師の出前で、親御さんに「なぜ、子どもに数学を教えるのですか」と素朴に問いかけるてみたことがある。
 なんとお答えになっただろう。
 おおむね「論理的に考える力を訓練するため」とか「数学ができる子どもは頭がいい(頭が良くなる)」とか「読み書きソロバンというなかの社会で生きていくための最低限の知識だから」という答えが返ったきた。「受験に必要だから」とか、まあおおむね、そんなところだろう。
 「論理的思考」と「数学」を結びつけるのは、いつから始まったのだろうと思う。オランダの哲学者ドーイヴェールトは、「数の認識」に最も初歩的な位置しか与えていない。(ドーイヴェールト著・春名純人訳.西洋思想のたそがれ−キリスト教哲学の根本問題− 法律文化社)
 たとえば、1748年仏の哲学者ラ・メトリが著した「人間機械論」に代表されるように、現象はすべてが数量化で説明できると考えている唯物論的前提があるのではなかろうか。
 世界は、ことごとく物質的なのであるから、すべてを計量化し数式におきかえることが可能とされなければならない。なんとなれば、精神さえ、ある種の現象なのであり一定の物質の法則性に支配されうるだろう。唯物論の立場が、とりわけ生物の進化論と結びつくとき、どんなに複雑な生命活動も、物質現象として説明されなければならないだろう。かつて、聖書の学びと、教理問答書の学習は子どもたちが世界観と人生観の基礎を学び取るための必須条件だったが、とりわけ唯物史観が暗黙の真理であるとされる現代においては、子どもたちの必須学習科目の地位に「数学」がおかれることになった。
 キリスト教以前のギリシヤ哲学の世界にあって、唯物的なものみかたはすでにプラトンやアリストテレスにもみられる。そして、唯物論的世界観が教育界で威力を増すことで、「数学」に特別の意味が与えられる環境が整ったと考える。
 それから、住環境の変化。都市化などによる、居住環境の変化も大きい。建築が主に「大工」によって担われていた時代には、数学は必要なかった。すべて経験と「勘(かん)」の世界だったからである。やがて、巨大ビルの建設などにより、今日、数学は勿論のこと、構造力学、建築工学。電子工学などの知識がなければほとんどの居住を建設することは不可能になっている。大量生産と大量消費を生み出すシステムの構築にも数学的素養は必須だ。それに、軍事産業が輪をかける。工業技術の推移と軍事産業の発展は切っても切り離せない。理工系の職業のほとんどすべての分野において、数学の素養は必須だ。
 数学を学ぶことに意味がないといっているのではない。
 特定の職業においては、優先的に必要な科目となるだろう。
 私は、それよりも、「学校ではなぜすべての子どもに数学の学習が要求されてきたのか」というその背景にこだわりをもってきたのである。
 数学的論理性が重要視された背景に「唯物史観」があるのではないかと思う他に、思考プロセスの抽象性に意味があるのではないかと思う。はなしをもっと、具体的にしてみたい。たとえば、幾何の時間に学ぶ図形は、すべてが理想的な図形だ。実は、なんの欠けもない円というのは実在しない。
  「もしも、理想的な円があるとして」という前置きがいつも必要なことになる。円周率が3.14にするか、それとも3にするかという問題より、ものごとをリアルであるがままにとらえるということを一旦脇において、子どもたちを「理想的な円があるということにして」、というバーチャルリアリティ思考に慣れさせなければならないのである。3.14がリアリティに近いとはいえる、言い換えれば、幼年少年期にある子どもにとっては数学学習とは結果として「近似値」をひっぱりだして、リアリティ感覚と入れ替える訓練なのではないかと思う。
 抽象的にものごとをとらえる訓練というなら、絵画や音楽を取り扱う芸術活動のほうが優れていると素朴に思う。特に、絵はすばらしい抽象化の訓練である。だからというわけではないが、さまざまな問題点とは別に、オュルトミー活動などを推奨するシュタイナーの子どもの知能活動への洞察は、やはりすごいと思う。
 つまり、数学ではものごとを、自分が思うありのままではなく、アプリオリに指示された「オーダー」に従って結論を出すという訓練がなされることになる。これは、論理的思考とは呼ばない。「なぜ、そうなるか」という問いへの答えは、すでに与えられた法則を理解してそれに従う訓練という(オーダーに従う)ことである。考える練習というより、どちらかというとそれは教理問答書の暗記に近い。所与の命題の法則性を理解して、その指示に従って応用する学習の訓練である。それは、軍事訓練に似ている。軍事訓練におきかえるなら、「上官の命令に忠実に従う訓練」というのに一番近い。
 だが、もし子どもを論理的に考えるように訓練したければ、ディベートすることに慣れさせることではないだろうか。自分の考えていることを、議論の場でどのように相手に納得させることができるかを訓練したほうがずっと論理的思考の訓練になる。自分の論理にどんな弱点があるか、相手の主張点にどんな弱点があるか、それらをどうしたら克服できるかを考えること、そして表現の仕方を訓練をしたほうがいい。日本人が数学の能力低下を憂えるほど、欧米社会では数学能力の平均値を問題にしていないと思う。むしろ、米国人などは〜と断定できるほどのデータをもっていないが、自分の意見をはっきりと言えて、相手と対話できる力があるかどうかに注目していると思う。
 いつか、数式などを根拠にものごとの真理性が示されるところにあって、卑近な例で恐縮だが「理解不可能な念仏」を前に「ありがたさ」を感じさせるような、煙幕に慣れさせられているのではないかと思うようになった。数式が理解できるかできないかではなく、「数式への順応」が物事を把握する時の優先順位であると植え付けられることで、本当は人がリアリティから遠ざけられ、近似値ならまだしも、「洗脳」から「信仰」へと誘われるというマインドコントロールに曝されるという危うさを現代人はもっているのではないか。
 物質の炭素残存量を根拠に「この化石が数十億年前のもの」といういわれかたもある。もともと、炭素残存量の変化が年代の推移をそのまま表現したものであるのかが疑わしい。むしろ、一つの結論を言いたいがための、「説得力」として数値が出されるのではないかと疑う。
 「数式が美しい整合性をもつのは、創造者の業をほめたたえるため」といういわれかたもある。ただ、創造者のみわざをおしはかり、御名をほめたたえるためには、たとえば、あの星のきらめきの一つや、精緻な野の花一つの美しさに比べてさえ、仮に数式や図形がどんなに美しかったとしても、創造者である神をほめたたえるための素材としては、それはあまりに人工的で貧しい。
 どうして、すべての子どもに「数学」が要求されるのだろう。
 私は、今のところまだはっきりとはわからない。 
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[Tears in Heaven]考

 クラプトンファンといえるほどではないので、偉そうなことはいえないと知りつつも、心を動かされた名曲[Tears in Heaven]を神学的に考察(?)してみた。クラプトンによる作詞でほぼまちがいないが、一応こだわって、「詩人」と呼んでおこうと思う。
 この曲が生まれる少し前に、クラプトンは息子コナーをビルからの落下事故でなくしている。この出来事を背景にしているとすると、最愛の息子を失った父親の感情が率直に表現されているともみえる。

Would you know my name
If I saw you in heaven
(天国でおまえに会えたら、俺の名前を覚えていてくれるだろうか)
 youとは、亡くなった息子のことだろうか。しかし、葬儀などで、みられるように、生きている者(親兄弟など)が、亡き息子に語りかけているという場面が想定されてはいない。
 歌詞は、亡くなった者に対して生きている者が語りかけることができるようには認識されていないのだ。つまり、死者とは意志疎通できないという考え方に限っていうと、詩人はキリスト教とりわけカトリックではなく、プロテスタントを踏襲しているといえる。ただ、肝心のキリストの贖罪の業には言及されていない。キリストの十字架上に示されている事業なしには、天国の視野は開けてこないからである。あえて本音の「不可知論」が反映していると読むべきか、それとももはや自明のことなのであえて言わなかったとするか、これだけでは何ともいえない。
 詩人は、承知の上で、贖罪の教理を不自然にむりやりここに押し込めなかったのではないかと私は思う。歌とは、教理問答ではなく心情の吐露であるに違いないから。ちなみに、ウエッブ上では「仮定法過去を理解していない」誤訳の例としてこの歌の日本語訳が紹介されている例があったが、肝心の模範訳でさえ、「なぜ仮定法過去が使われているのか」がわかっていないようだった。構文解析だけで、異文化を理解しようとするのはやはり限界がある。
Would it be the same
If I saw you in heaven
(おまえに天国で出会っても、同じ親子なんだろうかね)
 死後に命が存続しているということは、諸宗教でも共通項がみられる。ただ、どのように存続しているかについては、聖書が明確に語っているわけではない。キリスト教信仰においては、キリストは一度死なれたが3日目に復活し、信者はキリストが復活した時と同じ有様で死後復活できると信じる。ゆえに、復活後の姿は、外見は今と大きな違いはないかもしれないが、性質が不死なるものにかえられる。天使にはならないが「天使たちのようだ」(マルコ12:25)とはいわれている。歌詞の内容としては、死後の姿がどうなっているかを示唆せず、一方で単なる「霊体」のような存在としてもみていない。それゆえに、自分が天国に行ったら先に行った者たちと意志疎通はできるとみているが、その姿を表現していないのである。たとえば最愛の息子が、亡くなったとしても、天国でも同じ様な姿であるとはいえないかもしれない。同じ様であってほしいという願望はあっても、凛々しい青年のような姿かもしれない。このような断定していないくだりだけに関していうと、プロテスタント神学の枠組みから大きく離れていない。
I must be strong
and carry on
'Cos I know I don't belong
here in heaven
(弱音なんか言っちゃいられないってことさ とにかく俺は生き続ける。
今、俺は天国にいるってわけじゃないんだからさ)
 詩人の目は、ここで地上にむけられる。意気阻喪している自分に気合いを入れ、強くなるように言い聞かせて、悲惨な死の現実から目をそらそうとしているのかもしれない。もし、そうなら詩人は現実のなかに「天国」を求めようとはしていない。その意味するところは、詩人は、知識とは別に、キリスト教徒として生活しているわけではないのではないかということだ。
 クラプトンのミュージシャンとしての名声とは別に、麻薬や不倫など、その私生活はキリスト教徒と呼べるにはほど遠い。むしろ、キリストへの反旗をあげているような半生だった。それにもかかわらず、キリスト教文化のなかで、自分を問いつめていくと、自分の罪や、やはり聖書的世界観や人生観を語らずにはおられないということそれ自体が、キリスト教社会の恩恵なのではないかと思う。困った時に頼むのが他でもなくキリストなら、それはそれで幸いだ。ただ、そのような斜めにみた読み方ができる一方で、死の現実を感傷的な瞑想で受け入れていないという意味にもとれるとすれば、たとえば、プロテスタント神学に立つと、「生きている者は、すでに死んで神のもとにある者から左右されない」という信仰の現実主義的側面と重なる。つまり、仏教のように死者が生きている者に干渉したり、煉獄思想などで逆に生きている者が、死者に影響を及ぼすことは、不可能であるという考え方も読みとれる。
 I'll find my way through night and day
'Cos I know I've just cann't stay
here in heaven
(これから俺は夜も昼も、自分の行くところを見つけよう。
とにかく、今、俺はおまえのいる天国にいるわけじゃないんだから。)
 悲しみを見つめつつも、詩人は現実をみつめなおし、[my way] つまり自分の人生を取り戻そうとする。「道」あるいは「人生」と現実を一直線上に捜そうとする、だが、まだ見つかっているわけではない。天国のことを瞑想しながら、それを現実逃避ではなく、現実を見つめ直す契機とする。これがもしゴスペルなら、信仰の再確認ということになるが、これもあえて言っていないのか、あえて「言わない」ことで信仰的態度を浮き上がらせようとしたのか。おそらく、クラプトンは聴く側の解釈に委ねたのではないかと思う。ここに、シンガーソングライターとしてのクラプトンの優れた面があるのかもしれない。いや、単純に信仰を拒否しているのだけかもしれない。だが、もし信仰がはっきしている立場にあったとしても、同じ様な表現を使いたくなるだろうと思う。
 Time can bring you down
Time can bend your knee
Time can break your heart
Have you begging please
begging please
(生きていれば、落ち込む時もある
生きていれば 祈らされるような時もある
生きていれば あんたの心が引き裂かれるようなことだってさ
そんなとき願いをささげたくなるだろ
どうか
 どうか俺のためにも願ってくれ)
 ここは、いわゆるサビの部分だが、「beg」という言葉をどのように理解するかによって、解釈は違ってくるだろうと思う。もし、ただの「願い」だとすれば、詩全体の中で、ここだけトーンが違ってしまうことになる。しかし、「祈りを込めた願い」だとすれば、神の存在をどのように理解しているかがうかがわれる。[Time]つまり、自分は永遠のなかではなく時間の中に閉じこめられているが、時間の支配者は神なのである。[Bend your knee]とは疑いもなく跪くつまり祈る姿勢のことを意味する。そうなら、自分が落ち込み、困った時に頼み、そして心が引き裂かれたとしても、それは神の手のうちにある。だから、「だめ」にならないように、自分のために祈ってくれという。[you]とは誰か。亡くなった子どもであるとはいえない。深読みしすぎかもしれないが、聴衆なのかもしれない。クラプトンはこの歌を歌うとき、「泣きそうになるのをこらえているように」見える。そのようなブルースが、人の心を揺さぶらずにおくはずはない。
 詩人は自分の弱さを吐露した。これで詩人に、実際にはもっと罪意識があって、さらに十字架の福音が理解できたとしたら救わるかもしれない。不倫の恋、妊娠、そして最愛の息子の悲劇の死。その悲惨な状況のなかで、偉ぶろうともせず、卑屈に身を屈めるでもなく、かといって運命論や厭世的な気分に陥ってもいないという態度がこの歌詞に読みとれる。この態度からだけでキリスト教的といえるかどうかは、微妙なところだ。しかも、クラプトンがこれで、信仰に回帰したとみるのは早計だろう。彼は、回心するためにはあまりに多くの「地上の名声と栄光」を受けてしまっているかもしれないからである。けれども、死の現実を前にして、立ち直った内面の姿をこれほどコンパクトにまとめ、しかも内面が深く控えめに表現されている「ブルース」もめずらしい。
 「鬼の撹乱」ではなく、先祖からうけつぐキリスト教文化の影響とみたい。
 Beyond the door
There's peace I'm sure
and I Know
there'll be no more
tears in heaven
(俺はドアのむこうには、平和があるってことは疑っちゃいないよ
天国には、涙なんかないってことだって、そりゃ知ってるさ)
 「天国にはもはや涙がない」という言葉は、黙示録7章17節に根拠があることを聴く人は聴く。キリストの血潮で贖われたものは、「ドア」つまり、死を超えた、そのむこうにあるキリストとの平和に入ることであるという信仰告白を、キリスト者であるなら受け継いでいる。ここでも、「いや、キリストなしに平安に入れるかのように、死の現実を美化されてはたまらない」と難癖(なんくせ)をつけることもできる。
 だが、天国にはもはや涙がないというメッセージは、初代教会の殉教者たちが何度となくきいた旧くて新しい希望の言葉であるに違いない。
 
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