**************************************************チャーチスクール
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→目次にもどる日野バイブルチャーチ 牧師 吉井春人 #1 なぜ、「チャーチスクール」なのか
#2 ホームスクーリング・不登校・教会
#3 ミッションスクール
#4 「知識と信仰の二元論」と退廃の道
#5 母なる教会
#6 チャーチスクールの課題
#7 ホームスクーリング
#8 基本原理とは何か
子どもの成長にとって、親の役割が大切なことは言うまでもありません。
「親がその教育手段の選択において、優先的権利を有する」と世界人権宣言にあるところでもあり、何よりも、キリスト者にとっては聖書がそのことを指し示しています。けれども、子どもの教育について、親ばかりでなく教会が子どもたちに聖書教育を施さなければなりません。教会の業の中心は、宣教活動にあり、しかも、世界宣教にあることは繰り返すまでもないでしょう。(マタイ28章19〜20節)外から人を集めて、主の群が拡大しているかもしれません。しかし、膝元の子どもたちが、やがて教会から離れ、高学歴と引き替えに信仰を失っているいたましい例にことかきません。学校がそのような背教に一役かっているのは目に見えています。
今の世代の信仰が次の世代に引き継がれることが、教会を強くして、この世に対してもキリストの影響力を示し続けるために必要です。たとえば、使徒パウロは、テモテに「多くの証人の前で私からきいたことを、他の人にも教える力のある人たちに委ねなさい」(第二テモテ2:2)と言いました。パウロから、テモテに受け継がれていった福音は、テモテから「他の人にも教える力のある人」にバトンとして渡されます。
そこで、他の人も福音を知らされることになることで、4代の継承が示されていることになります。
今聞いている福音を、数世代後の人たちに届くような宣教活動を教会がおこなっているでしょうか。残念なことに、日本の教会は、戦前戦中と、「銃後の祈り」ということで、兵士達のために祈ることや、天皇礼拝を条件に存続を認められた時代に、苦渋の選択とはいえ、君が代をうたってから礼拝するとか、いわゆる宮城遙拝をしてから、礼拝をするとかで存続を優先してきたという歴史を背負っています。これは、教会のなかにいつも、この世の勢力に対する遠慮、あるいはもっと正確には、背教的妥協を温存してきたことを意味します。この世は、教会に対して「道徳教育(心の教育)」を期待し、学校で教えられていない部分の補完的約割を振り分けてきました。教会は、その高飛車な判断を受け容れながら、この世からの期待を果たすことで存続しようとしてきたのでした。
ところが、結果は「教会の子ども」の非常に多くが「学校の子ども」となって去っていきました。このことは、とりわけ、キリスト者子弟がノンクリスチャンと抵抗なく結婚するなかで顕在化し、安息日厳守の弛み、世俗的な成功主義が信仰の値にとってかわるという風潮を生み出すことになりました。
ソロモンの例を見て下さい。異教徒との結婚が、国さえ存亡の危機におとしいれたではありませんか。
今教会は、国家が巨大な学校教育に侵略された失地を回復しなければなりません。
そのために、ホームスクーリングが果たす役割は大きいのです。
#ページの最初に戻るもし、不登校の子どもが教会に行ったとしたら、真っ先に「憐れみ」の対象とされるでしょう。
教会が貧しい人や、社会的弱者に思いをむけて、憐れみの業をおこなうことが大切であることは言うまでもありません。ところが、教会に来られた方に対して一方的に「社会的弱者」であると決めつけたような態度が生まれてしまうと、それは、憐れみの名をかりた差別ともなり、愛でさえ自己満足以外のなにものでもなくなるのです。「慈悲という名の差別」という視点は、非常に重要なのです。教会が、ほんとうに地の塩としての枠割りを果たすことが求められています。特に、これまでの教会の不登校の子どもたちへの取り扱いは、「憐れみに名を借りた差別」以外のなにものでもありませんでした。いまだに学校への「再登校」を解決のプロセスとしか考えることができず、本当の解決は学校の外にあるかもしれないのに、祈りの目標でさえ、学校中心の視点しかありませんでした。
不登校への取り組みを問題にしたのは、ホームスクーリングに対する一般的な対応に、やはり、不登校と同じく、学校以外の場所を想定されることが稀であるからです。教会が本来、学校以外の子どもの成長の場として、教育の「哲学」や「倫理的支柱」を提示できるはずなのに、完全に世俗主義に足下をすくわれてしまった歴史があるのです。この点については、カトリックや新興宗教と呼ばれる異教徒の方が、戦略的にすぐれたものを提示できているのではないでしょうか。彼らは、公立学校に子どもをやると、信仰を失わせることになることになり、そして後継者が失われると教団そのものの存続ができなくなるという危機感を早くから持っていて、子弟教育にとりくんできました。プロテスタント教会が、このために何の戦略ももってこなかったかというと、そうではなく、その名の通りミッションスクールが設立されてきたのでした。
#ページの最初に戻るミッションスクールは例外なく、当初以上のような「次世代への信仰の継承」を志して設立されてきました。ところが、ミッションスクールは、国家の教育戦略に屈して、徹底的に聖書信仰から離脱し、早くから魂を世俗主義に売り渡してきました。
つまり、戦前は良妻賢母教育を補完して、戦地に赴く兵士達を励ますことへとむけられ、そして今日では信仰の徳でさえも、学歴に仕えるだけの位置に堕落させられ、「花嫁道具」とさえ言われ貶めらたのです。
そればかりか、教会からの政治的コントロールを受けないことをいいことに、反キリスト的な自由主義神学を教会の聖書信仰のなかに吹き込み、ミッションでかえって信仰を失い教会に来なくなったとか、自分はミッション出身のクリスチャンであると意識していながら、イエスキリストを信じていないなどという「あだ花」さえ産むことになりました。
教会は、子どもたちの信仰継承の必要に目覚めなければなりません。
それで目を遠くに向けているうちに、足下で子どもたちは失われていくのです。
確かに、宣教活動は重要です。
しかし、子どもたちが全人格的に福音を信じ、この世のなかで明確にキリスト者であることを誇れるようになることはそれ以上に必要なのです。
世俗の教育に奪われている子どもの教育を、教会学校で日曜のわずかな時間で回復させようとすることは多くの苦戦が伴うのではなかったでしょうか。ミッションスクールが週日の役割を果たすといわれるところにも、ホームスクーリングの視点からすると、「教育を親が他人に委ねてしまう」という危うさを含むのでした。ただし、ミッションスクールが直面したのは世俗化という問題ばかりではありませんでした。
文部省は、高額の私学補助金と引き替えに、学習指導要領をもって「指導」(しかし事実上の強制)をせまってきました。これに応答するかのように、ミッションスクールは、概ね教会の指導よりも、文部省の指導に耳をかたむけてきたという苦い歴史があります。聖書信仰からの離脱、さらには自由主義神学の砦にすらなったことは残念な事実でもあり、しかし、信仰から離脱したことによる必然の結果であったともいえるでしょう。聖書信仰からの離脱は、自分をクリスチャンであると公言してはばからなかったヒットラーの例を待つまでもなく、聖書的真理からの背反の温床になり、さらには反キリストの病巣を招くことになったのです。
教会は子どもたちに信仰を与えることよりも、高学歴や安定した社会的地位を与えることをめざす世俗主義に甘んじてきたのでした。当然のようにクリスチャンコード(教職員がキリスト者であることを定めた内部規定)をはずず学校があとをたたず、信仰継承のために他を犠牲にするよりも、経営安定を優先して門戸を広げ、生徒獲得に重点を移していったのです。
教会学校の衰退ということが言われます。教材の問題でしょうか。教師の資質の問題でしょうか。それも無視できないでしょう。
しかし、問題の根はもっと深いのです。
#ページの最初に戻る日本の教会は、社会にたいして「地の塩」としての働きを避けてきました。
解放の神学をベースにした社会派よばれるキリスト者が、それが聖書的な動機に根拠があるかないかを問わず、実際の運動面で共産主義との共闘や、社会主義運動のイデオロギーと結びついた問題提示をしめしたので、福音的雰囲気(サロン的とも揶揄される雰囲気)を大切にする伝統のなかでは、歓迎されなかったのです。
でも私は、こと「教育」についての日本キリスト教会の態度の根底にはもっと別のものがあるように思ってきました。
つまり、「聖俗二元論」というプロテスタント教会発生当初から流れこんでいる教会観に根があるのではないかと考えています。つまり、宗教改革の時代に、スイスやドイツを中心に「再洗礼派運動」がおこります。その内容は多様でしたが、最大公約数的な考え方としては、教会の正式の構成会員とは、幼児洗礼を受けた子どもたちを除外し、「自分で公に告白した成人」によって構成されるとしたために、さまざまな形態があったにせよ、子どもたちはその出生の出発点においては、信仰にも不信仰にもなりうる「異教徒と同等の立場」におかれるようになったのでした。
子どもたちが世俗教育のなかに曝されるとしても、子どもたちを「すくわれる群」に入れるための実践として「教会教育」がありました。その努力が実る場合も決して少なくありませんでした。けれども、「信じるか信じないかは本人の自由意志」ともいわれ、実はここに教育現場からの後退の根もあったのではないでしょうか。
そして、日本の場合、この二元論的思考にさらに拍車をかけるような歴史事情があります。それが、江戸時代に幕藩体制の強化維持をめざして発生した朱子学という「御用学問」の影響です。
当時、オランダなど欧州との交易が許されていたとはいえ、その内実は、「理学/数学は実学、神学や哲学は虚学」と呼びならわされていました。つまり、キリスト教信仰に関係のある哲学や神学の知識は、軍事関係に役に立つ科学数学に比べて空しいとさえました。(たとえば、蘭学の研究の末、聖書のすばらしさを知って体制批判をはじめた渡辺崋山は「蛮者の獄」で断罪され、やがて切腹に追い込まれ、事実上処刑されたのでした。そのような幕府側の思惑などからすると、聖書信仰は早くから危険視されていたのではないかとさえ思われます。)明治政府が音頭とった学校制度でしたが、ねらいは軍隊の強化にありましたので、当然、たとえばキリスト者子弟の子どもの「聖書による信仰の知識」は「虚学」として位置づけられるのは必至だったのであり、それに輪をかけたように、幕藩体制が終わりを迎えたあとも、教会もその社会的認知と引き替えに、卑屈にもそのような差別を甘んじて受けてしまったのではないでしょうか。あるいは内村鑑三をはじめ初代のキリスト者に武士階級出身が多く、教育官僚に媚びた「役人気質」が当初から支配的だったことに問題の根を見る人もいます。
このような経過のなか、教会では倫理道徳を学び、学校では知識を学ぶという二元論が暗黙の了解でした。この二元論を母体に、学歴信仰(学校信仰)の世俗主義が巣をつくり、やがて教会全体の内面を支配する「見えない妖怪」となったのです。
ですから、日本でホームスクーリングに対する教会のとらえかたが冷ややかなのは、たんに情報不足によるばかりでないのであり、教会の体質のより深いところに浸潤している病があるのです。
日本でのホームスクーリング運動の進展が決して平坦な道ではないことを承知しておかなければならないでしょう。
#ページの最初に戻る
「母なる教会」とは、宗教改革者ジャン・カルヴァンの言葉です。
「神はこの教会のふところのうちに、御自身の子たちを集めることを欲したもう。それも、彼らが乳飲み子であり、子どもである間に限って、教会の働きとつとめとによって養育されるというだけでなく、成長した状態に達してもなお、教会から母としての配慮のもとに統治され、ついに信仰の目標にまで達するにいたるのである」(綱要W1−1)
神を父と呼び、教会を「母」と呼ぶことにおいて、私たちにとっての教会生活は、地上の信仰生活を祝福に満ちたものとされるために与えられた外的手段といえます。
教会はアブラハムへの祝福を伝達するために用いられているのでした。子どもたちにとってだけ「母親」なのではなく信徒すべてがそこに召されているといえます。
改革主義の伝統にある教会では、最初からホームスクーリングと結びつく教育原則を伝統としてもっていたともいえます。神学校教育に最も熱心でしたし、たとえば、ハーバードやプリンストンそして、エールや、ケンブリッジも最初は「牧師養成のための神学校」として出発したことにもあらわれています。ところが、神学校も世俗主義の影響による聖書信仰からの離脱を免れませんでした。さらに、日本では、国家からの独立性を保つことができず、財政援助を名目として国家の方針に従わせられるような圧力に早々と屈してしまいました。一方で、教会学校の登場には、さまざまな局面があります。
英国の産業革命時代、子どもたちが安い賃金で労働力に駆り立てられ事実上虐待されていました。英国教会は、彼らの救済のために立ち上がり、日曜日に教会を解放し、聖書を中心に読み書きを教えるようになったのでした。チャーチスクールの原型ともいえるスタイルでした。
ところが、国が軍隊を組織的に養成しなければならなくなった時、この学校制度を国が管理するようになってきたのでした。日本の学校制度も、軍国主義化の波に乗って「国民皆兵時代」に子どもの強制収容所、つまり、「皇国民の義務」として生まれてきたのです。
教会学校が「心/道徳/倫理」を担当し、学校は「断片的知識/皇軍化政策/」を担当するという事態に甘んじてきたのでした。
ここに、今日の学校制度と、教会そして教会学校の摩訶不思議な関係が始まったのです。
私は、かねがね教会学校が子どもたちが公同礼拝から閉め出されるための口実になっていて、子どもたちが主に近づくのを訝しく思って、主から「ひんしゅく」をかった弟子達の誤りを繰り返してきたのでなければいがなと思いました。子どもむけの教材ではメルヘン化によって聖書のメッセージが歪められ、リアリティよりも視覚教材による「分かり易さ」やが追求され、ステレオタイプの「神・罪・救い」の繰り返しで、子どもたちの心から聖書の福音を遠ざけたのではないでしょうか。
もっと重要なことは、せっかく教会学校で聖書の教えに心動かされても、週日の圧倒的に多い時間を世俗の「学校」に奪われてきたことにたいして、何の対策もなされてこなかったことです。
世俗のなかで、明確で強い信仰を与えられ、成人してからも、その信仰を維持するために、教会学校だけでは、不充分過ぎることはかなり前から指摘されてきました。
日曜だけ教会に行って、あとは世俗の諸思想に翻弄されているにまかせられているのなら、信仰を失うよう様な環境におかれるであろうことは目に見えています。
とりわけ、日本では、学校はもはや、天皇礼拝の道場であることを隠そうともしていません。信仰と対峙している思想のなかでも、天皇崇拝は、偶像礼拝そのものであり、象徴天皇性であることや、宗教教育の中立性を隠れ蓑に、温存され最近は増長してきているともいって言い過ぎではありません。
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教会は、最初から信仰の継承を重要な課題とする子弟教育の視点を持っていたのです。一方で、教会学校や日曜学校だけで聖書的世界観を教え、あとは全面的学校にまかせることに危機感を持ったにもかかわらず、これまで何の有効な手だてもしてきませんでした。金銭的余裕があったかなかったかという問題ではなく、信仰的妥協を「世間体」の名のもとに選択してきたのであり、その結果多くの「教会の子ども」が「学校の子ども」として再生産されてきました。つまり、学校で信仰を失うクリスチャンホームの子どもたちが少なくなかったのです。
チャーチスクールの必要性は、ホームスクーリングと同じくらい旧く、欧米では教会が一般教育のためにも開かれていました。
教会学校は、やがて公教育制度の発達のなかに飲み込まれ、教会はやがて事実上一般教育から撤退することを余儀なくされました。週日の圧倒的な時間を学校生活に支配されているなかで、反信仰的な教育からの浸食を避けきれず、「日曜学校」が果たす役割はやがて終焉を迎えるようになろうことは早くから見えていたといえます。
教会学校でも、日曜学校でもない、チャーチスクール運動は、公教育など世俗主義からの攻撃から子どもたちの信仰を守りうる重要な手段といえます。
日本の場合、チャーチスクールには、どんな課題が考えられるのでしょうか。
第一に、教会が普通教育をサポートするということで、ミッションスクールとの区別が明確でなければならないということでしょう。もともと教育を宣教の課題として位置づける視点をもって始められてきたのが、ミッションスクールでしたが、ホームスクーリングの視点からは、まず第一に「子弟教育」を目標にされるべきであろうかと思います。もっとも、子弟教育がどんな信仰的土台あるいは理念の上に建て上げられているのかは決して見過ごしにできないのではないでしょうか。
たとえば、長老・改革主義の伝統に立つ教会の場合、信徒の子どもはアブラハムと主との契約を継承すべき「契約の子ども」として誕生します。(聖書的根拠、および、契約神学の詳細は省略)教会は、幼児洗礼を持ち、教会の一員(幼児会員)として群に加えられ、信仰告白をもって、成人会員になるのです。つまり、教会は、最初からクリスチャンの一員として信仰継承する立場を持つのです。その一方で、宗教改革の時代に生まれた「再洗礼運動」は、その教会形成の原理に、幼児が主の契約のなかにいるとはみなされず、教会形成を自覚的信仰告白をもった会員とするのです。それで、子どもたちは信仰にも不信仰にもなりうる中間状態におかれるので、誕生した時には異教徒の子どもと同じとみなされるのです。もちろん、それだからこそ、子どもが「落ちないように」より熱心に信仰の継承がなされるというとらえかたもあるのでしょうけれど、信仰が個人の自意識に還元されることで、反聖書的な近代的理性観や信仰を観念(感情)に閉じこめてしまう主観主義の餌食になりえました。たとえば、「幼児洗礼」には、形式主義とか、「温室」といって批判が加えられるかもしれませんが、批判する側の当事者が、子どもを「契約の子」とみなさない神学的構造も読みとらなければなりません。
言い換えれば、幼児洗礼をもっている教会なら、そのような伝統に立たない教会よりも、アメリカの例のように、ホームスクーリングを理解し、むしろ推進できるはずなのです。しかし、現状はいかがなものでしょうか。長老・改革主義教会は、たとえば、「君が代・日の丸法制定」に際して教育官僚からの上位下達として答申される指導などに、声明文などで「異議申し立て」以外に、「世にあって名誉ある地位を確保する」というメンタリティは堅固なるものの、ホームスクーリングに対しては、今のところ学ぼうとする意志がないどころか、議論すらみられないのではないでしょうか。そのねらいとは裏腹に、このような官僚崇拝的な卑屈さは、世からは好印象とはみなされていません。
第二の課題は、チャーチスクールの名のとおり、教会が「学校化」することによる弊害です。たとえばせっかく教会がチャーチスクールを始めたのに、「公的認可」を社会的信用のキーワードにしてしまうことになりかねません。チャーチスクールが、結果として社会的信用を持つのはすばらしいことですが、日本の場合、社会的信用を公的認可と結びつける傾向が強いのではないでしょうか。(たとえば、話題は別ですが、しばしば宗教法人〜教会という名称が使われます。すでに伝道活動に、役人の公的認可が必要な国ではなくなっている筈なのに、お上に従順な「治安維持に抵触しない教会」という戦前戦中の日和見的性格を捨てきれないでいるからでしょう)
教会はこの世に対して規範的だった時代がありました。民主主義や議会政治は、その原型は教会に規範があったのです。もともと、初等中等教育も大学制度も、教会にその原型があったのです。近代国家の法律や、国際憲章もその土台には、聖書と教会がありました。ゆえに、17〜19世紀とは教会の主導的立場が、国家の軍国主義化によって奪われてきた歴史を示しているといえます。
ホームスクーリングは、教会がこの世に対して示す重要な「模範」となるのです。
それゆえに、「学習指導要領」に対して媚びたり、遠慮したりするとか、いわゆる受験競争にいかに意味困れないでいることができるかという課題には、いつも注目していなければなりません。入学した子どもが「有名大入学者」があらわれた途端、学歴至上主義という世俗の価値観に飲み込まれてしまうということはありえなくもありません。
#ページの最初に戻るホームスクーリングを始める時、教会がそのためにチャーチスクールとして開かれていたらなら「鬼に金棒」ということになるでしょう。もともと、教会が「契約の子ども」という信仰と、幼児洗礼をもっている場合はいっそう教育について、教育官僚の統制から自律した聖書的教育原理が確立される必要があるでしょう。ホームスクーリングは、家庭の教育力を信頼することに出発点があるのですが、だからといって、(よく誤解されるように)家庭がすべてを引き受けるという意味ではないのです。チャーチスクールや、ネットワークや、教科書や参考書など教育産業までも巻き込んだなかに、さまざまな手段が動員されるべきではないかと思います。しかし、せっかくホームスクーリングを始めたところが、チャーチスクールができたらそれに全く依存して「あずけてしまう」という傾向がないでしょうか。教育の「基地」は家庭におかれているのであり、教会もチャーチスクールを始めて「基地」としての役割を果たすかもしれません。特に、親が単身の場合、チャーチスクールが親の代理をつとめることでしょう。
しかし、問題点が全くないということもありません。
その第一は、チャーチスクールの「ミッションスクール化」という課題です。
最初、福音宣教のために開始されたミッションスクールが良くない状態に変化するのはどうしてでしょうか。
その原因の一つは、規模の拡大にあります。大勢の子どもたちを受け容れることによって子どもたちとその家族のかかえる多様な問題に対処を迫られるようになる時、多様な受け皿を用意できない場合は、一つの方向に(場合によっては政治的に)収斂していかなければならなくなります。たとえば、不登校問題一つとっても、心のケアが必要な場合から、積極的に学習環境を提供しなければならない場合、また、障碍を持った子どもを受け容れた場合とそうでない場合の対処にも、複雑な課題があります。
人数が増えることで、「校則」とか、場合によっては「罰則規定」までもが登場するであろうことは必至です。
もともと、学校サイドには、不特定多数の子どもたちの多様なニーズにあらかじめ受け皿を用意しておくという行政サービスの必要に迫られた問題が根深くあって、システムの硬直化を招き、不登校を産み出しているということから考えると、小規模の状態にとどまっていることができず、大規模化していくことに問題が生まれます。これに場所を維持するための経費捻出という別の課題が加わることによって、事態はより複雑になることでしょう。
不登校の受け皿であるフリースクールには、しばしばこのような「皮肉」がおこります。
実はチャーチスクールも例外ではありません。その目的が、暗黙のうちに、子どもよりも場の維持へと向かうとき、システムは硬直化していくことでしょう。それゆえ、「小規模こそ必然」ということから、「大規模化」そのものを毛嫌いする気風も生まれます。確かに、問題点をみすえる必要はありますが、私は問題は大規模化にあるのではなく、基本原理が不明確になってしまうからなのではないかと思います。
8 基本原理とは何か
チャーチスクールの基本原理とは何でしょうか。
第一は「ホームスクーリングの視点」あるいは「ホームスクーリングマインド」ともいえるでしょう。
ホームスクーリングでは不充分なので、チャーチスクールがあるのでしょうか。あるいは、ホームスクーリングの力がないのでチャーチスクールを選択するというのでかまわないのでしょうか。
ホームスクーリングが育っていないのでとりあえずチャーチスクールをという時、米国などのように家族の独立性が強いホームスクーリングに消極的になっているようなことはないでしょうか。
たとえば、ホームスクーリングには特別な「賜物」が必要なのであって対外的にはミッションスクールのように、世間受けしやすいチャーチスクールを選択するという場合、本来の聖書的なホームスクーリングの意義が語られなくなってしまうのではないでしょうか。聖書は、教育を第一に親の手に委ねているのです。その上で母なる教会は養育係としての役割を果たせるのではないでしょうか。
しかし、親が教育の「下駄」を教育行政に預けてしまったのと全く同じように、チャーチスクールにあずえてしまうことで、学校がそのままチャーチスクールに移行するだけの認識にとどまることで、やがていじめやカリキュラムや偏差値による評価などをチャーチスクールにもちこむようになることは避けなければならないでしょう。
親がいわゆる他人任せの精神を変更せずに、チャーチスクールに子どもをまかせるだけになってしまうことで、ホームスクーリングの意義を語られないゆえ、米国でもホームスクーリング運動がチャーチスクールに対して対抗的になったという経緯もあります。これは、チャーチスクールとホームスクーリングの関係をどのように考えるかにもよるのと思います。つまり、チャーチスクールにはいつも、ホームスクーリングマインドが喪失しやすい傾向があるのであり、ホームスクーリングにとって、チャーチスクールは重要であるにせよ、ホームスクーリングの意義を失わせるほど巨大化し、ミッションスクール化するチャーチスクールの傾向に対して、やはり聖書が第一に指南しているホームスクーリングの意義を再構築するいわゆる小規模な「宗教改革運動」がいつも必要なのではないかと考えます。チャーチスクールとホームスクーリングがどちらが主で、どちらが従であるのかという問題ではなく、国家と教会の関係がそうであるように、両者が互いに対して独立していながら、影響しあう関係が望ましいのではないでしょうか。それは、チャーチスクールはホームスクーリングに対して、国家が教会に対してそうであったように、孤立化をゆるさないような視点を持ち込む潜在性が生まれるからであるといえます。チャーチスクールとホームスクーリングの両者は区別されるべきですが、両者は互いを補いあう関係にあるのが望ましいと思います。
一般論としてではありますが、いわゆる不登校問題を巡るフリースクールにおいて、その10年あまりの歴史のなかでは、ホームスクーリング運動が紹介されることはあっても、積極的に受け容れられることは稀でした。何故でしょうか。理由の一つは、経営上ホームスクーリングのように家族が「自前」で問題を解決できるなら、フリースクールには存在する基盤を損なわれるからです。そのような警戒感は、学校サイドに顕著でしたが、意外なことにフリースクール運動にもみられたのです。教会などの背景がなくて、不登校になった場合、親はフリースクールに対して「理想の学校を求めているからだ」ともいえますし、もっと生臭く言うと、「学校の恨みをフリースクールで晴らしたい」という感情が隠れているからかもしれません。
このような「理想の学校」をチャーチスクールに求められる時、ホームスクーリングに対する冷ややかな対応にも繋がるように思います。「学校とは違って、チャーチスクールではよく勉強する」とか、「チャーチスクールにはいじめはない」といわれはじめる時、実態はともかく、すでにチャーチスクールは「学校化」しているのだといえます。
他方のホームスクーリングには、他人の意見に聴かない唯我独尊の体質が生まれ、ホームスクーリングの正しさや福音との整合性、さらにはその賜物を分かち合う機会さえも疎外するような傾向が生まれるかもしれません。
これは両者にとって好ましいとはいえないでしょう。
第二の問題は、教育官僚からの独立ということです。教育行政は、「きめこまかなサービス」という名のもとに、ホームスクーリングを迫害する体質があるというは、米国の様々な訴訟の積み重ねのなかで露呈してきています。
チャーチスクールは良くも悪しくも「ミッションスクール扱い」ということで比較的行政からの認知を受けやすいかもしれません。しかし同時に、たとえば「資格」や「補助金」が民間の活力を一時的に活性化するようにみえても、長い目でみるとやる気をなくさせ、活力そのものを喪失させてきたと同じように、資格を与えるとか補助金(多額になればなるほど)さえ実は、「罠」なのではないでしょうか。
チャーチスクールには、行政からの明確な独立性が基本原理として確認されていなければなりません。
「この世の資格」は、対外的には魅力でしょう。弱小であればあるほど、予備校にせよ塾にせよ、「〜資格を得られる」という手法は、この世のものではないでしょうか。結果として、子どもがそのような資格を目差すことはありえるに違いないでしょうけれど、チャーチスクールならば、生徒獲得のためにでも、そのような目標をあえて掲げないという道もあるのではないでしょうか。
経済的な自律は言うを待ちません。たくさんのミッションスクールが、補助金と引き替えに聖書信仰を犠牲にしてきたという苦い歴史があったのです。