聖霊の働きとして育まれるべき「社会性」

¶ 聖霊が育む「社会性」と、学校が生み出す社会性の違いを正しく認識しておかなければなりません。
  学校が「競争」を教育原理としているかぎり、いじめ構造が最初から受け入れられているのであり、学校において“いじめの根絶”は矛盾したことを言って いる。いじめは根絶されなければならない一方で、いじめの根となる考え方はそのまま残している。
  
¶ 「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、自制」。このようなものを禁ずる律法はない。
 教会のなかに生み出される徳目。しかし、それは教会の内部にしか適応できないものではない。御霊によって訓練されたとき、社会におかれたときも、“地の 塩”とされうる。

¶ 不得手を克服したり、良い結果が得られるように精進することは、「競争原理」に立たなくても生み出される。

¶ 思い違いしてはいけません。友達が悪ければ、良い習慣が損なわれます。(Tコリント15:33)
  友だち関係を維持し、守ることを優先すると、信仰に基づく生活が壊されることになる。

¶ 現代社会は、「キリスト教的倫理観」に基づいて形成されてきている。→憲法と聖書。
  プロテスタンティズムと資本主義の精神。マックス・ウエーバーの指摘。
¶ 労働してお金を稼ぐことが、主の目に尊ばれることであると教えられなければなりません。