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岡崎勝世「聖書 VS.世界史」講談社現代新書 1996
新書版でこのての、学問的に周密なものが手に入るのはありがたい。
「西洋史」を学びたいという子どもが家庭教師の出先にいて、副読本のようなものを捜していたら偶然みつけた。「世界史」を区述したものは、Aトインビーのものが有名だが、本として大冊で読みにくくおまけに、その脱宗教的な手法はやはり問題視されなければならない。その他日本人著者による意欲的な作品もいくつかみられたが、おしなべて、聖書を「作為的」だの「身勝手」だのとこきおろすばかりで、「歴史」そのものとはみなさないばかりか、資料としての信憑性を端から疑ってかかっているものが多い。
聖書をろくに読まないで「西洋史」をやっているような本は、「すべて読む価値がない」といっては言い過ぎか。
聖書や歴史神学のことがわからないで書いているとすれば、どうせ文書資料のかき集めであろうし、歴史的視座がいい加減であろうからである。
本書はその点で信頼できる。
ただし、キリスト教「擁護」や「文書伝道用」のベクトルを直接意識して書かれたものではない。
ある意味で非常にまじめなキリスト教批判書であり、そのような意味で盲点を示していただけることはありがたい。
少なくとも宗教改革の時代を含めて、聖書の歴史から切り離された「世界史」が登場することはなかった。つまりおおまかにいって19世紀以前のヨーロッパ人はおしなべて「聖書を唯一の時間軸のリアリティが語られている」と受け入れていたのである。この点が紹介される。第一に、ヨーロッパの歴史認識の土台が説明されているというこの点において本書はすぐれている。ヨーロッパのキリスト教世界が聖書を唯一の認識基準としてきたということから、さまざまな派生的課題が見えていた。つまり、聖書には事象のすべてが語られているのではない。ということは、たとえば民族の起源が語られるとき、地理的な世界の認識においても、聖書に書かれていないことは「想像」か、あるいはほとんど「空想」のようなイメージを先行させなければならなかった。実にあの「大航海時代」の到来によって、マルコポーロやアメリゴ・ベスプッチなどによって地誌が明らかにされるまで、キリスト教圏以外の民族は、人間のような姿さえしておらず、一つ目であり、ろばのように大きな耳を持っているとさえ考えられていた。このあたりもしかしたら、現代英米の「第三世界」への取り組みにはみられないと完全に言えるか?
聖書には唯一の歴史のリアリティが示されているという立場は、近代においてたとえば進化論に代表されるような「科学的」とよばれる聖書判断とは切り離された尺度との間に、(ホワイトの指摘が「どっちつかず」ながら古典的)絶え間ない論戦が繰り広げられてきて今日に及ぶ。
(ちなみに、私は伝統的聖書観にたつので、進化論においては時間認識や、「生物の種」のとらえかたにリアリティからの逸脱があると考える。世界が創造者(神)によって、計画的に造られ、今でも明確な意志とご計画をもって支配しておられるという認識こそが「時間と空間を理解するための唯一のリアリティである」として受け入れている)
聖書を前提として歴史の時間を受け入れることは、世界史そのものが「救済史」つまり、歴史をアダムの罪から人がいかにして救われるかという歴史であり、AD(Anno Domini)およびBC(Before Christ)という、いわく「普遍史」と呼ばれる歴史観を示す。ただし、本書のすぐれたところは、その周辺に張り付くように存在する「実世界への誤った解釈」をありのまま記されていることにある。進化論が正しいというのではなく、聖書に書かれていないことを、あれこれ空想することにろくなことはないということだろう。 その意味で、現代聖書考古学には、この種の古典的な「思いこみ」や「ねつ造」さえ呼び込まれるだろう。
一方で、万有引力の発見で有名なニュートンが実は「三位一体」を否定しているアリウス派であったとか。カトリック教徒としてのパスカルが一方で「神の支配さえおよばない自然法則」を受け入れていたとか、ドイツ・ゲッティンゲン学派はルター派キリスト教教理を受け入れた熱心なキリスト者でありながら、一方で、聖書のとりわけ創造の記事やモーセ五書を巡る「著者性」について、人為的な編集史的手法を導入することで、(後にB・B・ウォーフィールドなどの神学的労作を生み出すようになった背景でもあるが)ついには聖書の霊感性さえ否定するようになったという経過も紹介されて興味深い。
本書の優れている点は、もう一つある。福沢諭吉の明治政府への「貢献」が紹介されていることである。
学校教育に歴史教科書が導入された時、福沢は米国の「バーレー万国史」という進化思想ではなく聖書的時間軸を基調にして記述されている書にめをつけ、これを日本に紹介した。ところが、この書が日本に上陸すると、なぜかその「普遍史(つまり聖書の創造記事を歴史として受け入れる立場)」は完全に削除され、その場所にやがて皇国史観として日本人の心を荒廃ささせることになった「日本神話」が接ぎ木されるに至った。(p250)
このようにみてくると、今日のいわゆる「教科書論争」は「めくそはなくそを笑う」ようで歯がゆい。皇国史観を巡って意見の対立があるのかもしれないが、進化史歴史認識という前提については何の疑問も呈されていないからだ。
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渡辺崋山は、「蛮社の獄」に蟄居を命ぜられやがて自刃に果てた悲劇の人として名高い。
佐藤昌介「渡辺崋山」日本歴史学会編集 吉川弘文館 1986
鎖国時代の当時、西洋の学問は唯一オタンダからのものが「蘭学」として許されていたが、それも政策的な御用学問としての「兵学」という要求の範疇においてのみ許されていた。いわく医学を含めて軍備増強に資する学問のみを「実学」とみなしたのであり、哲学や思想については「虚学」とみなされ、わけてもキリスト教情報はそれを紹介することはおろか、学ぶことも重罪とみなされた時代に崋山は生きそして悶死した。
崋山は、画人としても高名であった。しかし、興味をひかれたのは、幕府に仕えもっぱら上目遣いを要件としなければならない役人気質と、画人としての自由な発想の羽様にあって翻弄された知識人という両面性についてである。弁証法的二律背反、あるいはその日本型変種ともいえる。
私の関心は、崋山とキリスト教の出会いにあった。当時オランダは、オランダ改革派信仰の牙城であり、「どこを切ってもプロテスタントの影響」「どの書物にも聖書の世界観」という時代であった。幕府批判を理由に、切腹を含めた大量の「断罪」を受けることになった蛮社の獄の本質が、何にあったかというと、その一つには、蘭学とキリスト教が切っても切れない関係にあったからであるといえる。渡辺は、朋友であった蘭学者小関三英に「キリスト伝」を翻訳させている。(p88)この書名にあえて言及されていないのは、研究者の作為とはいえなくもないか。打ち首を覚悟しつつ、崋山が聖書やキリストの教えにどれほど心引かれていたかを物語る。崋山に禁書翻訳を依頼された小関三英は、この作品翻訳の事実が、幕府に発覚したと誤解し、家族に「獄門」が及ぶ前に切腹に果てたといわれる。(p90)
役人としてオランダ書から兵学を御用だてるという役目は、画人としての自由な関心の広がりを受けるにはあまりに小さすぎたと見られるべきである。関心の広がりが洋学から聖書に進み、キリストの教えそのものにまで及んだことは疑いようもない。研究者である著者は、このことにあまり関心を払おうとしていないように見える。無理もなかろう。当時、一塊の小役人に過ぎなかった崋山が公式私的に書いたものさえ、幕府の手入れを恐れているくらいなのであるから、たとえ、第1資料をもってしても、いわゆる「上目使いの言い回し」なのかそうでないかを区別することはできまいと思う。ただ、崋山は聖書を読んだであろう。
1800年代当時オランダは改革派教会全盛時代にあって、宗教改革者カルヴィンの著作もなかった筈はあるまいと思う。
キリストに接し、真理に接したがゆえに、内面の変化を幕府筋に悟られまいとする警戒感があっただろうとも思う。とりわけ蛮社の獄で蟄居(自宅監禁)を命ぜられてからは、家族への気づかいと、不忠の家臣の烙印をおされた。その慚愧の念に甘んじている姿は、実にいたましい。
モリソン号事件をはじめ、ヨーロッパ列強の貿易要求が外圧として迫りつつあり、幕府は反キリスト教政策の一貫性を失うまいと躍起であった。にもかかわらず。崋山のキリスト教からの影響は、モリソン号襲撃事件を巡って、偏差な鎖国政策を批判する「慎機論」の言論にすでに滲み出て「あふれて」いた。(p182)
本心では、キリスト教に引かれていながら、幕府に雇われている武士としての倫理観と官僚気質の小役人根性に奴隷のようにつながれて、最期まで自由になれなかった日本人の生涯である。心では教え引かれながら、ピラトのように組織や人間関係のしがらみにしばられて自由に信仰を告白できないということ。それは、本質においては、今日の日本人がキリスト教との出会いに際して、戸惑う姿にもつながるであろう。
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マザー・テレサ(渡辺和子訳)
「愛と祈りのことば」PHP研究所 1997マザーテレサから教えられることは、非常に多い。
いつからか、キリスト教が成功主義(勝利主義)が吹聴されはじめ、やがて「世間で確固たる地位を占めるようになる」ことが至上命令であるかのようにされてきて、信仰の結果を「成功」や「名誉」や「豊かさ」と結びつけるようになって、マザーテレサのメッセージがより一層鮮烈に響くようになってきた。
私は、マザーテレサを尊敬している。
現代にあって、キリストにあって真面目に人生をおくろうと考えるなら、マザーの示すメッセージに耳を傾けて、自分を省みなければならない。
そのように言うと、「彼女はカトリックの修道女ではないか」という声が、「再建主義者」あたりから聞こえてきそうである。「プロテスタント改革主義に立つというのに、異教的カトリックの修道女を褒め称えるのか」とか何とか。再建主義者(セオノミスト)たちにみられる、このような種類の寒々しい非難のしかたはなにも「め新しい」ものではない。
たとえば、あの内村鑑三に対する非難。彼は、教師の時代、治安維持法による「不敬罪」を問われて教壇を追われたが、実は内村は、世間からの非難が思いの他激しかったので、後で代理人を立てて、「拝礼」させているのである。この出来事について、内村鑑三を日和見とか妥協的と非難する批評家(歴史家)は多い。私は、内村先生の考えかたに神学的に賛成しているわけではない。にもかかわらず、キリストにある内面の信仰を態度をもって示せた方であることを、心から尊敬している。
「代理拝礼」は彼にとって汚点だろうか。
確かに、そうかもしれないが、皇国史観の嵐が吹き荒れるなか、「代理拝礼」は妻子を守るためにした苦渋の選択であったことに、結果としてではあるが内村不敬事件を単純な「美談」や「ヒロイズム」に陥らせないための摂理を見る。(内村の最初の妻は、この事件後、心労で亡くなった)
韓国の殉教者「チユ・ギッチョル」牧師についてはどうか。
宮城遙拝を拒否した「抗日的態度」は、民族主義からなのではないかという捉え方がされる。ギッチョル牧師は、民族主義的動機によってではなく、ただ忠実に聖書に従って、偶像礼拝を拒否しただけなのだ。
彼は「創氏改名」に反対しなかったといわれている。それは、彼の不徹底だったのか。そうかもしれない。しかし、それは、ギッチョル牧師が民族主義によらなかったこと、ただキリストを自分の神として崇めた結果の行動だったことを逆に証明しているのではないか。欧州にはこのような例は「あまた」あるが、これ以上書くのをやめておこう。
マザーの言葉は、キリスト教が、アッシジの聖フランシスに聴いてきた旧くて新しいメッセージであると思う。
本書で、特に印象に残った言葉がある。
「キリスト信者ってどういう人たち?」
誰かがヒンズー教徒に尋ねました。
「キリスト教の人たちは、もらうことよりも与えることを考える人たちだよ」
というのが答えだったそうです。(P42)
現代日本の教会に対して、異教徒たちはどんな印象を持つだろうかと考えると、これも想像するだに寒々しい。私は今年「ボブジョンズ大学」の教科書翻訳のチームに加わった。
この教科書プロジェクトについては、「再建主義視点から問題」とか、あげくのはて「ボブジョンズ大学は、差別主義だ」などの揚げ足とりのような非難があることは承知している。「改革主義の立場にあるのに、どうしてウエスレアンの書物に肩入れするのか」という非難も聞こえそうである。
このような、冷ややかな非難はとても悲しい。
学校文化の歪みにあえぐこの国の子どもたちの心の状態は、「インドのカルカッタ」以上に悲惨だ。そして、学校で信仰を失う子どもたちの数は、あまりに多い。
「もっといい教科書があらわれてから」だの、「ポストミレ」だ「アミレ」だのと言っているような時間ではない。確かに、ホームスクーリングの実践上の課題や、質の課題はのこっていよう。
しかし、もし不登校の周辺の「日のあたらない路地裏」や、学校文化の谷間で苦しんでいる日本人の「声無き声」に少しでも耳をかたむけようとするキリストの心が少しでもあるなら、いわゆる日本でのホームスクーリング運動に対して、あのような冷ややかな態度をとっていられる筈はあるまい。
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荻野冨士雄著 「戦後治安体制の確立」岩波書店 1999戦中日本において治安維持法体制下にあっていわゆる思想犯検挙を目的とした特高警察体制が確立し、時の天皇指令を実行するための御前会議の了解のもと、国民の自由と人権に激しい攻撃が加えるための「公犬」が存在していた。
敗戦を経て、GHQによる占領政策の強権のもと、名目上解体されたにもかかわらず、旧治安維持体制は温存されているのではないかとの疑いはあった。しかし、オウムへの破防法の適用が議論されていたなかで、本書が書かれたという意味は非常に大きい。現代において、過去の特高警察体制は温存されているとの問題意識のもと、精緻な裏付けをともなって分析しされた労作である。同時に、今日の自衛隊・警察・海上保安庁を含めた警察官僚という行政組織内部にひそむ旧特高警察人脈と、その影の「仕事」を読み解くための貴重な視点を与えてくれる。
敗戦時、悪名高い特高警察は解体され、一度は公職追放などの罰則処置を受けたにもかかわらず、戦後の公安警察機構は「共産主義過激派に対抗する公共の秩序維持」の名のもとにいわゆる「旧特高組」の大部分を復職させた。
レッドパージなど反共産主義政策をとっていたGHQと「共産主義の排除」という名目のもとで一致したといえるかあるいは、そこをしたたかに「復権への風穴」としたとも読みとることもできる。
言い換えれば、かつて治安維持体制に反するものを「国賊」とか「非国民」を検挙したといわれ、現体制下では過去の治安維持体制の精神が隠れて温存されながら、ただ表向き「公共の福祉に反する反社会的行動」や「共産主義的反体制思想」への警戒を隠れ蓑にしているということになる。
いや、公安警察組織内部において、現代でも「民間の反体制情報」の諜報活動や「要注意人物」のリスト作成などが粛然とおこなわれているのではないかという恐るべき仮説がリアリティをもってくる。
本書に学んだことで、これまでありえないと思われていたことが、にわかに内実を帯びてきた。
つまり、表向きは普通に善良な市民生活をおこなっているような隣人が、実は影では公安警察官僚の諜報部員であり、キリスト者などにさえもなりすまして、国の教育支配体制への反勢力とも見えるホームスクーリング運動などを「摘発する」準備をしているという作り話のようなことが、あながち一蹴できなくなってきた。
恐ろしい話である。
かつて、特高警察はいわゆる「反天皇思想犯」を検挙するため、キリスト信者や共産党員に変装した。彼らは時には身内を欺くなど、どんな手段もいとわず、徹底的に「反天皇思想」を実態調査し、検挙するための諜報活動をおこなった。その活動記録ともいえる思想犯告発文書は、「特高資料による戦時下のキリスト教活動」全3巻 新教出版社 1973に詳しい。
戦時下の歴史は、過去のものではない。
疑いもなく、現在のキリスト教界隈においても、善良なキリスト者市民を装いながら国家公安警察情報網のブレーンとして忠実な「諜報活動」をおこないつづける下級官僚が存在する。
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この本を書架に加えようと思った背景は二つ。一つは、著者が会長である「新しい歴史教科書をつくる会」 によって編纂され、検定問題で韓国などアジア近隣諸国から非難の絶えない歴史教科書に対して、国内の歴史学研究会や日本史研究会などの8団体が、次のような声明を発表したこと。
「バランスを欠き、国際公約にも反した歴史教科書が教育の場に持ち込まれることに強く反対する」(毎日2001/3/15)ここで話題になっている「新しい教科書をつくる会」は、これまでの歴史教育を「自虐的」と決めつけ、「自国の歴史に誇りをもてるような教育を」と出版やマスコミをはじめ、以前から隠れた政治的圧力団体としても運動を続けていて危惧した。それで、直接、「会長」と呼ばれる人の文書に触れるのが分析するための近道と考えた。
もう一つは、日本におけるホームスクーリングで「教科書」の必要性が高まってきているという認識のもとに、米国にすぐれた素材を求める必要と同時に、日本史をどのような教科書を用いたらいいのかという課題を抱えていると思われたからである。日本史については、そもそも「古代史」からして、天皇主権を政治的に強化するためにねつ造されているのではないかと疑問があった。教科書などの記述も日本国内の出来事の紹介のみで、国際的な視点からどのような意味を持つのかが欠落しているように思われ、「世界史」と「日本史」の間に決定的な溝があり、たとえば歴史的視点に独特な政治的バイアスがかかっているのではないかとも思われた。当然、学校現場における歴史教育が、暗記中心とされている結果として、子どもに考えることを許さず、ゆえに「温故知新」の重要な学習の場ではなくなっているという認識については、言うを待たない。問題の本当のところは、このファナティックな運動が巨人軍の長島茂雄氏をも巻き込むほど、日本人の意識下にいわば「地下水道」として流れていること。
昨年ねつ造問題で揺れた上高森遺跡事件では、これを「新発見・新事実」とふまえた記述された書物がやつぎばやに出版され、やがて虚偽であることが発覚するやいなや、謝罪や訂正の報道が溢れた。いや、事実を裏返せば、それだけ「日本は旧く、人類の黎明期にかかわる重要な位置にある」というプロパガンダを信じ歓迎した学者が多かったということだ。
西尾氏も本書で、この「新発見」を最重要な歴史認識として受け入れ、「世界最古の縄文土器文明」とぶちあげている。(p55)
揚げ足取りではない。歴史の歪曲は、天皇を機軸とした新たな歴史的歪曲の温床を産むのだ。この会は、国際関係のなかで「日本人の誇りを失わせないように」というねらいをもって始められたにもかかわらず、韓国や中国などから、自浄力のない「脆弱国家」とみなされる根拠を与えることで、国際外交の観点から最も恥ずかしい言論とみなされることになった。日本人に対してのイメージが悪くなったことで、どれだけ多くの国益が失われたことか。
大風呂敷を広げたような大きな本だが、内容もブヨブヨしたゾンビの巨体の虚像に似ている。上高森遺跡に依存していること一つばかりではなく、独善に満ちた虚妄が随所に見られる。
唯物史観や、皇国史観にも依存しない、聖書的史観に立った正確な日本史が登場するのは、まだまだ先のことらしい。
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アランMウインクラー著 麻田貞郎他訳「アメリカ人の核意識」
1999 ミネルヴァ西洋史ラーブラリー ミネルヴァ書房
20世紀が次世代に残した負の遺産として、「核」があげられることが多いのです。わずかなウラン鉱石から膨大なエネルギーを取り出す技術は、放射線医学などの分野で積極的に用いられてきました。本書の趣旨は、核技術全体ではなく、過去の世界大戦で大量殺戮用に開発された「核」についてであり、核技術と、アメリカ人がどのように向き合ってきたのかという概観。あるいは非常に分かり易い通史といって良いでしょう。概観書だけに、個々のテーマ、たとえばスリースマイル原発事件ひとつとっても、詳細の記述があえて避けられているようです。読者に対して「もっと詳しく知りたい」という学習意欲のようなものを喚起したいのだろうと思われますがそれが本書の目的であり、また優れているところだとも思います。
核技術開発は、軍事産業と、対日戦争に圧倒的な勝利をおさめるために国策として導入されました。問題点は、まさにここに始めから見えていました。つまり、戦争が終わった後も、対ソ戦略として核兵器開発は、広島型原爆の数十倍といわれる水爆を生み出していたのでした。敵をたたくという目的にもかかわらず、もはや核兵器の使用そのものが、人類を存亡の危機に立たせることになっていたのです。
どうして、軍事産業が自律的にこのような危険きわまりない核兵器量産をとめられなかったのでしょうか。その背景の一つに、産業構造全体の下請け孫受けによる巨大集約化があると思いますが、同時に忘れてはならないのは、核医学の平和的なイメージよりさらに強力に、「原子力の平和的利用」という名目においてつくられた原子力発電所の登場がありました。ウオルトディズニーは、少年たちの心に「核が開く明るい未来」というイメージを植え付けたと言われます。後代はどのようにこれを判断するのでしょうか。
原子力技術は実は、軍事目的であるのではないかという批判がありました。見方によれば、全面的核戦争への懸念は、平和利用の名のもとに沈静化したかに見えたのでした。
しかし、相次ぐ原発事故、とりわけスリースマイル島原発事故やソ連時代のチェルノブイリ原発事故以来、米国人の意識は原発を敬遠することへとむかいつつあるといわれています。そこには、強力な市民運動が行政に反映するようなアメリカ民主主義の成熟度が反映しているのだといえるでしょう。
その一方で、日本でたとえば、高木仁三郎さんなどの良心の活動家が逝去した現在、流されるテレビCMの喧しさゆえに、安定した電力の供給の名のもとに、「懸念」やましてや「反対」の声がかき消されているのではないでしょうか。電力会社は、国策としての原発事業を拒否できないように仕組まれてきました。実際は「国内にある原発のすべてを止めても、電力不足はおこらない(桜井薫氏)」という専門家もいます。人の認識を離れ、高度に集中管理された機構には、昨年の東海村でのような事故は決して避けられないのです。巨大なシステムが、数ミリのカードの凹みで狂い出すという恐怖の「落とし穴」について「タワー」という米国映画は、警鐘をならしています。
本書とは関係ないのですが、今後大きな原発事故がおこるたびごとに、日本に最初に原発を導入したのは、現在自民党最高顧問のポストにある、「影の帝王」中曾根康弘元首相であった(広瀬隆氏の指摘)という事実も、よく覚えておきましょう。
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キリストをほめたたえる讃美歌にも優先して、天皇を尊崇する君が代を斉唱し、宮城遙拝する教会以外は、「公的には存続してはならない」という時代があった。
第二次世界大戦敗戦前夜、キリスト者は、社会的認知の糸口を「道徳教育」にもとめ、学校など世俗教育については、君が代斉唱を礼拝前におこなうなど、皇国民化政策によって、魂を完全に抜き取られており、聖書教育と世俗教育の二元化の苦渋をなめていたのだった。
いや、現実は、表向きは完全に皇軍の「背後」として旗振りの模範であろうとして、生き残りのための妥協を繰り返してきたというよりも、その信仰はすでにキリスト信仰ではなく、信仰とはあいいれない「混ぜもの」を実体とする「別の福音」だったのではなかろうか。
内村鑑三は、当時の文部省などの問題点を早くから自覚しておられたようだが、その文章には、このような、簾柳(すだれやなぎ)のような既成教会とご自分の強烈な信仰との羽様にあって激しく戦いつつも、しかし実は、心底から時流に翻弄されておられたのだという様子が伺われる。
本書では、家庭に基礎をおいた教育観が、まぎれもなく聖書的であるという明確な主張がうかがわれる。この一点に焦点を絞ると、伝統的プロテスタントの立場と何ら違いがない。
ところが、その一方で彼のリベラルな教会観は、内村の保守的な面を「無風地帯」の状態ですませなかったばかりか、彼を尊敬した日本人キリスト者の教育観を、聖書に離反して「脱教会化」「脱家庭化」させていくための端を開いたのだ。
「私は二つの”J”に仕える」(JesusとJapan 多摩霊園の墓石に刻まれている言葉)という態度は、事実上のダブルスタンダードとなって、教育行政に影響力のあった南原繁氏や矢内原忠雄氏などその後継者に及び、国家の教育戦略に無批判である(それ以上にむしろ教育行政に対して熱心な)現行キリスト教会の体質を産み出す一つの母体となった。確かに、新井献氏などの超リベラルな「聖書学」などの立場に比べてよりファンダメンタルな立場に近いとみえる塚本寅二氏がいるなど、後継者たちは決して一枚岩ではないとはいえ、やがて聖書信仰から離脱し、いつ自由主義神学の迷路に紛れ込んでもおかしくないような土壌は、たとえば矢内原忠雄氏の聖書注解にみられるように、すでに内村自身の神学的素養のなかに醸成され伝授されていたのである。
「キリスト者である前に日本人であれ」とか、「クリスチャンになるということは、最も日本人らしくなることである」というまことしやかな議論の根底には、必ず内村鑑三流の二元論が濃厚に存在する。
つまり、内村鑑三流二元論の影響下・支配下におかれているところでは、それが強ければ強いほど、すでに原理からしてホームスクーリングに対して厳しくなるのだ。「日本では、ホームスクーリングに対してむしろクリスチャンから、強烈に反対される」という現象を読み解く鍵の一つがここにあると思う。
韓国教会史でも、無教会主義が登場する。
南北分断前夜、多くの朝鮮人が日本への留学生となり、日本で内村の無教会思想に接した。彼らはこの反聖書的思想を現在の平壌を中心とした北部朝鮮地域にもちかえる。
ところが、彼らは聖書信仰からの離脱によって既成教会への批判的態度を生み出したばかりではなく、抗日パルチザンらの、さらなる共産化を促進させることにもなった。
ともあれ、ホームスクーラーとしての私の「内村鑑三批判」は、始まったばかりである。
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